Music Sketch

映画『サーミの血』からサーミ民族の歌を思い出して

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映画『サーミの血(原題:Sameblod)』を観た。サーミとはラップランド地方に暮らす先住民族のこと。なぜこの映画に興味を持ったかというと、国内外の映画祭で幾つもの賞を受賞していたし、私自身1999年にラップランドまでサーミ人のシンガーたちを取材に行ったことがあったからだ。その時は、フィンランドにあるアンゲリ村出身の女性6人のグループ、アンゲリン・テュトットからアンゲリットに改名したウルスラ&トゥーニ・ランスマン姉妹の2人組と、そのグループから独立したウッラ・ピルティヤルヴィから話を聞いた。

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寄宿学校の生活に不満を感じている主人公エレ・マリャ。

■映画の舞台は1930年代という、差別の激しかった時代。

この映画の主人公エレ・マリャを演じたレーネ=セシリア・スパルロクもノルウェー生まれのサーミ人で、アマンダ・シェーネル監督もサーミ人の父とスウェーデン人の母親との間に生まれたサーミ人だ。映画の舞台は1930年代という、まだサーミ人が他の人種よりも劣った民族とされ、生き難かった時代で、当時の女性の生きざまがしっかりと描かれている。80年代に入ってEUの発展とともに権利保障や福祉をはじめ、文化自体も保護されるようになったものの、それまでは、特にキリスト教の介入とともにサーミ語の使用が禁止されるほど異端扱いされてきたという。ランスマン姉妹の話によれば、今ではサーミ民族の血が入っていることを強調する人がいるほど誇れる存在になり、祖父母のどちらかがサーミ語を話せればサーミ人と認められていたのが、80年代にはラップランドに3代住んでいればサーミ人と認められるほど規律が緩くなってきたそうだ。

映画は、寄宿学校を飛び出し、故郷を捨て、名前を変えてまでしてスウェーデン人になろうとした主人公のエレ・マリャが、妹の死を知り、実家に戻るシーンから始まる。そして過ぎ去った日々を思い起こすように、彼女の少女時代が描かれていく。家では代々続いているトナカイとの共存生活に縛られ、外に出るとサーミというだけで毛嫌いされ、特別なものを見るような視線を送られる日々。しかも寄宿学校でも、差別的な扱いを受けて過ごしていた。

でも、神秘的な存在であったことは少しわかる気がする。ウッラ・ピルティヤルヴィたちに会って驚いたのは、みんな身長が140cmほどと小柄だし、4姉妹というランスマンも「姉妹で髪の色がブラックとブロンドというように交互に生まれ、顔立ちもブラックはオリエンタル系、ブロンドは北欧系だから、とても同じ親から生まれたとは思えないのよ」と、話していたからだ。

映画『サーミの血』(予告編)

■サーミ民族の音楽のヨイクは、劇中の重要な場面で披露される。

映画の中でも披露される、サーミの音楽であるヨイク。彼女たちの宗教は神道に近い自然崇拝のものなので、ヨイクもアニミズムに近いものがあるという。歌の内容はもともと自然を歌ったり、人と自然の関係を歌ったりしたものが多く、今ではその内容は多様化している。当時話を聞いて興味深かったのは、「人のことをヨイクするのはいいが、自分のことをヨイクすると不幸になるという言い伝えがある」という話。ヨイクは何かについて語る(歌う)のではなく、何かをヨイクすることで、初めて人格化したり、そのものの存在を明確化したりすることができるのだそうだ。そう思うと、主人公が歌わされるシーンはさらに屈辱的なように思えてくる。

トラッドなスタイルには、淡々と語るように歌うものからフレームドラムを叩き、掛け合いをしながらテンションを高めて昇華していくものもあり、取材時には既にシンセサイザーを導入したアンビエントなものやポップな歌もあった。当時私はウッラの顔がビョークに似ているように感じ、同じ北欧出身ということもあってとてもよく聴いていた。アンゲリットやウッラは現在も活躍中だが、アンゲリン・テュトットとしては80年代には来日してアイヌの人々と共演したり、90年代前半にもサウンドトラック『ファイナル・ファンタジーV DEAR FRIENDS』にアンゲリン・テュトット名義で参加して一部で評判になっていたりしたので、記憶に残っている人もいると思う。

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ニクラスと恋に落ちてからはクリスティーナと名乗り、スウェーデン人になろうとするエレ・マリャ。

■サーミ民族はタフであるように親から教育されて育つ。

好きになった男性を頼って列車に乗り、スウェーデン人になってしまいたいと憧れの学校に入学を果たし、学費を得るためにある決断をする主人公は、本当にタフな少女だ。資料にあるインタビューでも、シェーネル監督は「主人公がなぜこんなに強いのかと、よく聞かれますが、サーミ人はタフであるように親から教育されます。寄宿学校に入るのも強くないとダメだし、弱いといじめられるし。トナカイ放牧業も、ケガや死亡事故が多い最も危険で過酷な仕事の一つですから」と答えている。そういえば、フィンランドのウツヨキで夕食を食べていた時に、私はひどい酔っ払い客に絡まれたのだが、その時に助けてくれたのは一緒に行ったスタッフや現地のスタッフではなく、当時27歳だったウッラだったことを思い出した。そして、確かにトナカイとの共生は女性には大変だろう。現地で過ごした数日間、主食はトナカイの肉、衣類もトナカイの毛皮(その時はマイナス20度だったが、真冬にはマイナス50度近くなるという)、インテリアやアクセサリーにもトナカイの角などが使われていて、衣食住と切っても切れない関係だった。その一方で、フィンランドはノキアに代表されるように電子機器が発達しているので、当時からサーミ人の生活に携帯電話やコンピュータ、スノー・モービルなどが普通に導入されていたのには驚かされたが。

■主人公が自分の居場所をどうやって見つけられるか。

映画『サーミの血』を観終えて、描かれていなかった時間をどう生きてきたのか気になったが、監督はあくまで思春期の成長期の中で、アイデンティティを変える決断をした主人公を中心に描きたかったそうだ。「(主人公エレ・マリャはスウェーデン人に同化したかったのではなく)同化はあくまで制度の一部であって、彼女が全てを捨てる決断をした理由は、今の場所にいることに耐えられない、自分のルール以外への切望、といった思いの積み重ねもあったと思います。何もかもから離れ去るなどという辛く困難なことは、相当に強い意志がないとできませんから。私が掘り下げたかったのは、エレ・マリャがこの世界で誰になれるか。自分の居場所をどうやってみつけられるかでした」。

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トナカイとの共存で生活を支えているサーミの人たち。

映画の軸となる姉妹役は、500人ほどしかいないとされる南サーミ語のネイティヴスピーカーで、しかも実の姉妹であるレーネ=セシリアとミーア=エリーカのスパルロク姉妹に出会うことができ、実現した。自然のロケーションを活かしたドキュメンタリー・タッチの映像も、リアル感を増すのに十分すぎるほど効果的で、ラース・フォン・トリアー監督の『メランコリア』(2011年)、『ニンフォマニアック』(2013年)などを手掛けたデンマーク出身のクリスチャン・エイドネス・アナスンが担当した音楽も、そこに馴染んでいる。

『サーミの血』
監督・脚本:アマンダ・シェーネル
音楽:クリスチャン・エイドネス・アナスン
出演:レーネ=セシリア・スパルロク、ミーア=エリーカ・スパルロク、マイ=ドリス・リンピ、ユリウス・フレイシャンデル、オッレ・サッリ、ハンナ・アルストロム
後援:スウェーデン大使館、ノルウェー王国大使館
配給・宣伝:アップリンク
新宿武蔵野館、アップリンク渋谷ほか公開中
©︎2016 NORDISK FILM PRODUCTION
http://www.uplink.co.jp/sami/

冒頭で紹介したウッラ・ピルティヤルヴィの「jearrat Biekkas(Questions In The Wind)」、アンゲリットの「Garkit (Escape)」はこちらで。

*To Be Continued

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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