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愛の強さを問う、ティモシー・シャラメの『ビューティフル・ボーイ』

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いま、世界中から最も注目されている若手俳優といえば、ティモシー・シャラメ。最新作『ビューティフル・ボーイ』は、その美しさもさることながら、傑出した演技力であらゆる感情を揺さぶってくる。『君の名前で僕を呼んで』(2017年)ではアカデミー賞主演男優賞にノミネートされ、1939年以来の最も若い年齢も話題になったが、近い将来、主演男優賞を受賞してしまうのではないだろうか。それほどの熱演なのだ。

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左から父親デヴィッド・シェフ(スティーヴ・カレル)とニック・シェフ(ティモシー・シャラメ)。

ごく簡単に書くとドラッグにハマった息子を父親が立ち直らせる話だが、奇しくも試写に行った日は、取材したことのある著名人がドラッグで逮捕されたとあって、怖いほどリアルに世界観に引き込まれてしまった。特に前半は、こんなに徹底的に描いたらドラッグに興味を持ってしまう人が出てしまうのではと、心配になったほど。次第に、主人公ニックの繊細でアーティスティックな面と、中毒が増していく過程をエモーショナルに演じるシャラメ自身にも見入ってしまった。

■父と息子がそれぞれ書いた回想録を基に映画化。

昨今の傑作映画には、実際にあった出来事を基にしているものが多いが、この『ビューティフル・ボーイ』もそう。息子ニックを立ち直らせた父デヴィッド・シェフは、ニューヨーク・タイムズ・マガジンに「薬物中毒の我が息子(My Addicted Son)」が掲載されたことをきっかけに、『Beautiful Boy : A Father’s Journey Through His Son’s Addiction』(2008年)を出版。ニックも回想録『TWEAK : Growing Up on Methamphetamines』(2008年)を発表。双方を読んで感動したプロデューサーのジェレミー・クライナー(製作会社PLAN B)が映画化を思いつき、PLAN Bがフェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲンを監督に抜擢した。

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ニックはチャールズ・ブコウスキーの詩「Let It Enfold You」を好む。

ちなみに、父デヴィッドは音楽ジャーナリストとして活躍し、記事の寄稿のほか、多くのミュージシャンやアーティストに取材、ジョン・レノン生前最期のロング・インタビューも担当してきた。ニックは脚本家として活躍していて、有名なところでは自殺や性的暴行といったいじめを題材にし、全世界で大反響を呼んだNetflixのドラマ「13の理由」などがある。自身の経験は“若者を救いたい”という思いに結実し、番組制作に活かされているのだ。

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義弟ジャスパーとはいまも仲が良く、弟も本作に関わっている。写真は劇中より。

映画を観ていて、ニックがドラッグに溺れていくのは、大学生活の中での好奇心や、父親が再婚し、義母との間に生まれた子どもたちと築いたファミリー像に馴染めない寂しさのためかと思っていた。けれど、ニック自身がアメリカのTV番組「TODAY」(2018年11月27日放映)で語っていることには、彼の心の中には常に不安があり、そこにドラッグがヒットしてしまったという。繊細な感性だからこそ、より快楽や多幸感を求めるのかと思っていたが、理由は人それぞれだ。もちろん映画と事実とは、多少設定など変更している部分はある。

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家族みんなに愛されているニック。

「薬漬けで生きている時から廃人、喪に服しているよう」という劇中のセリフも衝撃的だった。アメリカでは50歳以下の死因の原因の第1位は、ドラッグの過剰摂取という。

■どんな状況でも見捨てることをしない、家族愛の強さ。

文才に長けて成績優秀、スポーツも万能というニック。家族を愛する気持ちや自尊心を保ちつつも、それでも依存症から抜けきれず、ドラッグ欲しさに人生を狂わせていく。父親は長男であるニックを溺愛し、いつも“everything”と言葉を交わしながら抱擁し、愛情を確かめ合ってきた。しかし、彼の成長を誰よりも楽しみにしていたのに、気づくと息子が死と隣り合わせにいるという現実に襲われるのだ。親より先に子が命を落とすかもしれない。その断腸の思いは個人的な体験から、急死した長女を目前にしてひと言しか声を絞り出せなかった母親の姿を私は知っているので、終盤の展開にはいろいろな思いが押し寄せて来た。

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渾身の演技を見せるティモシー・シャラメは現在23歳。

父親役のスティーヴ・カレルは「この脚本は残酷なまでに正直だった。英雄も敵役も存在しない。我々が生きているこの世界を描いていたんだ」と話し、ティモシー・シャラメはニックや家族に会ったほか、リハビリ施設で入居者と過ごすなどして役作りに徹したという。実母と義母の存在もリアルだし、複雑な心境の母親の気持ちもわかる。弟や妹を含め、この家族愛があってこそ、彼は立ち直れたのだ。絆や愛情、救いや赦しなど、各々の体験から忠実に描かれているので、観た人も自分の人生と重ねてしまい、心を掴まれるのである。

■映画タイトルとなった曲をはじめ、名曲揃いのサントラにも注目。

この映画を観ようと思った理由は、シャラメの最新作であり、父親の職業が自分と同業ということもあるが、名作『ムーンライト』を製作したPLAN Bが関わっている点が大きい。サウンドトラックも素晴らしく、マッシヴ・アタックやシガー・ロスなど、個人的に大好きな曲ばかり集まっていることも要因のひとつだ。

映画のタイトルとなったジョン・レノンの「ビューティフル・ボーイ」は、レノンが5歳の時の息子ショーンに捧げた“我が子の成長を願う歌”で、劇中でもデヴィッドがニックに歌い聞かせている。また、エンドロールに流れるブコウスキーの詩がさらに意味を深め、サンファの歌「Treasure」が沁み渡る。

「Treasure」のビオオクリップでは、ニックの弟であるジャスパー・シェフが描いたイラストとサンファの歌がコラボしていて、深層心理を表出しているのか、解釈を自由に楽しめるようになっている。ジェスパーは、劇中で父親がニックの部屋で見つけた過激な絵や、妹デイジーが子ども時代に描いた絵も担当。父親や兄と同様に、実際の映画製作にも関わり、ここでも家族の結び付きの強さを感じた。

ニックが“立ち直らなくてはいけない”と開眼する直前まで、心に重く伸し掛かるシーンが続くが、観終わった後の浄化されたようななんともいえない心情は、これまでに体験したことのないものだった。また絶対に観たいと思う、作品としても中毒性の高い秀作だ。

『ビューティフル・ボーイ』

●監督/フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン
●脚本/フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン/ルーク・デイヴィス
●出演/スティーヴ・カレル、ティモシー・シャラメ
●製作/PLAN B
●配給/ファントム・フィルム
●2018年 アメリカ映画
●120分、ビスタサイズ/R-15
●4月12日(金)よりTOHOシネマズ シャンテ他にて全国公開
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*To Be Continued

伊藤なつみ Natsumi Itoh

音楽ジャーナリスト/編集者

『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュース等も。これまでデヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッド等、国内外のアーティストに多数取材。2018年より日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
Twitter:@natsumiitoh
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