Music Sketch

音楽も胸に刻まれる珠玉の映画『君の名前で僕を呼んで』

Music Sketch

この『君の名前で僕を呼んで(原題:Call Me by Your Name)』は、自分もその場に居たいと思ったほど、とても惹かれる映画だった。北イタリアの避暑地で過ごすエリオの家族はもちろん、このパールマン家を取り巻く人たちもあまりに素敵だからだ。原作は読んではいないものの、ストーリーは予想でき、そしてその通りだったけれど、内容は想像をはるかに超える傑作だった。第90回アカデミー賞で脚色賞をジェームズ・アイヴォリーがこの作品で受賞したけれど、当然だろう。

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制作にあたり、最初に決定したのがエリオ役のティモシー・シャラメだった。

■監督も脚色も撮影監督も音楽も、秀逸なスタッフが集結。

アイヴォリーは青年2人の愛を描いた『モーリス』(1987年)の脚本・原作を手掛けていて、実際、公私のパートナーであったイスマイル・マーチャントが存命の間は、2人で『眺めのいい部屋』『ハワーズ・エンド』(以上3作ともE.M.フォースター原作)や、カズオ・イシグロ原作の『日の名残り』(1993年)など多くの名作を手掛けてきた。ある意味、30年越しの入魂の受賞作でもある。

『君の名前で僕を呼んで』日本版本予告

オープニング・シーンからエンドロールに流れる最後の1音の余韻が消えるまで、さまざまな感情が揺さぶられる。しかも、それらが色彩を帯びてアートを形成していくような空間にさえ感じてしまう。撮影監督はタイ人のサヨムプー・ムックディプローム。『ブンミおじさんの森』(日本は2011年公開)で第63回カンヌ国際映画祭のパルム・ドールを受賞しているが、その彼が映像を担当しているのも大きい。そのくらい、全編を通して映像にも魅了された。

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魅力を存分に発揮したエリオ(ティモシー・シャラメ)とオリヴァー(アーミー・ハマー)

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■ピアノを中心に、主人公の心理を反映させた音楽にも注目

もちろん音楽も欠かせないキー・ワードだ。監督であるイタリア人、ルカ・グァダニーノはオペラを含む舞台や音楽への造詣が深いことでも知られる。彼の作品で、音楽に関してすぐに思いつくのはドキュメンタリー映画『The Love Factory』シリーズでの『Arto Lindsay Perdoa a Beleza』(2004年)や、『ミラノ・愛に生きる』(2009年)でミニマル・ミュージックを早くから提唱してきたジョン・アダムスを起用したこと。『太陽が知っている』(1968年)をリメイクした『胸騒ぎのシチリア』(2015年)ではロックスターが主人公で、セイント・ヴィンセントがこの映画に向けてローリング・ストーンズの曲をカヴァーするなど、そのセンスの良さも気になっていた。

主人公エリオがピアノやギターの素養があることから、劇中でも彼の心情を表すかのようにピアノやギターの音色を活かした楽曲が沁みる。前述のジョン・アダムスや坂本龍一の曲、またクラシック音楽もピアノ演奏を軸に流れて行く。自然の多い避暑地に溶け込むかのようなオーガニックなサウンドがとても心地よい。

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■スフィアン・スティーヴンスの音楽をナレーションの代わりに

なかでも特筆すべきはスフィアン・スティーヴンスが手掛けた楽曲で、映画会社の資料によれば、監督は彼に依頼するにあたって次のように話している。

「私が心から称賛するアーティストが、スフィアンだ。彼の声は素晴らしく天上的だ。そして歌詞はシャープでとても深くて、悲しみと美しさに溢れている。彼の音楽は心から離れない。このあらゆる要素が、私がこの映画に込めたかったものなんだ。スフィアンの歌によって映画にもう1つの声が加わったと思っている。彼の音楽はナレーションのないこの映画のナレーションでもある」

「Mystery of Love」by Sufjan Stevens from the Call Me By Your Name Soundtrack

スフィアン・スティーヴンスはアメリカ・ミシガン州出身。インディー・フォークを中心としたシンガー・ソングライター/マルチプレイヤーで、独学ながら多彩な楽器を使って幻想的かつ独創的な音楽を創り上げてきた。スフィアンは原作と脚本を読んでから「Mystery of Love」と「Visions of Gideon」を書き下ろし、もう1曲の「Futile Devices」は監督からのリクエストでピアノを主役にリミックス(この曲が収録されたアルバム『Carrie and  Lowell』をプロデュースしたトーマス・バートレットが彼のソロ名義ダヴマンで担当)したもの。

その「Futile Devices(Doveman Remix)」はエリオがオリヴァーを待って夜を明かすシーンに流れ、アカデミー賞歌曲賞にノミネートされた「Mystery of Love」はエリオがオリヴァーと2人だけで旅するシーンに使われる。「Visions of Gideon」に至っては、この楽曲があってからこそ長回しのエンディングが成立したのだろう。吸い込まれてしまうようなこのエリオの表情だけでも、ティモシー・シャラメがアカデミー賞主演男優賞にノミネートされたのに納得してしまう。

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1995年ニューヨーク生まれのティモシー・シャラメ。父親はフランス人。

他に気になったのは、私の大好きなサイケデリック・ファーズの曲、ここではオリヴァーの気持ちを象徴するかのようにして「Love My Way」(1982年のヒット曲)が使われていること。また、舞台が1983年夏の避暑地とあって、他にも懐かしいテイストのポップソングも使われている。

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■教養ある両親の語りによって、映画がより趣のあるものに

冒頭にも書いたけれど、エリオの両親が本当に素敵だ。父親の職業は原作では古典文学者だが、映画では「人が考えたりものを書いたりするのは絵にならない」(監督談)からと美術史学者に変わったものの、父親はアメリカで教鞭をとる大学教授で母親も翻訳家という高い教養にあふれた家庭に描かれている。家の中では英語やイタリア語やフランス語が飛び交い、エリオは17歳にしてクラシック音楽の編曲をする才能も持ち合わせている。

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このシーンが1番のハイライトかもしれない。

叡智や愛情豊かな両親はエリオの恋する気持ちに気づき、母親は彼の背中を押すように16世紀のフランス小説を読んで聞かせ、終盤で父親がエリオに語りかけるシーンは私には一番印象的なシーンに残った。別荘に遊びに来る夫妻の友人や、エリオの友人に対する会話にしても気付かされる言動が多く、この夫妻に接している誰もが心に余裕を持って暮らしていられるように感じられた。おそらく原作のアンドレ・アシマンの人生による部分が大きいのだろうが、この両親の思慮深さも魅力的で、できるなら、この別荘にお邪魔したいと思ったくらいだ。

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毎夏、パールマン教授は北イタリアのヴィラにインターンを迎えて家族と過ごす。

そんな家庭に育ったエリオだからこそ、スフィアンが「Mystery of Love」の歌詞にアレキサンドロス大王と無二の親友であり恋人とも言われたヘファイスティオンの名前を挙げ、「Visions of Gideon」のギデオンは旧約聖書の「士師記」に記録されているヘブライ(ユダヤ)人の英雄ギデオンに重ねているのだろう。

眠れなくなるほど人を想うピュアな気持ちはいまも持ち続けていたいし、心に平穏と知的エッセンスが欲しい時にも、また観たくなりそうだ。

『君の名前で僕を呼んで』
監督:ルカ・グァダニーノ
脚色:ジェームズ・アイヴォリー
出演:ティモシー・シャラメ、アーミー・ハマー、マイケル・スタールバーグ、アミラ・カサールほか
©Frenesy, La Cinefacture 
提供:カルチュア・パブリッシャーズ/ファントム・フィルム
配給:ファントム・フィルム 
4月27日(金)、TOHOシネマズ シャンテ他 全国ロードショー
cmbyn-movie.jp

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映画『君の名前で僕を呼んで』から特製メニューが誕生。

*To Be Continued

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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