現代アートの旗手ライアン・ガンダーが語る、アイデンティティの考察。

インタビュー

 コンセプチュアルアート新世代旗手として国際的に注目される英国生まれのアーティスト、ライアン・ガンダー。美術界で当たり前と見なされている制度や日常生活で遭遇する物事を素材に、既成概念に絶妙な“くすぐり”を入れる知的な思考回路を作品化してきた。

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TARO NASUの展示時に来日したライアン・ガンダー。「眼鏡をかけたほうがインテリジェントに見えるかな」と、茶目っ気たっぷりに撮影に応じてくれた。

この6月にTARO NASUで行われた個展では、20世紀美術の巨星であり、その膨大な作品の評価以上に時代のアイコンとしてのイメージがひとり歩きする芸術家パブロ・ピカソについて考察した。

「実はピカソの作品より、彼の思考に興味があるんだ。目を瞑って想像してみて。絵や彫刻や陶器より先に、有名なパンを手にしたポートレートとか派手な女性遍歴を思い浮かべない? 彼は自身のイメージと人々の記憶をコントロールし、ピカソブランドとも呼べるアイデンティティを作りあげた天性のプロデューサー気質だ。彼の生き方自体がコンセプチュアルアートともいえる。現代に生きていたら科学やテクノロジー、車のデザイン、レストラン、オペラ、など媒体を問わないプロデューサーだっただろう」

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TARO NASUの展示の様子。ピカソを模写した作品が、壁を埋め尽くす。

 本展では、ガンダーがピカソの代表的な作品のイメージを描いたドローイング406点と、それらのイメージを壁紙にしたインスタレーションを展示、販売。ドローイングのうち100点は、彼自身がジャンルミックスで選んだセットとして販売した。

「若い頃、ピカソの全作品を集めたカタログがほしかったんだけど、あまりにも高価過ぎて買えなかったんだ。自分で漫画みたいにリメイクして描けばずっと安くできると思って始めたのが、このプロジェクトだ」

と、意外にも素朴なモチベーションについて語る。いい話じゃないかと感動していると……。

「だけど、正直に言って超退屈な仕事だった。模写なんて全然乗り気じゃないのに、窓の外の景色を眺めて気を紛らわしながら、ひたすら集中しようとしたんだ」  

 そんなガンダー自身も、またピカソのように創作のスタイルをひとつに定めず、猫の目のように変化する捻りの利いたコンセプチュアルアートで、観る者を翻弄してきたアーティストだ。

「それ、僕にはうれしいお世辞だよ。20年間スタイルが固定することから逃れようとしてきた。エスケイプスタイル、それがまさに僕のアイデンティティかもしれない。世界は複雑で異質なものだらけだ。これだけ多様な食材と料理法があるのに、毎日ゆで卵だけ食べるのって変でしょう。ひとつのことにこだわり続けることと、創造性とは矛盾すると思う」 

 ガンダーがクリエイションを通して世界を眺めるその視点は、常に特定の物事や人物への注視である。それはいわゆる鳥瞰的視点とは正反対だが、そこからユニバーサルな法則性を見出そうとしているようにも思える。

「鳥瞰的な視点で語るのでなく、観る人が自分の視点で語る余地を作ろうとしている。うちの奥さんはいつも僕を『AMPH(素人哲学者の略)』って呼ぶんだ。アートはちょっと大げさなゲームみたいなもので、子どもみたいに遊びながら考えるくらいがちょうどいい。それに、現代社会はすごい速度で変化している。今日正しいことが明日も正しいとはかぎらないから、頑なに信じたりするのは危険だ。若いうちに起業したスタートアップ企業がうまくいくのは、わからないことを恥じない姿勢があるからだろうね。だからといって、このスタイルは僕の専売特許だから真似するのはやめてほしいな(笑)」

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TARO NASUの展示の様子。コミックのような作品は、ライアン・ガンダーらしいウィットに富んでいる。

 さらにガンダーは、ピカソの戦略が没後100年後も有効であることに関心を寄せている。彼自身も100年先の展望を持って作品のコンセプトを思考しているというが、そう遠くない未来、先端的テクノロジーによって脳内の情報が研究開発されることになったなら、ガンダーの知性や意識が次世代へ受け継がれることも不可能ではないのだろうか。

「実はちょうど、この10月にドキュメンタリーの企画で、シリコンバレーの企業に脳の凍結保存技術について取材に行くんだ。僕の父は、冗談で『身体が動かなくなっても、お前の脳だけちっちゃな車椅子で動かせばいいさ』と言っている。でも僕の脳内には秘密がいっぱい詰まってるから、死んだ後でFacebookみたいに中身を公開されたくないよ! 早めに忘れてデリートしなくちゃ(笑)」

ピカソ以降の現代にいたる美術史を紐解くなら、私たちがアーティストに対して認識しているのは作風だけでなく、出身国や所属グループ、セクシュアリティや宗教的・政治的背景といった作家についての周辺情報による全体像といえる。さらにインターネット社会では、SNSの世界的普及が個人の自己認識とセルフイメージとの境界に危うい揺らぎとアイデンティティ崩壊の試練をもたらした。いまライアン・ガンダーの視点は、彼自身を含めた現代芸術家の知的財産が生み落とす未知の遺産に注がれているようだ。

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英国の老舗LISSON GALLERYが、50周年のアーカイブブックを刊行。ガンダーが直接カバーにアートワークを施した限定版も販売。『ARTIST | WORK | LISSON LIMITED HAND-MADE EDITION RYAN GANDER』(LISSON GALLERY刊)REGULAR EDITION:流通版 ¥12,960、LIMITED DIGITAL EDITION:アーティストのアートワークをカバーにデジタルプリントしたもの\95,040、LIMITED HAND-MADE EDITION:アーティストが自ら手でアートワークをカバーに施したもの\310,500円

1976年、イギリス生まれ。母国とオランダで美術を学ぶ。2000年代初頭から世界各地で個展を開催し、ドクメンタなど国際展に参加。2017年、作品集『Picasso and I ピカソと僕』を刊行。2018年、個展『Moonlighting』をTARO NASUで開催。同年、所属するLISSON GALLERY 50周年記念に刊行された『ARTIST | WORK | LISSON』に参加。

interview et texte : CHIE SUMIYOSHI, Photo(Portrait):KO TSUCHIYA

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