転職と天職
乳製品会社からヴィンテージ家具商へ。アルメルの幸せな転身。
特集
「5〜6歳の頃の私は、両親が語るところによると、散歩をするたびに小石や小枝を拾っていたそうなんです。そして家に帰ると、それらを自分の前に並べてお店屋さんごっこ。“ボンジュール、マダム”、“マドモワゼル、何を売ってるの?”といった遊びをして……。ちょっとしたエピソードですけど、いま、その頃と同じようなことをしているような気がしています」
シュザンヌ マルシャンド・ドブジェのオーナー、アルメル・ベルトラン。photo:Mariko Omura
2017年、50〜70年代のヴィンテージ家具とオブジェを扱う小さなブティック「SUZANNE Marchande d'Objets(シュザンヌ マルシャンド・ドブジェ)」を17区にオープンしたArmelle Bertrand(アルメル・ベルトラン)。高等専門大学で商業を学んだ彼女は卒業後乳製品会社に入社し、マーケティング部門で働いた。
「13年勤めたところで会社を変わったのですけど、2つめの会社も扱うのは偶然だったのですが乳製品。バター、ミルク、チーズといった商品のプロモーションが仕事でした。オフィスワークも少なくなかったけれど、消費者が何を求めるかといった市場の動向を探ったり、また社内では営業やリサーチ部門とのやりとりがあり、大勢と関係を築きながらチームで仕事を進めるのは興味深いことでした。中でも気に入っていたのは、広告やパッケージングを広告代理店と一緒に作るといったクリエイティブな面です。マーケティングの仕事はとても気に入っていました」
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人生はひとつ。本当に自分がしたいことは何だろう?
しかし、50歳が近づく頃、あとまだ15年もこのまま続けていたいだろうかという自問自答が始まった。ディレクターという要職でお給料も悪くない。しかし郊外の会社とパリの自宅との往復で自分に使える時間がない生活だ。
「中国の哲学者が言ったのだと思うのですけど、“人生は2つある。人生はひとつしかないということを理解したときに、2つめの人生が始まるのだ"というフレーズが私の頭に蘇ったんです。仕事量は増えるばかり、子どもがいないから貯金が増えてもそれが何になるだろう、と。会社からはもっと上のポストも提案されたのですけど、自分の人生で本当にしたいことは何なのだろうか、別のことで自己表現したい……こう思うようになったのです」
複数の部屋で一日にいくつものオークションが動産公売官によって開催されるドゥルオー競売場。
迷いつつも会社員を続けていたある日、パリのオークションハウスとして名高い「Drouot(ドゥルオー)」が開催する研修の情報が彼女の目にとまった。動産公売官を目指す人を対象にし、さまざまなコースがある。テーマ別のもっと短期間コースもあったが、彼女は“芸術品競売の特別コンサルタント研修”とうたう9カ月のコースを選んだ。
「これ、なんだかもったいぶった名前ですよね。でもルネサンスから現代まで幅広く芸術の歴史が学べ、職人のアトリエ訪問、ギャラリー巡りもあってとても刺激的でした。アーティストの祖母の影響で私は蚤の市漁りとか、もともと大好き。美術史の基本的知識が欠けていたので、この研修の情報を知った時に、これを受けることによって、私は自分が好きなオブジェの世界へと向かえるのではないか、と思ったんです」
研修志願がドゥルオーに受理され、会社を辞めた。2015年10月から翌年6月までの研修期間中に自分の店を持つこと、商人になることが研修を終えた時に彼女の目標になっていたので、骨董商の店でしばらく働き、商店はどのように機能するのかを学ぶことにしたそうだ。
店内。アルメルの個人的な好みはAudoux Minnetのコードを用いたオブジェ(写真中のランプ)、Roger Capronの陶器だという。photo:Mariko Omura
洗練されたフェミニンな雰囲気が店内に漂う。photos:Mariko Omura
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2017年秋、バティニョール地区に小さな店をオープン。
開店に際しては、商品が必要。ストックの準備をはじめ、8〜9カ月かけて商品を集めた。ブティックが決まっていないので、しばらくは自宅が倉庫代わり。さて、肝心のブティックはどこに開こうか……。店のスペースを見つけるまで、少々時間がかかったという。17区のバティニョールはボボ地区で知られるが、この数年、国鉄の跡地に公園ができ、裁判所も新しく建築されて……と、どんどんボボ地区が広がっている。アルメルが住むのもそんな一角で、彼女はブティックを自宅の近くに持てたら、と探し……。
「偶然、この場所を見つけました。1週間とか期間限定でいろいろな商品が販売されるスペースだったので、私が開店した時も、その続きで期間限定のお店だと勘違いした人もいるんですよ。広さは27㎡と理想のサイズ。店内でオブジェや家具を配置してコーナー作りを楽しんでいるので、友人たちからは“まるで2つ目の自宅のようね”と言われます。私自身、店内にいる時間がとても快適で……。接客も好きだし、お店で売る宝探しに行くのも好き。自分の気に入ることをしているので、働いているという意識がないんですよ」
ヴァロリスの陶器、花のフォルムの鏡……ヴィンテージにありがちな汚れや欠損のある品は扱わない。photos:Mariko Omura
店名には祖母の名前をとってSUZANNE(シュザンヌ)、それにオブジェの商人を意味するMarchande d'Objetsと続けた。アルメルが好む時代はさまざまだが、ほかであまり見かけない品を提案したいということから、戦後の1950〜70年代をメインに扱っている。
「北欧はあまり好みではなく、イタリアの品も少しあるけれど基本的にフランスの品がメインです。エレガンスが感じられるというか、どう言えばいいのか……私ならではのパーソナルなチョイスを心がけています。状態の良さも大切にし、購入した人がすぐに使用できるようにと、電気製品については必要なら修理を施しています。店に置く品を見つけたら、家具にワックスをかけたり、電気のソケットを取り替えたり。こうしたことは開店前に骨董店で働いた時に学びました」
マーケティングの仕事は数字や分析の世界だったが、いまは自分の好奇心、美的感覚をフルに働かせて品選びをするアルメル。客観から主観、頭脳から心へと軸を移し、感動を大切に仕事をしている。
「掘り出し品を見つけるって、結構肉体労働なんですよ。よい品を見つけるためには、遠方まで早朝から出かけて行きます。でも気に入った品を見つけた時は満足でき、自分と同じようにこの仕事に情熱を傾けている人々との出会いもあり、とても幸せです。企業に勤めていた時代は、生活のために働くという人に多く囲まれていて、情熱を分かち合うというようなことはなかったので」
入荷状況はインスタグラム@suzanne.marchande.objets でチェックできる。
インスタグラムより。左:1950年代のRobert Debièvre によるセリグラフィーの壁布。 右:家具、オブジェに加え、1950〜70年代のポスターも扱う。
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すべてが自分の自由という幸福。
店内の商品配置を頻繁に変える。これもアルメルがこの仕事の好きなことのひとつ。商品が売れれば変え、新しい品が加われば場所を見つけて。通りに面したウィンドウも毎週新しくする。もうひとつ、彼女が好きなことは店内で自分が気に入ったアーティストの展示を行うことだ。
「過去には写真の展示もしました。昨年12月にはパリの美大出身のMichael Shouflikirの作品を扱って、とてもよく売れたんですよ。古い額縁を使い、小さな木片が素材といった彼の作品は私の世界との結びつきも感じられるので、次もまた彼で、と考えています。ここは私の店なので、自由があります。誰かの判断を仰ぐことなしに、自分がしたいことができる。この幸運、すばらしいことですね。たとえば、スカーフやブローチのポップアップを行うことも考えられるし……。店の営業時間にしても最初の頃は午前も営業していましたけど、意味がないとわかったので、営業は午後からに切り替えて。そして午前中はBHVに店のための必需品を買いに行ったり、掘り出しものに出かけたり……週末も営業しているので、自分のために朝の時間を使うようにしています」
自分の好きな品ばかり扱っているブティック。来店者があると“買われてしまったら、どうしよう!!”と開店当時はどきどきで、商品が売れるたびに心が引き裂かれるような思いがしていた、とアルメルは笑う。開店後、ゆっくりと順調に顧客が増えて行き、“こんな品が欲しいのだけど……”というようなリクエストも来るようになった。家具やオブジェの掘り出しもの探しに出かける時には、それらをメモしたノートを携帯する。
「インスタグラムは開店と同時に始めました。来店者の大勢がインスタグラムでこの店を知った人たち。写真をポストするだけで、無料の広告ができるインスタグラムに負うところは、とっても大きいです。店名が知られるスピードアップに役立ち、またインスタグラム経由で販売が成立することもあって……フランス国内に限らず海外でも。たとえばロサンゼルス、それに日本にも一度商品を発送しました。もしインスタグラムのない10年前に開店していたら、とても苦労しただろうと思います」
「転職して後悔したことですか? 何もありません。それどころか、もっと早くに行動するべきだったと思うほどです。現在は商人としての収入があります。それは前職ほどではないけれど、以前よりいまの私は10倍幸せ!」
壁に掛けたMichael Shouflikirの作品が、店内の家具やオブジェとよいハーモニーを築いている。インスタグラムより。
毎週変えるウィンドウディスプレイ。劇場の舞台装飾のようにアルメルは楽しんで行う。photo:Courtesy of Armelle Bertrand
réalisation : MARIKO OMURA