齊藤工 活動寫眞館・参拾弐 飯島望未。
「齊藤工 活動寫眞館」について
俳優、斎藤工。そして、映画監督、齊藤工。表舞台であらゆる「人物」を演じ、裏方にまわり物語をクリエイトしていく。齊藤工がいま見つめるものとは、何か。彼自身がシャッターを切り、選び出す。モノクロームの世界に広がる、「生きた時間」を公開していきます。今回は、アメリカのヒューストン・バレエ団でプリンシパルとして活躍する飯島望未が登場。
バレリーナ・飯島望未の撮影を控えたある日、今回は対照的な2パターンで撮影したいとのリクエストが齊藤から届いた。
「飯島さんは、もしかすると役者もやっていくんじゃないかと、以前感じたことがあります。歌舞伎俳優さんが芝居にあえて歌舞伎の要素を持ち込むように、自身の立ち位置をわかったうえで何が強みになるのかを知っている。僕がよく芸人さんと一緒に作品を作る理由もそこにありますが、自分たちにはかなわない特殊技能を持った人として、新しいジャンルを開拓する人ではないかと思っています」
こう齊藤が表現する飯島は、バレエの舞台のみならずファッションアイコンとしても注目を集め、日本でもさまざまな媒体に登場している。そんな彼女に私服で登場してもらいたいと編集部から伝えていたところ、いくつものコーディネートを考え、スタジオに持参してくれた。
到着時に着用していたシャネルのブラウスは、母が着ていたものだという。ヘアメイクのRYUJIのアイデアで、これを着て黒い涙を流しているメイクを施し、ネット状のヘッドアクセサリーで顔全体を覆うことにした。
そしてもう1パターンは飯島の素顔の魅力を引き出すようなナチュラルメイクに、黒いタートルのトップと黒いワイドパンツ。
齊藤が到着し、先にこのナチュラルパターンを撮り始めた。自然光が入る一角で、齊藤が「袴」と表現するほどワイドなパンツの裾を正しながら、飯島がすっと右脚を上に上げた。この後、脚がピタリと彼女の顔の横に付き、その様子を画角に収めながら「脚だってわからない……」と齊藤が呟く。シャッターを切りながら「つらくないですか?」と気遣うが、飯島は時折柔和な笑顔も見せながらポーズをとっている。
その後メイクチェンジし、グレーの背景を前にした飯島は、先ほどの印象とはガラリと変わって、まるで人形のようにも見えた。ヘッドアクセサリーの作り出す影が、彼女の表情に繊細なニュアンスを加える。齊藤は彼女に寄り、少しずつ角度を変えて、照明の位置も変えながら、これまでにないペースでシャッターをどんどん切っていく。
「同じアングルと距離感なのに、1枚1枚の温度みたいなものが変わっていて、飯島さんが生の瞬間を抽出してくれているのがわかる。最初の自然光でのセッションの時から、こちらの狙いを全部熟知して提供してくれているな、という感じがしました」
やがて飯島の目から本当に涙が流れた。その場にいた皆がこの密度の濃いセッションに釘付けになった。
「圧巻でした。ある時から飯島さんが感情をコントロールすることを放棄した瞬間があった気がします。どんどん被写体としてシフトして、たぶん僕の距離感でないとわからない何かをわっと出してくれていた。とめどなくシャッターを切りながら、信じられないくらい汗をかいていました。動物に睨まれたような(笑)、不思議な時間でした」
「被写体としてクレバーだけれど本能がベースというか、そのあたりが役者さんよりも役者っぽいんです。綺麗に見えることを追究するというよりは、途中からそれを手放して、撮影する人間の前でその状態でいる、みたいなことがだんだん強くなっていった気がします。
俳優が、役が憑依して抜けない、カットがかかっても役のモードのままでエキサイトしている、みたいな状況に近いかもしれない。そういうのは一部の俳優だけで、僕なんてそんな境地に達したことはないし、どこか冷静というか、没入できていないんです。細かいことをすごく気にしていたり。それが邪魔をする時があるけれど、飯島さんはもう没入した状態だった気がします。後ろから撮ってもさまになったと思う」
バレエの舞台では何千人もの観客の視線を浴びながら、しなやかでダイナミックなダンスによって繊細な心の動きをも表現する飯島。今回は静止し、至近距離からの撮影を通して、彼女の豊かな感性が違った形で表出するのを目撃したようだった。撮影中に菜箸(!)を網の間から通し、飯島の髪を整えていたRYUJIと、箸で突いたから泣いちゃったのかな、などと談笑している飯島には、チャーミングな笑顔が戻っていた。
大阪府生まれ。6歳からバレエを始め、13歳の時にニューヨークで行われた「ユース・アメリカ・グランプリ」で3位入賞。2007年、15歳で単身渡米、翌年に米ヒューストン・バレエ団とプロ契約。14年、同バレエ団のソリストに昇格。15年に退団し翌年8月よりスイスのチューリッヒ・バレエ団に所属。17年、ヒューストン・バレエ団に復帰、19年3月にプリンシパルに昇格。同年1月よりシャネルのビューティ アンバサダーを務める。
TAKUMI SAITOH
移動映画館cinéma bird主宰。長編初監督作『blank13』(18年)が国内外の映画祭で8冠獲得。18年、パリ・ルーヴル美術館のアート展にて白黒写真作品が銅賞受賞。19年も出品。日本代表として監督を務めたHBO Asia “Folklore”『TATAMI』、同企画第2弾“Foodlore”『Life in a box』が各国映画祭およびBS10スターチャンネルにて放送中。企画・制作・主演の『MANRIKI』が公開中。企画・脚本・監督・撮影の『COMPLY+-ANCE』が2月21日に公開。21年公開予定の『シン・ウルトラマン』では主演を務める。
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