Music Sketch

圧倒的な異才を放つ、小袋成彬のデビューアルバム『分離派の夏』

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小袋成彬の名を広めたのは、宇多田ヒカルの楽曲「ともだち with 小袋成彬」にゲストヴォーカルとして参加したこと。そこから「この人の声を世に送り出す手助けをしなきゃいけない——そんな使命感を感じさせてくれるアーティストを待っていました」(紙資料より)と、宇多田のプロデュースでソロデビューが決まった。とはいえ彼の存在は、大学卒業後に音楽レーベルTokyo Recordingsを設立し、水曜日のカンパネラへの歌詞提供やadieuなど数多くのアーティストをプロデュース、またJ-WAVEで自身の番組を持つなど、耳の早い音楽関係者や音楽ファンの間では知られていた。

1月16日に初披露されたショウケース・ライヴでは、まずその歌声に引き込まれた。メロディを歌っているというより、歌いながら優美なメロディや文才溢れる言葉が淀みなく溢れ出て、その気持ち良さそうな歌いぶりは内なる感情を掘り出している心のスキャットのようでもあった。歌うために生まれてきたような天性を感じさせたが、本人はヴォーカリストとしての目覚めは遅かったらしい。

「歌うことは好きか?って言われたら、別にそうじゃないかもしれない。今回でやっとわかったという感じです。今まで歌わなかった理由も、歌いたいことがそもそもなかったんです。しかも歌いたいことを探していたんですけど、探すこと自体まず間違えていたということにようやく気づいて、やっと歌おうと思いました。歌わざるを得ないものを掴まないと、ヴォーカリストとして、音楽家として、あんまり作品に深みが出ないということがわかったので。“自分から湧き上がるものに従順にやる”というのが自分のスタイルとして出てきました」

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小袋成彬(おぶくろなりあき)、26歳。音楽レーベルTokyo Recordings代表取締役。

■このアルバムは“喪の仕事”

宇多田から歌うことを勧められて曲作りの作業に入ったが、このアルバムは彼にとって“喪の仕事”になったという。フロイトが言うところの“Mourning Work”だ。そのキーワードはアルバムの最初に登場する。

「1曲目『042616@London』で、友人であるYagiくんの “喪の仕事”だという語りがあるじゃないですか。彼が何故そう言ったのか全然わからなかったんですけど、全く別でフロイトの本を読んでいた時に“Mourning Work(喪の仕事)”というのがあって、そこに4つの段階があるんです。その4番目が“再配置する、死者というか、ある出来事、事象や人物を自分の中で再解釈する、そして喪が終わる”と書いてあって、なるほどなって思って。このアルバムは(出来事を)もう一度見つめ直して、自分にとって再解釈する作業だったのかなって。だから彼は“喪の仕事”と言ったし、僕も“喪の仕事”ってそういうことなのかなって思い始めた。それはアルバムを作り終えてから気づいたんですけど」

こんなふうにも話す。

「“これ恥ずかしくて、歌にしないと言えない”って、非常に音楽的ですよね。本当に歌じゃないといけない理由があるような気がして。音楽は弔いだけじゃないと思っているんですけど、今回は蓋を開けてみたら弔いでした。もちろん宗教的な意味でのコンフェッション(告白)もあります。でもそれって僕の中では過去の自分に対する懺悔と免罪ですから」


小袋成彬がSpotifyのために作成したプレイリスト『分離派の冬』

最初にパンドラの箱を開けて生まれた曲が「Daydreaming in Guam」。降りてくるのを待つ、生まれたての歌はとても無防備で、限りなく自由だ。ただ、全ての曲が弔いの歌というわけではない。初恋を想起させる「Game」や身内の結婚式の情景が広がる「門出」のような歌もある。またかつて住んでいた「茗荷谷」をタイトルにした曲もあり、どの歌にも彼の人生を経て遺された個人的な心象や会話などが記されている。

「曲作りは“あれを書きたいな”とか“ああいうBPMの曲を作りたいな”と思うものはなくて、自分の中で消化しきれなかった思い出とか、個人的な懺悔とかを思い出して、曲として自分に降りてくるまでずっと待っている感じです。それを思い出したら、急にメロディが浮かんできたりもする。僕の場合はメロディが多いですけど、浮かんできたら、それを具現化するために無我夢中でピアノやギターを弾いて種みたいなものを作って、ある程度その光明が見えてきたら、あとは今まで培ってきた知的な操作としてうまく編集していく感じですね」

■友人の語りが入ったアルバムにした理由

前述の語り「042616@London」を入れたきっかけが面白い。初めて購入したアルバムがイエロー・マジック・オーケストラの『SERVICE』で、そこで聞いた三宅裕司のショートコントの衝撃から、何となくアルバムに語りを入れるイメージがあり、また、ケンドリック・ラマーのアルバム『To Pimp a Butterfly』での2Pacとの擬似対談(2Pacのインタビューに残された発言を使い、ラマーが生きる姿勢などを質問し、2Pacがそれに答えるという内容)に羨望があり、自分もそういう表現をするべきだなという思いがそれとなくあったという。

「Yagi君は音楽史を勉強している人なんですけど、彼と話していた時に、リヒャルト・シュトラウスとかベートーベンの話を1時間くらいしてくれて、それを録ってたんです。(もうひとつの語りの)『101117@El Camino de Santiago』のSakai君に関しては、1~2年に1回ほど定期的に会うような小説家の友達なんですけど、彼が会社を辞めた時の話が『Summer Reminds Me』を作っていた時に頭の中に出てきて、どうしても彼の話が僕の一部になっている気がして、それを弔わないともやもやする気持ちになって、というか(笑)」

小袋成彬 1stアルバム「分離派の夏」ティザー映像

楽曲制作に関しては当然ながら細部全てにこだわり、彼自身による演奏に加え、彼がプログラミングしたものをほぼ完璧に楽器演奏で再現してもらうことが多かったという。

「こだわりに関しては技術的にはめちゃくちゃあるんですけど、やっぱり、自分が表現するべきものに対してのアプローチがさまざまあって、ある言葉を響かせるためには、他の楽器を抜いたら逆に悪目立ちしてしまうとか、いろいろな手法が出てくる。たとえば一文字変えたら聞こえ方が変わるんだけど、でも逆に一瞬ドラムを抜いた方がいいとか、ストリングスをこういうメロディにした方がいいとか、そういう手法がなんとなく自分の中であって、それを緻密に作り上げていったっていう感じですね」

アルバムを聴いていると、ストリングスの音色が耳に優しい。学生時代に結成したユニットN.O.R.K.のライヴでもチェロやバイオリンが参加していたが、それは一緒にやっていた友人がクラシックにも造詣が深かったためで、あくまで弦の響きが好きというところに起因しているそうだ。

■N.O.R.K.、Tokyo Recordingsからソロデビューへ

大学時代はN.O.R.K.、卒業してからはTokyo Recordingsのレーベルオーナーとして音楽の世界に身を置いていた。

N.O.R.K.は、ジェイムス・ブレイクを筆頭とするポスト・ダブステップやインディーR&Bといったテン年代の音楽に対して日本の音楽シーンでいち早く動き出し、そこでも小袋成彬の繊細かつソウルフルな歌声、音楽センスは非凡さを発揮していた。ミュージックヴィデオも自作するなど、創造力や実行力も凄いが、「アマチュアリズムの極みじゃないですか? 遊びの延長だっただけで、何でもやってみたかった時期だったんでしょうね」とデジタルネイティヴ世代らしく、サラリと答える。曲も「せっかく歌えるんだったら英語でやろうよ」というくらいの気持ちで英語で歌い、当時は、自分自身とはかけ離れたところで曲を作っていたという。

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歌や楽器演奏をはじめ、作詞作曲編曲からプロデュースまで、アーティストとしての活動も多才だ。

Tokyo Recordingsをスタートさせたのも、「就職活動に嫌気がさして反発みたいなところがあったので。自分で音楽を作る方法がよくわかったし、経営学を大学で学んでいたこともあって、その2つの興味の範囲で、自分の中で音楽レーベル運営というのが出てきた。で、それをやっていたという感じですね」と話す。しかしながら、いきなりレーベルオーナーでありながら、プロデュースからプロモーション等を担うとは、すごいヴァイタリティだ。

プロデュースという作業の中で、アーティストと曲の意味をしっかり共有して作ることを探究するうちに、自分自身と向き合う時間も増えていった。タイミングよく宇多田ヒカルとの出会いが表現者としての小袋の背中を押す形となり、今回名前を出してのソロデビューに至った。自身の作品に関しては“喪の仕事”へと辿り着いたことで、 “個人的なことを人に聴かせる”ということは全く意識してなかったと話す。

「極めて自分的なものなので、そもそもが“届けたい”と思って作ってもいないですし、“今後もっと人に届くようになるんじゃないか”といった発想の中で全く作っていなかった。自分の曲作りの中に一切他者の視点みたいなものがなかったですね」

≫ 宇多田ヒカルとの仕事を通して、学んだこととは?

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■宇多田ヒカルとの仕事

小袋は既にプロデューサーとして活躍してきた。今回宇多田ヒカルが加わり、プロデューサーが2人いると押し引きが難しかったのではと思うが、アーティストでもある宇多田の経験値からか、そこはスムーズに進んだようだ。

「僕はどっちかというとコントロールしたがるタイプなんですけど、彼女は野放しにしてくれるタイプ。僕の場合(楽曲に対して)そうしたいという意図も理由もはっきりしているので、彼女はそこに対してなんの否定もなく、むしろ応援してくれて、あんまり折衝はなかったです」

小袋はどちらかというと自我がとても強く、自分が思う自分についてよく理解はしている一方で、他者からどう見えているのかというのは気にしたこともないという。そういう意味でも、曲作りはこれまでの自分の人生と対峙する作業にほかならなかった。そんなアルバムの中で、1曲だけ宇多田ヒカルが参加している。

「自分の出来事がモチーフになっていった時にあまりにも独りよがりな気がしていて、第三者的な声が絶対に必要だという思いがあった。それは僕の抑圧された感情よりも、むしろ第三者によって解放された方がいいような気がしていたんです。なので彼女にお願いする時に、『この部分のこの尺で』、『こういう抑揚の感じ』とか、『こういうエモーショナルで、これくらいメロディが動く感じ』というのはお願いしていました。ただその中で100点以上のものが返ってきちゃって、“わぁ、やべえなぁ”って思ったんです(笑)」


宇多田が参加した曲「Lonely One feat.宇多田ヒカル」

宇多田ヒカルがプロデューサーで特に良かったと思う点についても話す。

「たとえばこういうことを表現したいんだけど、僕の中でそこが音楽に結びついてない場合。情熱的なことを伝えたい時にあんまり熱い言葉を入れても、そのメロディやコード進行と相反したりする。そういった複雑な問題が出てきた時に彼女は作詞や作曲編曲までするので、いろんな知識と表現での技法を僕に与えてくれるんですよ。『私はあの曲でああいう言葉を選んだけど、こういうメロディだったのは、他にこういう候補があった中で……』といったことを、ひとことで言うと修辞的な表現を学びましたね」

■ウィーン分離派やラヴェルからの影響

小袋成彬の音楽を聴いていて印象的なのは、気品さえ感じるまろやかで伸びやかな歌声はもちろん、時代の最先端を行くようなヴォーカリゼイション、琴線を震わせる厳選された言葉と音遣い、そして感情に寄り添うストリングスの音色だ。歌っている小袋の歌声にどこか瑞々しさを感じてしまうのは、少年期から抱えてきたものを歌に吐露し、それがセラピーに通じているからかもしれない。

文学的な歌詞の源となる影響を訊くと、作家では美しい日本語も魅力のひとつである川端康成とヘルマン・ヘッセの名前を挙げた。しかし、両親は音楽好きなものの、意外なことに小袋自身はクラシックの素養はないという。

「E.Primavesi」という曲があるので、アルバムタイトルにある“分離派”はこの曲から来ているのかと思えば、当時のウィーン分離派に自分が重なる点があったからだと明かす。

「(このアルバムを制作していた頃は)ちょうど僕がクリムトのあの辺の芸術運動とか1910年代の芸術にめちゃくちゃハマっていた時期で、本当に面白い。僕はラヴェルかドビュッシーかでいうとラヴェルなんですよ。ドビュッシーは自分を超えたもの、花鳥風月とかにロマンを感じるような人で、僕にはロマンチックすぎるんです。日本だと、種田山頭火が私立東京専門学校(早稲田大学の前身)の在学中にヨーロッパ文学における自然派の影響を1回受けているようです。彼はとても人間臭い俳人ですよね。海外からの影響が逃れられないのが100年前からも変わらないということは、つまり彼が置かれていたであろう状況が僕の置かれている状況にすごく似ていると思ったんです。いまの僕の周りの音楽は、ヒップホップの勃興もそうですけど、自分を超えたいとか高みを見せたいというものがあり、僕は非常に音楽的にはとても影響を受けていて、感覚的には攻撃されている感じになるんですよね。それが時代の流れになっていて、まさに1910年前後にめちゃくちゃ似てるなって思うんです。僕は半年くらいこの仮説を立てながら、いろんな文献を読んだりしているんですけど。というのもあって、何となくウィーン分離派の人たちの作品とかラヴェルも然り、その辺の影響が強くあったんですよね」

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学生時代は文化祭の委員長をやったこともあるが、全く表に出ない時期もあったという。現在も同様で、波があるそうだ。

いまは自分の中が空っぽで、次にどういう作品を作ることになるかは全くわからないという。一方で、作り終えた楽曲との距離感も変わってきた。

「僕は作者と作品は全く切り離して考えるタイプで、“あの人は嫌いだけど、作品は素晴らしい”というものが結構多いし、もちろんどっちもいい場合もいっぱいありますけど、だから作品が作者から離れるのは本当なんだなって作ってわかりましたね。作り終わったら、全く知らない人の別の曲というぐらいの感じになっていくし、作っていた時とは全く異なる意味でその言葉を歌っていたりとか、違う感情で歌えるんです」

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ソロ・デビュー・アルバム『分離派の夏』(4月25日発売)
Amazonで購入≫

5月1日(火)@WWWでのワンマンライヴをはじめ、GREENROOM FESTIVAL’18やフジロックフェスティバル’18といったフェスの出演も続々決定している。是非4月25日発売のアルバム『分離派の夏』を聴いて、彼の生の歌声にも触れて欲しい。

HPはコチラ→http://obukuro.com/

*To Be Continued

Photos : SHUN KOMIYAMA

伊藤なつみ Natsumi Itoh

音楽ジャーナリスト/編集者

『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュース等も。これまでデヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッド等、国内外のアーティストに多数取材。2018年より日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
Twitter:@natsumiitoh
Spotifyプレイリスト:MUSIC SKETCH

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