Music Sketch

女性の美しさを求めた少年が主役の、『サタデーナイト・チャーチ』

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映画『サタデーナイト・チャーチ』(原題:Saturday Church)は、女性のように美しくなりたいという願望を持った、ニューヨークの高校生ユリシーズが主人公だ。アフリカ系アメリカ人女性のインタビュー記事では、「アメリカでは肌が黒いというだけで人種差別を受けるから、女性という性差別も加わると二重苦なのよ」と語られていることが多いが、ユリシーズのような有色人種でゲイである人々も辛い思いを抱えて生きている。とはいっても、この映画のテーマは普遍的で、誰の心にも響くメッセージになっていると思う。

190307-FIGARO-317-a.jpgこの映画のためにダンスの特訓を受けたユリシーズ役のルカ・カイン。

■ミュージカルタッチにして、空想のシーンに“希望”を込めた。

ストーリーは、自分を取り巻く環境に馴染めないユリシーズが自分の居場所を求めていくもの。随所に意表を突くミュージカル・シーンが登場するが、脚本や共同製作に加えて、作詞も担当したデイモン・カーダシス監督は次のように説明している。「この映画は、“抱えている感情が大きすぎて言葉にならない時に歌にする、言葉では足りないから歌になる”というミュージカルの法則が当てはまる物語だと考えたからなんだ」

唐突に踊り出すシーンにはちょっと驚かされるものの、感情を爆発させるように踊り出したいという気持ちには共感できる。なかでも空想から生まれたファンタジー的なシーンには、監督が見つけた本作のテーマが込められているという。「空想こそが、私の映画にとって大切な要素であると確信した。主人公のストーリーを語る上で必要不可欠だと。なぜなら、“空想”によって主人公が、彼の人生でいちばん大切なもの――“希望”を持ち続けることができるからだ」

登場人物が皆、歌も踊りもマスターしていて、そこも楽しめる。踊りにはヴォーギングが登場したり、音楽にも80’sぽいものもあったり、ファッション通や音楽通にはちょっとした懐かしさに浸れるシーンもある。

■主人公ユリシーズを演じる、ルカ・カインに注目!

注目したいのは、何と言ってもルカ・カイン。彼が演じる主人公は、ギリシャ神話の英雄から名付けられたとあって、軍人だった父の亡き後、伯母から「男らしくしなさい」と躾けられる。そんな環境の中で繊細な心の持ち主が生き抜いていく姿を、初主演作で見事に演じ切っているのだ。難しい役柄だったが、彼の妹がトランスジェンダーであることから主人公への理解を深められたそう。彼の端正な顔立ちはまさに彫刻のモデルになりそうだし、ルージュを口に塗り始めたあたりから美しさが増してきて、骨格にも見とれてしまったほど。

190307-FIGARO-317-b.jpgヴォーギングで踊るシーンが多く、80’s風の音楽も楽しめる。

■映画製作のきっかけは、監督が働いていた“サタデー・チャーチ”から。

この映画が製作されたきっかけは、 カーダシス監督の母親の友人が“サタデー・チャーチ”というLGBTの人々のための支援プログラムを運営していて、監督が実際にそこでボランティアで働いた経験から。ニューヨークでは家族や周囲から理解を得られないことから家出をするLGBTの若者が後を絶たず、2011年にフィールド教会が、24歳までの若者たちに食事や衣服の提供、安全なセックスの指導、ダンスやスポーツをする場所の提供、相談に乗る機会などができる場所としてこのプログラムを始めたという。現在も30ほどの教会が協力し、ここに参加する約9割が有色人種だそうだ。

190307-FIGARO-317-c.jpg左のエボニー役のMJ・ロドリゲスは、この映画の後に「Pose/ポーズ」の主役に大抜擢された。

インディーズ系映画とあってか、純朴なユリシーズの振る舞いをはじめ、ドキュメンタリーに近い感触を覚えるが、そこには監督自身が同性愛者であるためリアリティを重視したこと、監督の母親が司祭を務める慣れ親しんだ教会で多くを撮影したこともあるようだ。また、実際にトランスジェンダーの役者を起用していて、この映画から「Glee/グリー」のクリエイターであるライアン・マーフィーのTVシリーズ「Pose/ポーズ」の主役や共演へとチャンスをつかんだ人たちもいる。

■国籍や、肌の色、セクシュアリティの違いに関係なく共感できる映画に。

最近のフレディ・マーキュリーの映画の大ヒットの余波もあるのか、この映画を観ていて感じたのは、ゲイだからとか、マイノリティだからとか意識しないで、最後まで観てしまったこと。もちろん社会的弱者とかマイノリティという人たちの存在は意識すべきだけれど、意識しすぎるのもおかしいと思うし、自分がどう生まれたとしても、皆それなりに何かを抱えて葛藤しながら生きているところは同じなはず。同じ人間の物語という視座で捉えることで、観た人にとって、この映画が目の前に立ち塞がる扉を開けるきっかけになればいいな、と感じた。

190307-FIGARO-317-d.jpg左のレイモンド役のアークイス・ロドリゲスは、偶然にもルカと同じ高校だったそう。

監督も次のように語っている。「監督として、今回出会った人々の才能や思想を、嘘のない確実な方法で取り入れた映画を作りたかった。トランスジェンダーのコミュニティがこの作品を観た時に、自分たちの物語を綴っているんだと感じてほしいし、ほかの観客にも純粋に物語を楽しんでもらいたい。登場人物たちが経験する孤独や初恋などの感情は誰もが経験するものであって、国籍や、肌の色、セクシュアリティの違いに関係なく共感できるものだと思う。結果的に誰もが共感できる普遍的な映画になったと思っている」

190307-FIGARO-317-e.jpg母親アマラ役のマーゴット・ビンガムは歌手としても活躍中。

この映画は、とてもいいシーンで、さらりと終わってしまう。そこにも好感を覚えた。ユリシーズの母親がとても魅力的に描かれていて、ずっと見守って、応援してくれる人がいることは幸せだし、ずっと見守り続けることも大切だと痛感した。

190307-FIGARO-317-f.jpgファンタジーな部分も含め、各々いろいろな見方のできる作品だ。

『サタデーナイト・チャーチ -夢を歌う場所-』

●監督・脚本/デイモン・カルダシス
●出演/ルカ・カイン、マーゴット・ビンガム、レジーナ・テイラー、MJ・ロドリゲス、インドゥヤ・ムーア
●原題/Saturday Church
●2017年、アメリカ映画
●82分
●配給/キノフィルムズ

全国公開中
http://saturday-church.com
 ©2016 Saturday Church Holding LLC ALL rights reserved.

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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