Music Sketch

復興に尽力したラジオDJを描く『ラジオ・コバニ』

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戦火の地が復興へと至る、激動の3年間を記録したドキュメンタリー映画である。TVで見たドキュメンタリー番組より、深く深く抉られ、それだけに感じ入ることが多い。製作に時間を掛けた成果もあるが、TVでは放映しづらい映像も入ってくる。俯瞰からの瓦礫の荒野と化した街並みに息を飲み、寄りのカメラで映されたある作業シーンは、私にはキツかった。しかしスクリーンには、それを横で見ている子供の姿も映し出す。私は直視を拒めても、子供にとっては日常の風景だから、もはや目を逸らすことはできないのだ。

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ラジオ番組「おはようコバニ」のDJディロバン・キコ。録音機材を持って飛び回る。

■20歳の大学生が、戦火の街を勇気付けるためにラジオ局を創設

“コバニ”とは、トルコとの国境に近いシリア北部のクルド人居住地域のこと。2014年7月からイスラム教スンニ派の過激派集団(ISIL)がコバニへ進撃を開始し、9月16日には街に侵入、10月上旬にはコバニの4割を掌握したと報道。しかし次第にクルド人民防衛隊(YPG)による激しい抵抗と攻撃や、連合軍からの空爆支援により、2015年1月26日にYPGが街の防衛に成功した。

イラク北部出身で、現在はオランダに住むラベー・ドスキー監督は、資料によると2014年から解放後の2016年まで、撮影のためにコバニを9回訪れた。特に最初の2回はその地域の80%がISの支配下だったこともあり、極度に危険なためクルーは連れて行かず、監督ひとりで現地入りしたそうだ。ある日、タクシーに乗ってクルーと共に有刺鉄線を突破しようと国境付近で待っていた時に、運転手が聞いていたラジオから、女性DJが「戦士たちのために」という曲をかけて戦士たちを励まそうとしているのに気づく。彼女の名がディロバン・キコだとわかると、実際に会いに行き、「パワフルな声を耳にし、美しくて勇敢で知的な女性を目の前にして、ドキュメンタリーの被写体に望まれる魅力を全て備えた人だと確信した」という。

映画『ラジオ・コバニ』予告編

当時20歳の大学生だったディロバンは、友人とラジオ局を創設し、2時間ほどのラジオ番組「おはようコバニ」をスタート。生き残った人々や兵士、女性戦士司令官、詩人や市民、友人たちの声を、インタビューを通してリスナーに届け、また音楽も流して勇気づけていた。そして番組は、街を再建し、未来へ繋げようと生きる人たちに希望や連帯意識をもたらしていく。

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毎日のように街の人や戦士の声を取材し、希望を与えていく。

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■インタビューや音楽で救われていく人々の姿を的確に捉える

監督がディロバンに依頼した「未来のわが子へ」という手紙がナレーションの役目を果たし、一方、彼女のインタビューの仕方も内容も素晴らしく、共に心を打つ。淡々と実直に、街の誰もが知りたかったことを訊き、それ以上の言葉を引き出していく。質問される側も答えるだけでなく、自身と向き合う機会となり、気づきもあれば、時にセラピーにもなる。語ることで癒やされる人も少なくない。兵士と床屋の会話の間にラジオから流れる音楽家が語る言葉「僕は歌を通じて戦場で敵に立ち向かう」や、ジャーナリストへの取材、また捕虜となったISIL兵士が「互いに敵同士なのは神の命令で仕方がない」と言いつつ、対話の中で我に返っていくシーンも印象的だ。

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クルド女性防衛隊(YPJ)の司令官メリヤムにも取材。

映画を観ていると、まるで別世界のことのように見ている自分が嫌になるが、戦闘シーンでスマートフォンで連絡を取り合っている兵士を見てリアリティを実感する自分もいる。私は湾岸戦争の前後にイスラエルへ3度行くことがあり、当初はTVの音楽番組用の取材だったものの、嘆きの壁近辺でパレスチナ人に銃を突きつけられたことをきっかけに、その後は戦地の人たちを取材し、記事を書いたこともあった。とはいえ、戦場へ行ったことはない。また、自分のラジオやTV番組を持っていた経験から察することもあるが、それより福島で東日本大震災後に放送し続けたラジオ局の勇敢さが頭を掠めた。それらの微々たる経験ながらも状況がわかるだけに、「兵士でなくとも、できることはたくさんある」と話すディロバン・キコの行動力と取材力には、何という言葉がふさわしいのかわからないほど魅了され、感銘を受けた。当然、何事にも屈しないラベー・ドスキー監督の使命感と実行力も賞賛に値する。監督は、クルド女性防衛隊(YPJ)のメンバーだった姉を亡くした悲しみを背負いつつ、だからこそ強い意志で映画を完成させている。

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クルド女性防衛隊(YPJ)もクルド人民防衛隊(YPG)と同様に戦闘する。

『ラジオ・コバニ』は主人公が20歳の女性とあって、母親との会話や女友達との時間、結婚を意識した恋愛模様なども収められている。女性だから共感できる部分も多々あり、その構成も広く評価されている一因だと感じた。既に海外の多くのドキュメンタリー映画祭でさまざまな賞を受賞している。69分という長さに戦争の悲惨さ、傷跡から復興や希望までをあらゆる角度から捉えていて、また音楽の重要性も随所に込めていて、あらためて観直したいと思う秀作だ。

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映画の中で語られる「未来のわが子へ」という手紙が心に沁みる。

映画『ラジオ・コバニ』
2018年5月12日(土)より、アップリンク渋谷、ポレポレ東中野ほか全国順次公開
www.uplink.co.jp/kobani

*To Be Continued

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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