attitude クリエイターの言葉
記憶が詰まったパーソナルな作品で、名匠はさらなる高みへ。
インタビュー
アルフォンソ・キュアロン|映画監督
アカデミー賞7部門を制覇した『ゼロ・グラビティ』(2013年)で知られる、メキシコの名匠アルフォンソ・キュアロン。『天国の口、終りの楽園。』(01年)以来、17年ぶりに母国を舞台にした作品が『ROMA/ローマ』だ。昨年のヴェネツィア国際映画祭では金獅子賞を受賞したほか、アカデミー賞でもスペイン語作品ながら最多の10部門にノミネート。監督賞や外国語映画賞など3部門で受賞するという快挙を果たした。
劇的に変わりゆく時代を、家庭の内外から描き出す。
「映画のアイデアは15年以上前からあったけど、なかなか踏み切れなかった。機が熟すというか、実現には時間がかかるものだよ」
『ROMA/ローマ』は、監督自身の幼少期の記憶を反映させた自伝的作品だ。舞台は、1971年のメキシコシティ・ローマ地区にある中産階級の家。「最も心に残っている記憶は両親の離婚だった」と、キュアロンが言うように、映画中の夫婦の関係は崩壊寸前。キュアロンの実家の家政婦がモデルになったという先住民族のメイドは妊娠するが、ボーイフレンドは姿を消してしまう。ふたりの女性の葛藤を軸にした情緒的な人間ドラマだが、この極めてパーソナルな内なるドラマと対照的に、家の外では荒々しいデモ隊と警官隊が衝突する様子が描かれる。劇的に変わりつつあったメキシコを見事に描き出したことも高評価に繋がった。「70年代初頭のメキシコは独特の社会で孤立していた。音楽も映画も規制され、人種差別もあった。そして問題は今日もまだ歴然と残っている。つまり、過去の話ではないんだ」
71年には、運動を起こした若者が政府に弾圧され、多くの血が流れた「血の木曜日事件」が起こった。メイドの血気盛んな恋人は、政府軍の支援団体に属している設定。一見モノクロ映像でノスタルジックに感じるが、まさに攻めの映画だ。65ミリフィルムで光と影のコントラストを際立たせた美しい映像と、鳥のさえずりや波の音まで鮮明に聞こえるような音響が素晴らしい。
「技術的にすべて最新のものを使っている。最先端の音響装置ドルビーアトモスは、宇宙空間が舞台の『ゼロ・グラビティ』で初めて採用したのだけど、ドラマでも使ったら、まるでそこにいるかのような体験を共有できるのではないかと思った」
ひとりで脚本を執筆し、自らカメラを回す。自身の記憶と想いが詰まった特別な一作で、さらに高みへと上ったキュアロン。次はどんな世界を見せてくれるのだろう。
1961年、メキシコ生まれ。デビュー作『最も危険な愛し方』(91年)がハリウッドのプロデューサーの目に留まり、アメリカ進出の足がかりに。『リトル・プリンセス』(95年)や『ハリー・ポッターとアズカバンの囚人』(2004年)も監督。
医者の夫と妻、4人の子どもと祖母が暮らす中産階級の家を舞台に、メイドの激動の1年を描く。米国アカデミー賞では、主演女優賞に無名のメキシコ人女優など最多10部門にノミネート。外国語映画賞、監督賞、撮影賞の3部門を受賞した。現在、世界の映画祭で7冠に輝く。Netflixオリジナル映画『ROMA/ローマ』はNetflixにて独占配信中、全国の映画館にて公開中。
*「フィガロジャポン」2019年6月号より抜粋
interview et texte : ATSUKO TATSUTA