河瀨直美監督インタビュー〈後編〉
河瀨直美監督がオリンピックを創る人々に向ける眼差し。
インタビュー
12月24日からスタートする、日本国内では初の大規模回顧展『映画監督 河瀨直美』を控えた河瀨監督にインタビュー。後編では、映画ファンもなかなか目にする機会のなかった初期の作品について、そして2020年公開の新作『朝が来る』や公式映画監督を務める東京2020オリンピック競技大会についても話を聞いた。
>>前編はこちら。
『朝が来る』撮影現場で、自らカメラを回す河瀨直美監督。©2020『朝が来る』Film Partners
初期の作品も網羅。
――今回の特集では、これまで上映されてこなかった初期の作品も紹介されます。
『女神たちのパン』(1990年)は専門学校の卒業制作で、何をもって自分と言えるかというテーマで撮っています。16mmでの撮影なのでフィルムを大切にしながら、ひとつひとつのショットを丁寧に撮った作品。音と画を別々に編集し、最後にミックスダウンしているのですが、学生の技術だからタイミングがばらばらで(苦笑)。夜明けのブルーを出すのが難しく、試行錯誤して、それでも色の統一ができていなかったので、今回を機に補正しました。
『女神たちのパン』1990年 24分
●監督/河瀨直美 ©kumie inc.
●上映日時/2020年1月4日(土)12:30、15日(水)19:00
*「河瀨直美初期短篇集」(計96分)として上映。
『幸福(しあわせ)モドキ』(91年)は専門学校を卒業して、自主製作の第一弾みたいな作品。『かたつもり』(94年)でもそうですけど、20代の時の作品には“もどき”とか“つもり”とか、タイトルからして本物になれない、自分のもどかしさがすごく出ているんですよね。
『幸福モドキ』1991年 20分
●監督/河瀨直美 ©kumie inc.
●上映日時/2020年1月4日(土)12:30、15日(水)19:00
*「河瀨直美初期短篇集」(計96分)として上映。
『かたつもり』1994年 40分
●監督・撮影/河瀨直美 ©kumie inc.
●上映日時/2019年12月24日(火)15:00、2020年1月4日(土)15:30
*『につつまれて』『きゃからばあ』と同時上映(計130分)。
――河瀨監督は海外の映画祭では、もう10年以上前からあちこちで回顧展をされていて、日本ではようやくという感じがします。
ありがたいことに、東京2020オリンピック効果だなと思います。作品の流れの前後も通して観ていただいたら、また印象が全然違ってくると思う。「誕生」という題材の作品が多いのと同時に、フィガロジャポンの読者にとっては「死」という題材はまだ遠いかもしれませんが、私はおじいちゃん、おばあちゃんに育てられたから、わりと早い段階で身近な人の「死」を体験し、作品を通して見つめてきた流れもあります。
『追臆のダンス』(2002年)というドキュメンタリーは、写真評論家の西井一夫さんから依頼されました。彼の闘病の末の死、他者の死を目の当たりにする、最後まで見つめさせられるという体験をして、まさに生と死は表裏一体だなと思いました。
『追臆のダンス』2002年 65分
●監督・撮影/河瀨直美 ●出演/西井一夫、西井千鶴子 ©kumie inc.
●上映日時/2019年12月27日(金)15:00、2020年1月12日(日)16:00
---fadeinpager---
――河瀨監督の作品は観るという行為以上に、人に内在する痛みに直接触れる体験をするような感覚があります。養父母に育てられた河瀨監督が抱える家族への渇望、父親への思慕は、ここまでもがいてもなお、手が届かないのかと強い痛みを感じることができる。特にドキュメンタリーの『きゃからばあ』(2001年)に顕著ですが、その時期を経て、キャリアの途中から確実に、自分の痛みではなく、他者の痛みへと視点が移行していきますよね。『あん』(15年)、『光』(17年)、『Vision』(18年)は、直接は繋がってはいない誰かの痛みに触れる世界観ですが、いつからその変化が?
やっぱり、養母が亡くなったというところからかな。養母が生きている間は、彼女の存在が自分をこの世界に繋ぎとめていて、プライベートな部分からは逃れられない感じでした。いまはその姿は見えなくなっても、支えてくれているものに向き合い、アクセスするようになった。
『2つ目の窓』はそれまで撮っていた奈良から離れて奄美大島で撮影をし、ハンセン病を題材にした『あん』はドリアン助川さんの原作を基に樹木希林さん、永瀬正敏さんとの関係性で作ることができた。その次の『光』は『あん』のバリアフリー上映の際に、視覚障害を持つ人のための字幕制作の職業があることを知り、そこから視力=光を奪われていくカメラマンという物語ができた。ほかにも何作か自分で脚本を書いてはいるんですが、途中で「これは自分が最後まで見たい世界なのかな」と問い直した結果、没にしているものもたくさんあります。
『あん』2015年 113分
●監督・脚本/河瀨直美 ●出演/樹木希林、永瀬正敏、内田伽羅、水野美紀、竹内海羽、高橋咲樹、村田優吏愛、浅田美代子、市原悦子 ©2015映画『あん』製作委員会/COMME DES CINEMAS/TWENTY TWENTY VISION/ZDF-ARTE
●上映日時/2019年12月25日(水)18:30、2020年1月14日(火)15:00
『光』2017年 101分
●監督・脚本/河瀨直美 ●出演/永瀬正敏、水崎綾女、神野三鈴、小市慢太郎、早織、大塚千弘、堀内正美、白川和子、藤竜也 ©2017 “RADIANCE” FILM PARTNERS/KINOSHITA、COMME DES CINEMAS、KUMIE
●上映日時/2019年12月26日(木)19:00、2020年1月12日(日)12:00
『Vision』2018年 110分
●監督・脚本/河瀨直美 ●出演/ジュリエット・ビノシュ、永瀬正敏、岩田剛典、美波、森山未來、コウ、白川和子、ジジ・ぶぅ、田中泯、夏木マリ ©2018“Vision”LDH JAPAN, SLOT MACHINE, KUMIE INC.
●上映日時/2019年12月27日(金)19:00、2020年1月11日(土)12:30
---fadeinpager---
アスリートたちの言葉を大切に、人間性を描きたい。
――新作の『朝が来る』(2020年)も原作がありますね。
「ええ。辻村深月さんの原作に込められているもの全部に、私、感情移入できるんです。長年の不妊治療の結果、子どもを持つことができなかった夫婦の話ですが、『あん』のハンセン病の扱い方と同じで、その題材だけにフォーカスすると、入口が狭くて、入れない人が出てくるし、辛い話になってしまう。間口を広くすることは大事だと思っていて、登場人物のそれぞれの日常にふっと観客が入れるような、心の機微を丁寧に描くことを心がけました。
世の中には望まぬ妊娠をする実母たちがたくさんいる。熊本の慈恵病院がやっている「こうのとりのゆりかご」も話題になっていますが、私は養母の立場も知っているし、母としての眼差しもわかるし、ふたりの母の間にいる養子の立場もわかる。だから心を添わせながら創っています。
『朝が来る』撮影現場にて。©2020『朝が来る』Film Partners
――プライベートな眼差しに根付いて撮ってきた河瀨監督ですが、2020年はオリンピックというワールドワイドのパブリックなイベントにカメラを向けることになります。どのような準備を?
オリンピックというイベントそのものを撮るだけじゃなく、開催にいたるまでの人々の背景もキャッチアップしていこうと考えています。アスリートだけでなく、国立競技場の建設に携わっている人もいれば、日本のお家芸である柔道で金メダルを狙おうとしている海外の選手もいる。テレビでは見られない、オリンピックの競技だけでないものを追っていこうと。1964年の東京オリンピックの公式映画監督だった市川崑監督の作品は、「記録映画ではない記録映画」とよく言われますが、それに近くなるかなと思っています。
JOCの会長で、元柔道の金メダリストの山下泰裕さんは、言葉を聞いているだけで心が洗われる。本当のアスリートとはこういうふうに自分を切磋琢磨して生きているんだなと感じるし、彼らはメダリストになった途端、必ずオピニオンリーダーになる。オリンピアンの言葉の力はものすごく大きくて、メダルを取ったうえで彼らが何を言うかを大事にしながら、人間性をしっかりと描いていきたいです。
――河瀨監督の活躍は、カメラを持とうとしている次世代の女性たちに多くの希望を与えます。ひと言、エールをもらえませんか?
私がカメラを初めて手にしたのは18歳の時。そこから30年ほど経ちますが、カメラを持ったことで、普段の自分とは違う眼差しを持つことになり、明らかに毎日がすごく楽しくなった。ファインダーを通して世界にじっくり眼差しを向けると、世の中を客観視でき、そこで発見した風景が記憶に残る。記憶は決して自分を裏切らず、自分の力になっていきます。ぜひ、カメラを持って世界に!
>>前編はこちら。
河瀨直美 Naomi Kawase
生まれ育った奈良を拠点に映画を創り続ける。一貫した「リアリティ」の追求はドキュメンタリー、フィクションの域を越えて、カンヌ国際映画祭をはじめ、世界各国の映画祭での受賞多数。代表作は『萌の朱雀』(1997年)『殯の森』(2007年)『2つ目の窓』(14年)『あん』(15年)『光』(17年)『Vision』(18年)など。世界に表現活動の場を広げながらも故郷奈良にて、10年から「なら国際映画祭」を立ち上げ、後進の育成にも力を入れる。東京2020オリンピック競技大会公式映画監督に就任。最新作『朝が来る』は2020年初夏全国公開予定。
www.kawasenaomi.com/kumie
Instagram: @naomi.kawase
会期:2019年12月24日(火)〜12月27日(金)、2020年1月4日(土)〜1月19日(日)
会場:国立映画アーカイブ 長瀬記念ホールOZU(2階)
東京都中央区京橋3-7-6
開)11:00〜18:30
休)月、2019年12月28日(土)〜2020年1月3日(金)
入場料金:一般¥520(定員308名、各回入替制・全席自由席)
www.nfaj.go.jp/exhibition/naomikawase201911
【関連記事】
特集上映を控えた、河瀨直美監督にインタビュー。前編
ヌーベルバーグのフィアンセ、アンナ・カリーナの軌跡。
ケン・ローチが引退を撤回しても描きたかった物語とは?
interview et texte : YUKA KIMBARA