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【前編】路上の現実を希望へと橋渡しした、話題作『存在のない子供たち』

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『存在のない子供たち(原題:Capharnaüm)』は、個人的に早くも今年のベスト5に入ると断言したい傑作だ。本年度のゴールデン・グローブ賞やアカデミー賞において『ROMA/ローマ』や『万引き家族』などと外国語映画賞を競ったレバノンの代表作品で、わずか12歳というゼイン少年が、自分の両親を「僕を産んだ罪」で訴えて裁判を起こすというストーリーである。ナディーン・ラバキー監督が多くの子供たちの実態をリサーチした上で、この脚本を書き上げた。

190722-A-MAIN.jpg主人公ゼイン役のゼイン・アル=ラフィーア。監督と出会った当初は3文字の名前も書けないほどだったという。

女優としても実績のあるラバキー監督は、初の長編監督作『キャラメル』(2007年)で素人を配役したことでも注目を集めた。今回もラバキーが弁護士役で出演している以外は、キャストはスタッフがレバノンのストリートで見つけ、オーディションした素人という。

また、公私ともにパートナーであるハレード・ムザンナルは、『キャラメル』で音楽を担当して以来ずっと彼女の作品に関わってきたが、この映画ではプロデューサーとしての大役も担っている。今回、この2人に直接インタビューすることができたので、記者会見での発言も交えながら、ご紹介したい。

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◼️何もしないことは、自分もそこに加担してしまうのではないかとも感じた。

――このような社会的な題材を扱うことにしたきっかけを教えてください。

ラバキー(以下L):レバノンに住んでいると、劇中に出てきたような、とても小さい子がガムや花を売ったり、重いガスタンクを引きずって働いたり、物乞いをしたり、苦しんでいたりする姿を日々見ることになります。しかも150万人もの難民を受け入れているので、いま経済的状況がとても酷く、その悪影響がいちばん色濃く反映されているのが子どもたちなんです。このショッキングなことに関し、私も責任を感じて何かしなければと思いました。何もしないことは、逆に自分もそこに加担してしまうのではないかとも感じたんです。

190722-B-SUB7.jpg長男のゼインを中心にして、ガムや花、ジュースを売ってお金を稼ぐ兄妹たち。全員みな自分の誕生日を知らず、出生証明書がないため病院で治療を受けることもできない。

――その状況改善のためもツールとして、監督が選んだのが映画製作という。

L:映画は観た人にインパクトを与え、心の在り方を変えるから、たくさん観ることで、私自身とても変わりました。そして自分が何かしなければと思った時に、自分は映画を作ってきたからそのツールを使おうと考えたんです。映画というのは真に人の見方を変えられる力を持っていると私は信じている。だから、観たみんなの中に「このままこういう子どもたちの状況を受け入れて生き続けてはいけないんだ」という気持ちを生むことができれば、物事が少しずつ変わっていくのではないかと考えたのよ。

―最初の長編映画『キャラメル』同様、キャストのうちあなただけプロの俳優で、ほかはストリート・キャスティングですよね?

L:特に今回は難しい決断だったわ。彼らは人生においてとても難しい状況にいる人たちだったから、撮影できるかどうか挑戦してみたの。

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◼️撮影中に映画と同じことが実際に現実に起こり、現場は混乱がしがちだった。

――監督だけが、弁護士役として登場したのは?

L:脚本を書く前にたくさんリサーチした中で、弁護士に質問したり、一緒に法廷で時間を過ごしたりするうちに、彼女のキャラクターも人生についてもがどんどん発展していってしまったの。編集しているうちに、その小さな嘘があることが心地よくなくて、結局全部それを取ってしまって、残したのは映画を理解するために重要な裁判所のシーンを中心にした場面のみ。私は演技をすることは大好きだけど、自分が監督する映画では最小限にしたかった。しかも裁判官でさえ本物の裁判官を起用したほどだったので。

190722-C-SUB1.jpg女優のほか、監督・脚本家としても活躍するナディーン・ラバキーが弁護士役を演じた。

――そのキャスティング・ディレクターが素晴らしい人たちを街なかで見つけてきたわけですが、役柄と彼らの人生がかなり近いだけに、彼らからのアイディアでセリフや現場が変わったことはありますか?

L:確かにこれはとてもコラボレーティブな作業でした。彼らはコミュニティの代表として出演しているような感じで、自身の経験も持ち寄ってくれた。脚本はたくさんの現実からインスパイアされたものだけど、しかも撮影している間、彼らのパーソナリティや経験を脚本に採用したので、それも映画に反映されています。だから時々混乱してしまうし、映画の中で彼らは自分たちの人生についてもしゃべっている。撮影に時間がかかったこともあって、現実と現実に導かれた物語の間にごく薄い線引きがあるくらいの感覚だったんです。

――俳優が役に入りすぎて、感情が高ぶることはありませんでした?

L:過度になることは決してなかったですね。ただ、フィクションが現実になることが少なくなかった。たとえば3日後に撮影があるのに、実生活でヨナス役のボルワティフ・トレジャー・バンコレの両親が逮捕されてしまったこと。映画のシーンでヨナスの母親が牢獄されるのに、フィクションが実際に現実になってしまって、撮影現場でトレジャーはひとりになってしまったから。

190722-D-SUB2.jpg主人公のゼインは、不法移民であるラヒルの住処に滞在させてもらう代わりに、彼女の子どもヨナス(ボルワティフ・トレジャー・バンコレ)の子守りをするようになる。

――混乱しますね。

L:そうなの、フィクションが現実になっていくから。私が思うに、実際、彼らは自分たちのストーリーを話したがっているんだと思います。彼らはこの共同作業の過程において、この作品を完成させることは自分の使命だと感じていて、実生活で問題を抱えながらも、その一方でこの社会問題を伝えたいと思ってやっていました。何が起こったかを見てもらいたがっている、という。そんな中で完成したから、素晴らしいコラボレーションになっています。私はみんなのことを誇りに思っているわ。

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◼️ラストで見せるゼインのあの笑顔には、笑顔以上の意味があります。

――撮影して行く過程で、ラストシーンに託す思いに変化はありましたか?

L:笑。いいえ、ないわ。最初と終わりだけは変わることはなかったけれど、もちろんみんなの人生を背負っている感覚はありました。だからこそ思いは強くなったし、それがあったからこそいいエンディングにもなったし、ゼインとヨナス役のトレジャーの人生も私たちに会ったことでまったく変わってしまった。もちろんそこに罪悪感はあります。だって、彼らの人生はいまも続いているわけだから。

――ラストのゼインの笑顔に込めた意味を教えて下さい。

L:あの笑顔には笑顔以上の意味があります。ゼインという少年が初めてスクリーン越しに観客と目を合わせた瞬間だからです。そこでその目が語っている言のは、「自分はここにいる、存在している。もう無視はしないでほしい」という訴えなの。そして、ここには「僕たちにも希望はあるんだ」という、ゼインという少年がこの先も希望を持って生きていけるんだ、という意味を持たせた終わり方でもあると私は考えています。だから、自分もあのシーンはエモーショナルになってしまいますね。

190722-E.jpg街なかで発掘されたゼイン役のゼイン・アル=ラフィーアに演技指導をするラバキー監督。

――とても印象的でエンディングにふさわしいギフトのような笑顔です。

L:ありがとう。撮影中にハプニングがあったり、撮影の後にハプニングがあったり、でもこの映画の撮影でフィルムは止めることはできなかったし、ゼインの最後の笑顔の後も続いています。というのも、その後も彼らの人生は続いていて、私たちはそれぞれのストーリー(人生)を追っているから。

――そうなんですね、楽しみです。

L:いまゼインは、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)と国連の助けを借りてノルウェーに移り、海の見える家に住みながら学校に通い、読み書きを学んでいてクラスでいちばんだそう。笑顔はいまも続いています。サハルを演じたシドラ・イザームはレバノンで学校に通っていて、彼女も成績優秀で、私のような映画監督になりたいと話しているそうなの。ヨナスを演じたトレジャーは実は女の子で、いまはケニアに戻って、彼女も勉強しているそう。もちろん理想的な環境ではないけれど、少なくとも理想に向けて進んでいて、みんな違う場所にいながら、家族と一緒にそれぞれの人生を生き続けているんです。

【後編へ続く】

*To Be Continued

『存在のない子供たち』

●監督/ナディーン・ラバキー 『キャラメル』
●出演/出演:ナディーン・ラバキー、ゼイン・アル=ラフィーア、ヨルダノス・シフェラウ、ボルワティフ・トレジャー・バンコレ 他
●配給/キノフィルムズ
●125分/アラビア語/PG12
●7月20日(土)よりシネスイッチ銀座、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほか全国公開
http://sonzai-movie.jp/
©2018MoozFilms/©Fares Sokhon

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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