是枝監督が語る映画『真実』とカトリーヌ・ドヌーヴの真実。

インタビュー

『万引き家族』(2018年)のカンヌ国際映画祭パルムドール受賞から約1年半、是枝裕和監督の新作『真実』が公開された。8月28日に第76回ヴェネツィア国際映画祭のオープニング作品としてお披露目された本作は、カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュといったフランスの二大女優が、初共演にして母娘を演じるという話題作でもある。日本公開に際し、初めてのフランスでの製作やドヌーヴ、ビノシュとの撮影舞台裏について、是枝監督が語った。

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初めてのフランスでの映画製作に挑んだ是枝裕和監督。

――ヴェネツィア映画祭での『真実』の反応はとてもよかったですね。記者会見ではドヌーヴがこれまで見たことがないほど上機嫌で、この作品を気に入っていることがよくわかりました。

正式上映でみんな笑ってくれていました。その反応がすごくうれしかったです。僕が思っている以上に僕の映画は重苦しい受け止められ方をしているらしく、今回の作品の明るさや軽さに、みなさん驚いているようですね。僕としては、こういう側面もあるよ、というのがわかってもらえてよかった。ヴェネツィアでの記者会見は、会場に入った瞬間に驚きました。特に、ドヌーヴというレジェンドに対する敬意がスタンディングオベーションに表れていて、後ろから入っていった僕は見ていて感動しました。ドヌーヴは特別な存在だと、改めて感じましたね

191016-sub3.jpgカトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホークなど、大物俳優が家族を演じた。

――今作は、ファビエンヌ(ドヌーヴ)というわがままな大女優が『真実』という自伝を出すことになり、そこに娘(ビノシュ)や娘の夫(イーサン・ホーク)、元夫などが集まってくるという家族の物語です。ドヌーヴを彷彿とさせるファビエンヌのキャラクターを、ドヌーヴがコミカルに嬉々として演じていました。言葉は悪いですが、レジェンドを見事に使いこなした点で、是枝演出の評価はさらに高まったのではないでしょうか。

軽やかさというのがドヌーヴさんの持ち味だと、僕は思うんですね。それを新鮮に感じた人は確かにいるかもしれません。

――この映画の製作の裏側をまとめた『こんな雨の日に 映画「真実」をめぐるいくつかのこと』という本を出版されましたが、ドヌーヴの自由な立ち振る舞いについても書かれていましたね。毎日遅刻してくるとか、打ち合わせに脚本も読まないで来たり……(笑)

いまでも変わらず、そういう言動がチャーミングな方なんですよ。日記に毎日、“今日のドヌーヴは”と書きたくなるくらい。昨日の取材時にも、日が暮れてきて窓際で一緒に写真を撮っていて、ああそろそろ光的にダメなんじゃないかなとカメラマンがピリピリしている時に、足先でレフ板をひょいっと上げて手伝ってみたりする。そういう茶目っ気が可愛くて、しょうがないんですよね(笑)

――現在ドヌーヴは75歳ですが、いまでも毎年のように新作に登場し、ベテランから若手までさまざまな監督と仕事をしています。監督から見て、ドヌーヴの女優としての魅力はなんでしょうか?

映画監督が、みんな仕事をしたくなるというのは納得ですね。彼女は、必ずいいテイクを出すんですよ。こちらが逃さなければですが。

――よい演技を引き出すポイントはなんでしょうか?

引き出すいうより、“来た!”という感じがすぐにわかるんです。僕だけじゃなく、カメラマンも録音のスタッフもみんな。もっといえば、演じているドヌーヴ本人がいちばんいまのがベストテイクだと、わかっている。それが来るまで、たいていは10テイクくらい撮るけれど、場合によっては2テイク目で来たりするから、その時はみんな驚いちゃったりするわけです。

191016-DSC02916_V.jpg終始よい雰囲気に包まれていたという『真実』の制作現場にて。是枝監督のシャツの胸には“是枝組”の札が。

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――自由人のドヌーヴに、現場では振り回されたりしませんでしたか?

わがままという言葉を使うと、そこだけ切り取られて批判したみたいに言われるから、最近ナーバスになっているのですが(笑)。自分勝手な人ではないんですよ。嫌なものは嫌だし、好きなものは好きだし、言いたいことは言うけど、あくまでいい作品を創ろうという気持ちを失うことはない。そのために自分が何をできるのかというところは、ちゃんとしている。本当に尊敬に値しますね。ただのわがままで自分勝手な人だったら、60年も映画界の中心で光輝くことはできないと思います。昨年クランクインの前に、フランソワ・オゾン(監督)がフランス映画際で来日した際に横浜で会って。『ドヌーヴを撮るんです』と話したら、『周りからは(ドヌーヴと仕事をするのは)大変だと言われるだろうけど、噂とは違って彼女は作品のために尽くす女優だから、全然心配する必要はないよ』と言われたんです。本当にそのとおりでしたね。(ここで、ドヌーヴが取材中の部屋に突如訪れ、是枝監督に「今日のディナーには参加しないの? 」と問いかける。まさに自由なドヌーヴの姿に一同失笑)

――映画『真実』のプロジェクトは、もともとビノシュから始まったそうですね。

ビノシュの人としての魅力は、正直というところですね。誠実で嘘がない。真っ直ぐな人ですね。それに共演者に対してのリスペクトもあります。
彼女といると学ぶことが多く、僕自身が勉強になります。役者ってこんなこと考えているんだとか、こういう方法論を彼女は使いこなしているんだとか。全部話してくれるんです。哲学的というか、本質的かな。感覚的なことで普通なら言葉にできないようなことも、きちんと言葉にする。同じように上手く演技ができる女優は日本にもいるかもしれないけど、あそこまで言語化できる人はいないんじゃないかな。

191016-sub1.jpgドヌーヴが演じたのは、フランスの大女優ファビエンヌ役。その娘役をビノシュが演じ、母との葛藤や揺れ動く心情を描く。

――舞台となったファビエンヌの家は、ロケハンで何軒も見て探したとのことですが、ゴージャスなアパルトマンではなく、美しい庭のある家を選んだのは、どういった理由だったのでしょうか。

庭はポイントでしたね。映画の冒頭でファビエンヌがインタビューされている、円形のテラスの場所が、ロケハンに行った時にすぐに目について。ここでクライマックスを撮ろうと思ったわけです。ここで母と娘が包容するシーンを撮りたいと思って。かなり早い段階で見つかっていたのですが、その後も郊外のお城みたいな家をいくつか見ました。そしたらドヌーヴに、『こんなに郊外だと引退した女優にしか見えない。現役の女優は郊外なんて絶対に住まない』と言われて。ドヌーヴは、自分の家から近いというのがいちばんよかったんです(笑)。それを絶対自分の都合とは言いませんけどね。『こんな場所からは、ディナーをパリに食べに来られないわよ』って。

――ドヌーヴには勝てませんね(笑)

言い負かされたというと言葉は悪いですけど、説得されたところは多いですね。僕が言い張ったところもありますけど。僕が勝ったところは、ディナー中は絶対タバコを吸わない、ということですね。ドヌーヴは、『このシーンは吸っていいの?』と、必ず聞いてきましたね。『ディナーは隣に子どもがいますし、吸わないでおきましょうか』と言うと、『そう?私なら吸うわよ』って言いながらも素直に辞めてくれましたね。もちろん、本番直前までは吸っていますけど。

――とても楽しそうな現場ですね。大物俳優たちが共演することで、緊張感はありましたか?

いや、ピリピリする感じはないですね。イーサン(ホーク)がいてくれたことも大きいです。お芝居もそうですが、彼自身が人間として包容力がある。彼がいることもあって、ドヌーヴもビノシュも本当に和やかでした。偉ぶるということもなく、あの3人はとてもいいバランスでしたね。

191016-sub2.jpgビノシュとイーサンが築く温かい家族は、フランスを離れアメリカで暮らしているという設定。

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――今回は、フランスの映画製作の現場にひとりで飛び込まれていましたが、戸惑ったことや日本での映画製作に取り入れたいと思ったことはありましたか?

慣れて戸惑うことはなかったけれど、土日はちゃんと休む、次の日の撮影まで12時間あけないといけないといったシステムはきちんとしていますね。日本はある意味、ルーズ過ぎる。自分の現場を考えてもそうだけど、結局誰かにしわ寄せがくる。それは変えていかないとね。

――『真実』の成功によって、今後も他の国で映画を創る可能性は出てきましたか?

ありますね。具体的に決まっているわけではないですが、イメージはあります。今回はプロデューサーの福間が頑張ってくれて、僕にファイナルカットの権利を残したまま、海外のシステムで撮ることができた。日本での僕のやり方を許してくれるキャストだったから、できたところもありますが。ハリウッドだと、同じやり方はできないでしょうしね。そのあたりを探りながら、誰と組んでどんなことができるか考えてみようかと思っています。イーサン・ホークをまた撮りたいとも思うし、アカデミー賞の授賞式でクリスチャン・ベールとかキャリー・マリガンとか目の当たりにして、夢が膨らみましたね。

――映画の冒頭で、ジャーナリストがファビエンヌにインタビューしているシーンで「女優としてあなたは誰のDNAを受け継いでいますか? 」という質問がありますね。準備段階でもドヌーヴやビノシュに同じ質問をしたそうですが、是枝監督自身は、誰のDNAを引き継いでいるのでしょうか? ヨーロッパでは、小津安二郎の名前が上がることも多いようですが。

よくそう言われるけれど、小津監督のDNAは僕には入っていないと思うんですよね。僕に入っているとすると、これは海外の人に言っても通じないかもしれないけれど、山田太一や向田邦子といったテレビドラマの脚本家かな。意識的に自分で学ぼうと思ったのは、鴨下信一(「岸辺のアルバム」や「ふぞろいの林檎たち」などのテレビドラマで知られるTBSのプロデューサー・演出家)や久世光彦(「時間ですよ」、「寺内貫太郎一家」などのテレビドラマで知られるTBSの演出家)だったりするので、むしろテレビのDNAが入っているんじゃないかと。以前はそれを認めるのが嫌だったんだけど、そこは開き直ったわけです。いまは自分のルーツだなと思いますね。影響を受けているといえば、監督になってから出会った侯孝賢とかケン・ローチ、ダルデンヌ兄弟、イ・チャンドン、年下だけどジャ・ジャンクーとか、同時代で果敢な作品を作っている監督たちでしょうか。彼らへの尊敬と連帯の中で、自分のこれからを考えてきた20年でしたからね。

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テレビマンユニオン在籍中に映画監督デビューを遂げた是枝監督。

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――いま欧米では、多くの映画監督がドラマも撮り始めていますね。尺の制約がないし、制作費がふんだんにあるなど自由度も高い。またドラマを撮ることもありえますか?

連ドラは、「ゴーイング マイ ホーム」(12年)でやりました。全話自分で書いて演出して、死にそうになったんですけど、それを完走したら、映画一本を撮ることはマラソンではなく中距離走くらいだと感じるようになりました。自分の中のメモリー量が増えた感じ。これ一回やるのは悪くなかったな、と。書ける自分の体力が増した気がするんですよね。またチャンスがあれば、Netflixなどでやるのもいいかもしれません。

――『万引き家族』の受賞式などでずっと一緒に並んでいらっしゃったアルフォンソ・キュアロン監督は、Netflixと組んで70mmフィルムのモノクロ、ドルビーアトモスという最高の技術を用いた映画『ROMA/ローマ』を撮っていましたね。これは革新的でした。

技術もますます進んでいるから、向かい合わないといけないとは思いますね。『真実』はフィルムで撮っていますが、撮影監督のエリック・ゴーティエは、あえてパーフォレーション(フィルムの送り穴)を4つのうちふたつだけ使ってブローアップ(引き伸ばし)しているんです。エリックから『フィルムで撮ってもDCP(デジタルシネマパッケージ)の技術が上がっちゃっているからフィルムの質感が残らない』と言われました。だから、使用するフィルムの面積をあえて狭くしてブローアップすると。カメラテストで中庭のシーンを見たら、美しくてひとつひとつの色が全部共存しているというか、混ざり合っているというか、フィルムのよさってこうだよな、と感じました。

――技術と表現はまた別の次元の問題なのですね。技術が進んで画が美しくなり過ぎる、という問題は深いですね。ところで『真実』を撮影したら、この5年間走り続けてきたので少し休みたいと以前おっしゃっていましたが、休みの間は何をされる予定ですか?

自分でも嫌になるくらい勤勉なんですよね(笑)。休みなのに“休みの間にすること”を箇条書きにしちゃうタイプ。だから、それを辞めようと思って。休みの間に何をするか決めていないと、言い続けようと思って。もちろん読みたい本はたくさん溜まっているし、映画館にも最近行けていないし。まずは『ジョーカー』を観に行きたいかな。とりあえず休んで、自分の次回作とは関係ないものを読んだり観たりしようと思っています。

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『真実』
●監督・脚本・編集/是枝裕和
●出演/カトリーヌ・ドヌーヴ、ジュリエット・ビノシュ、イーサン・ホーク
●2019年、フランス・日本映画
●108分
●配給/ギャガ
●TOHOシネマズ日比谷ほか全国にて公開中

 

photos:DAISUKE YAMADA, réalisation:ATSUKO TATSUTA

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