映画『タリーと私の秘密の時間』を観て
Music Sketch
映画『タリーと私の秘密の時間』は、音楽から深読みしたらキリがない。
この映画は大ヒット映画『JUNO/ジュノ』(2007)で初タッグを組んだ、ジェイソン・ライトマン監督と脚本家ディアブロ・コディによるもので、主役はシャーリーズ・セロン。この3人の組み合わせは『ヤング≒アダルト』(2011)以来で、この作品の時はいまひとつ入り込めなかったけれど、『タリーと私の秘密の時間』は全くどんな作品か予想できなかったので、試写に行くのが楽しみだった。
タリー役のマッケンジー・デイヴィスと、母親マーロ役のシャーリーズ・セロン。
試写室で、偶然隣の席になったのが、うちに遊びに来るほど仲の良い編集者Yさん。「ちょっと時間ができたので、観に来たんですよ」、「気分転換になるといいね!」という言葉を交わした直後に映画は始まった。で、ストーリーが明かされるにつれて、小さいお子さんが2人いるYさんにとってはおそらく現実逃避できる内容ではなく、彼女がどんな思いで観ているのか気になって仕方がなかった。
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■ 歌詞はもちろん、歌のバックグラウンドからも気になる選曲
『JUNO/ジュノ』のサウンドトラックも大ヒットしたように、音楽好きの監督と脚本家とあって、『タリーと私の秘密の時間』に流れる音楽は重要な伏線となっている。なかでも、オープニングに流れるヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「Ride Into The Sun」と、母親マーロ(シャーリーズ・セロン)が新しい学校に息子が馴染めそうだと安堵したシーンから流れる『007は二度死ぬ』(1967)の主題歌「You Only Live Twice」には、共に歌詞がスクリーンに紹介される。前者は“違う場所を探してる 自分の場所を……”、後者は“人生は二度生きる そうかもね 一度は自分のため もう一度は夢のために”といった内容だ。
最も鍵になる歌は、脚本に最初から書き入れていたというジェイホークスの「Blue」。マーロがカフェで旧友ヴァイと再会した時に店内に流れ、終盤にマーロが彼女の家を訪ねていくシーンにも流れる。ジェイホークスはアメリカを代表するオルタナティヴ・カントリー・バンドで、これは1995年に最もヒットした曲。この7月にもニュー・アルバムを発表するなど、堅実な人気を誇っている。「Blue」の歌詞は、“友達はどこへ行ってしまったんだろう みんないなくなってしまった ある日振り向いたら そこにはあなたしかいなかった”、“とても憂鬱 立ち止まって 見てごらんよ”といった内容で、マーロにとって当時の自分を懐かしむBGMなのか、それ後悔の念に駆られる歌なのか気になるところだ。
そんな意味深な関係を含ませていくと、マーロに3人目の子供が生まれ、家の中が動物園状態になったところで流れてくるルーファス・ウェインライトの「Tiergarten(Supermayer Remix)」にも、二重の伏線を感じてしまう。曲名はベルリンにある公園の名前であり、ドイツ語で“小規模の動物園”も意味する一方で、彼はゲイであることをカミングアウトしているアーティストだからだ。
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■ シンディ・ローパーをBGMに爆走するマーロが辿り着く先は?
そしてヤマ場であるブルックリンへと向かう深夜のシーンでは、シンディ・ローパーの1983年のデビューアルバム『SHE’S SO UNUSUAL』からのほとんどの曲が、昔の記憶を呼び起こすかのように鳴り響く。
シンディ・ローパーはブルックリンが生んだ大スターで、若い頃は自由奔放に生きたものの、40歳を過ぎて出産し、念願の母親となった。また、マイノリティを支援する活動を早くから始め、多くのチャリティにも尽力している。矢継ぎ早に流れる曲の多さから、マーロにとって憧れの人で、このアルバムは彼女の青春時代が詰まった思い出のサウンドトラックなのだろうと推測される。「複数の継母に育てられた」と告白していたマーロは、当時はいまの現実とはもっと違う人生を夢見ていたのだろう。この深夜の時間軸の歪ませ方が一番の見どころだ。
小さいお子さんのいる母親なら絶対共感しそうな映画。ご主人にも観せたい!?
ライトマン監督は、「タリーはマーロを導いてくれる“大人用メアリー・ポピンズ”」と発言しているが、タリーは、かつてのマーロ、もしくはなりたかった自分なのではないだろうか。監督が、「You Only Live Twice」をあえてナンシー・シナトラではなくBeulahbelleにカヴァーさせたのも、いまという時代性を象徴したかったからではないだろうか。Beulahbelleとは、監督が『ステイ・コネクテッド〜つながりたい僕らの世界』(2014)に起用した女優/歌手のケイトリン・デヴァー(最新作は『デトロイト』(2017))が妹と結成したユニットで、エンドロールに流れる「You Let Go」も、いま21歳のケイトリン・デヴァーが書き下ろしたもの。そこも、マーロが青春時代を過ごした年齢と、40歳を過ぎたいまとをリンクさせたかったのでは?と深読みしてしまう。
夫ドリューはよくいるような、いい夫ではあるものの、どうしても私には最初から最後までジョン・カビラさんにしか見えなくて、それ以上入り込めなかった。体重の増量を含め、とにかくマーロ役に徹したシャーリーズ・セロンと、背中に翼が生えていそうなタリー役のマッケンジー・デイヴィスばかりが印象に残った。
夫ドリュー役は、ロン・リヴィングストン。
映画のパンフレットにも原稿を書かせていただいたが、冒頭のヴェルヴェット・アンダーグラウンドの「Ride Into The Sun」は、ルー・リードがバンド脱退後にアレンジを変えてバンドより早くソロ・アルバムに収録した、まさしく曰く付きの曲。その楽曲のバックグラウンドまで加味して監督が選曲していたとしたら、こだわりの凄さに鳥肌が立つ。
●監督/ジェイソン・ライトマン
●脚本/ディアブロ・コディ
●出演/シャーリーズ・セロン、マッケンジー・デイヴィス
●2018年、アメリカ映画
●95分
●配給/キノフィルムズ、木下グループ
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*To Be Continued