イザベル・ユペールが語る、『エヴァ』の女性像。

インタビュー

カンヌ国際映画祭の女優賞に輝いた『ピアニスト』(2001年)や、ゴールデングローブ賞主演女優賞を獲得した『エル ELLE』(16年)など、多くの女優がしりごみをするような屈折した役柄を演じ、フランス映画界きっての演技派であり大女優と目されるイザベル・ユペール。そんな彼女の新作は、再び観客を動揺させるような高級娼婦の物語だ。

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『エヴァ』より、イザベル・ユペール(左)とギャスパー・ウリエル(右)。

ジェイムズ・ハドリー・チェイスの原作を、ユペールとは旧知の仲であるブノワ・ジャコーが映画化した『エヴァ』(18年)は、盗作作家の若きベルトラン(ギャスパー・ウリエル)が危険と知りつつも謎めいたコールガールに翻弄され、破滅の道を辿る。ベストセラーの問題作に挑戦した彼女に、その体験やキャリアについて、さらにいま映画界で話題の#MeTooムーブメントについて語ってもらった。

——本作の原作であるジェイムズ・ハドリー・チェイスの『悪女イヴ』は、ジャンヌ・モロー主演で一度映画化されていますが(『エヴァの匂い』1962年)、今回ブノワ・ジャコー監督からオファーを受けた時はどんな気持ちがしましたか。

「実は『エヴァの匂い』は一度も観たことがないの。ジャンヌ・モローの作品はもちろんたくさん観ているけれど、なぜだかこれは観ていなくて。今回ブノワから話をもらった時も、とくに彼女の作品を観ようとは思わなかった。きっとふたつの映画はとても異なるものになると思ったから。わたしがこの企画に惹かれたのは、まず脚本がおもしろいと思ったこと。そしてブノワと再び仕事ができるのも魅力だった。彼と組むのは今回が6度目となるけれど、最後に仕事をしたのは『Villa Amalia』(08年/日本未公開)で、ずいぶん時間が経っていたから、いい機会だと思ったの」

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ブノワ・ジャコー監督(左)とイザベル・ユペール(右)。

——脚本のどんな点に魅せられたのですか。

「サイコロジカル・スリラーだけど、それだけではない。ジゴロの若い男と年上の売春婦というのは興味深い設定だし、複雑で曖昧なところもある。さらにこうした設定を超えて、人間のふるまいや実存的な面を描いているところもおもしろいと思ったわ」

——娼婦の役という点に関してはいかがでしたか。

「映画は売春それ自体に関するものではなく、それは媒介にしか過ぎない。これは人間関係についての映画よ。人々の関係のなかには、性やお金の問題が関わってくるでしょう。だから人間関係を表現するのに利用できる。もちろん原作自体がそういう話でもあるし。

原作を読んで驚いたのは、エヴァというキャラクターが想像していたよりずっと現代的であったこと。どこかオールドファッションなファム・ファタルを連想していたのだけど、原作におけるエヴァの描写はとても洗練されていて、脚本を読んだ印象とあまり変わらなかった。そしてなぜだか、とても身近に感じたわ。たとえば彼女のイージーゴーイングであまり深く思い詰めないところとか。それに女性らしさというものに対しても、彼女はあまりこだわっていない。それが逆に彼女を魅力的にしていると思うけれど、そんなところにも共感できた。もちろん、原作も脚本もベルトランの視点から描かれているから、彼女はミステリアスな存在だけど。最後にオチがあるとはいえ」

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若く美しい新進作家ベルトラン(ギャスパー・ウリエル)は謎の娼婦エヴァ(イザベル・ユペール)に惹かれていく。

——エヴァの毅然として、上辺からは内面が想像できないところなど、あなたが演じた『エル ELLE』のミシェルというキャラクターと似たところがあると思わせられました。

「確かに、ふたりとも被害者のようにふるまわないという点では似ているわね。そしてどちらも孤独な女性であり、その点はエモーショナルだわ。もちろんふたりとも表面上はそう見えない。でも注意深く眺めると、そのほころびというのは感じられると思う」

——そして両作品とも、女性のセクシュアリティをユニークなやり方で表現していますね。

「確かにそのとおりだけど、同じやり方で扱っているわけではない。ミシェルはもちろん彼女の境遇にハッピーなわけではないけれど、エヴァの場合はとても現実的な女性で、お金のためと割り切っている。コールガールは彼女にとってツールに過ぎない。いかにセックスを愛情と切り離せるかということだと思う。でも彼女は、コスチュームを脱いでふつうの姿でベルトランといる時に、まったく幸せを感じていなかったかといったら、そんなことはないと思うの。私はふたりが会話をする、レストランの長いシーンが、とても繊細な感情のやりとりがあって好きだわ」

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ベルトランは次作の題材という名目でエヴァに近づくが……。

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#MeTooムーブメントについて思うこと。

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ベルトランの周囲の人々も巻き込んでいくエヴァ。

——俳優にとっては、役に隠れるという意味でエヴァと同じような点があると思いますか。

「私の場合、役のなかに自分が隠れるとは思わない。むしろ私が出てくる気がする(笑)」

——ただ俳優のなかには、役というマスクがあることで大胆になれるという人もいます。自身をさらけ出すという感覚がある場合、怖いと感じることはありませんか。

「私は自分をさらけ出すのが怖いと感じたことはないし、カメラの前でもとくに不安になったことはないわ。それはいまも昔も変わらない。もし最初にそう感じていたら、この職業を選ばなかったと思う。私はマゾではないし(笑)。ただ演じる喜びを感じるだけ」

——それは映画の世界そのものがファンタジーであるから、現実ではないから安心できるということなのでしょうか。

「そうね、それは俳優に限らず画家でも作家でも同じだと思うけれど。そして人間が生きるためにはこうしたファンタジー、イマジネーションが必要だと思う。それは人間の一部。だから私自身も女優として、あるいは観客としてもそれが必要なのだと思うわ」

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エヴァに冷たくあしらわれてもベルトランは彼女にのめり込んでいく。

——いま映画業界では#MeTooムーブメントの話題でもちきりで、フランスではそれに対してカトリーヌ・ドヌーヴなどが一石を投じるということがありましたが、あなた自身はこうした状況についてどう思いますか。

「もちろん賛成だし、行動するのに遅すぎるということはない。むしろもっと前からこういうムーブメントは起こるべきだったと思う。私はカトリーヌ・ドヌーヴの公開レター()を読んでいないから、それに対して直接的なコメントはできないけれど、いずれにしろこうした問題がもっと前向きに考えられるようになることはいい傾向ではないかしら。ただしそれに対して、映画作品それ自体が影響されるべきではないと思う。たとえばコンテンツとしての映画におけるイマジネーションというものは、自由に存在するべきだと。映画とはイマジネーションで、イマジネーションにはリミットをもうけるべきではないと思うから。

ともかく、女性蔑視は世界中に存在するし、毎日の生活のほんの些細なところにも見え隠れする。それは男性から女性に向けられたものだけではなく、女性が女性に対してもあるものよ。女性はしばしば同性に対してとても意地悪だったりするでしょう」

*カトリーヌ・ドヌーヴの公開レター:カトリーヌ・ドヌーヴをはじめ100人の女性たちが「執拗であったり、不器用な口説きは犯罪に当てはまらない」という趣旨の寄稿文を新聞に掲載した。

——あなたはウーマンリブ運動やフリーセックスが唱えられた70年代初頭にキャリアをスタートさせましたが、当時はどんな状況でしたか。たとえば『バルスーズ』(73年)といった映画をいま観ると、性的に開放的なことに驚かされますが、実際の現場で嫌な思いをさせられるというようなことはなかったのでしょうか。

「私の場合は幸いに、仕事の場でこれまで一度もそういう思いをしたことはなかったわ。でも日常生活でそういうことを感じたことは、若い頃はあった。ほんの些細なことだけれど。たぶん私の場合は常にヒロインを演じることが多かったからではないかしら。たとえばアクション映画などで男性の後ろにいるキャラクターだったら、そうはいかなかったかもしれない」

——フランスでは女性監督の数がほかの国に比べて多いですが、彼女たちは「女性監督」というレッテルを貼られるのはあまり好まないような印象を受けます。

「確かにそうね。男性も女性も監督は監督。あとは性別というより個人差の問題だと思う。私も仕事をする時、女性監督だから云々、というようには考えない」

——あなたはこれまで多くの賞を受賞されていますが、過去の作品のご自身を振り返って、どんなことを感じますか。

「それは私の人生において最も縁がないことね(笑)。自分の作品を観返すことはほとんどないから、過去の作品について考えることもあまりないわ。でも出来上がった作品を初めて観る時は、いまでも客観的に観るのが難しい。それは変わらないわね」

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『エヴァ』撮影時のイザベル・ユペール。

Isabelle Huppert
1953年パリ生まれ。『夏の日のフォスティーヌ』(72年)で映画デビュー。次々と名監督の作品に出演を重ね、フランソワ・オゾン監督の『8人の女たち』(2002年)ではベルリン国際映画祭銀熊賞(芸術貢献賞)を獲得。ポール・ヴァーホーヴェン監督の『エル ELLE』(17年)では第89回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされる。最近ではミヒャエル・ハネケ監督との4度目のタッグとなる『ハッピーエンド』(18年)に出演。

【関連記事】
フランス映画祭2017レポート  イザベル・ユペールという怪物。

『エヴァ』
●監督/ブノワ・ジャコー
●2018 年、フランス映画
●102分
●後援/在日フランス大使館、アンスティチュ・フランセ日本
●配給/ファインフィルムズ
©2017 MACASSAR PRODUCTIONS - EUROPACORP – ARTE France CINEMA - NJJ ENTERTAINMENT - SCOPE PICTURES
7月7日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開
http://www.finefilms.co.jp/eva

interview et texte : KURIKO SATO

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