Music Sketch

第62回グラミー賞で注目された、ビリーとリゾを比較。

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2020年の第62回グラミー賞授賞式は、新時代の幕開けとなった。ビリー・アイリッシュが史上最年少18歳で、39年ぶりに主要4部門受賞を含む5冠の快挙を達成。年間最優秀楽曲、最優秀新人、年間最優秀アルバム、年間最優秀レコード、そして最優秀ポップ・ヴォーカル・アルバムを獲得した。ちなみにビリーの兄のフィニアス・オコンネルも最優秀プロデューサー(ノン・クラシック)を含め5部門受賞した。

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写真左から、受賞を喜ぶ ビリー・アイリッシュと兄のフィニアス・オコンネル。photo:Getty Images

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■ノミネート8部門のリゾ、6部門のビリーとリル・ナズ・X。

今回はノミネート数の多さと主要部門の候補に挙がっていることから、8部門のリゾと6部門のビリー・アイリッシュのどちらが数多く受賞するか注目された(リル・ナズ・Xも6部門ノミネート)。授賞式はリズのパフォーマンスからスタートし、最優秀ポップ・パフォーマンス(ソロ)をリゾが受賞、勢いは彼女に傾くかと思ったが、後半はビリーの独壇場だった。リゾは他に最優秀トラディショナルR&Bパフォーマンス、最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバムと、計3部門を受賞した。

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photo:Getty Images

冒頭で、授賞式の当日に墜落事故で亡くなった元NBAロサンゼルス・レイカーズのスーパースター、コービー・ブライアントに追悼の意を込めてから、アフリカン・アメリカンの女性たちを率いて「Cuz I Love You」と「Truth Hurts」で盛大なパフォーマンスを披露したリゾ。

個人的にはノミネートされたどの音楽も魅力的ゆえ、多様な音楽を同じ俎板の上で比較するのは難しい。とはいえ、2019年3月にリリースされたビリーのデビュー・アルバム『WHEN WE ALL FALL ASLEEP, WHERE DO WE GO? (ホエン・ウィ・オール・フォール・アスリープ、ホエア・ドゥ・ウィ・ゴー?)』は全世界17ヵ国で1位となり、いま現在まで世界中で250億回以上ストリームされ、12月に発表された米ビルボード誌の年間アルバム・チャートでは、史上最年少で1位に輝いた実績がある。それゆえ、ビリーがプロデューサーの兄とともにこれだけ受賞したのは当然のように思えた。

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18歳で主要部門を独占したビリー。本名はビリー・アイリッシュ・パイレート・ベアード・オコンネル。photo:Getty Images

今回、あらゆる点で対照的なリゾとビリーについて紹介したい。

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■フルートもラップもロックも好むリゾ。

リゾは1988年生まれ。9歳の時にデトロイトからヒューストンに移り、6年生からフルートを習い、学校のマーチングバンドに参加。また、14歳で最初のラップグループを結成するものの、姉がレディオヘッドやデス・キャブ・フォー・キューティなどが好きだった影響で、ロックにも夢中になった。そのため、リゾは友人からは“too white”と呼ばれていたそうだ。

音楽の奨学金を得てヒューストン大学にまで進むが、父親が病気になり、大学を中退。車中生活を送り、父親の死後は転々と紆余曲折の日々を過ごすことになる。ただ、その間もインディーズバンドでフルートとボーカルを担当するなどして、多い時には12のグループに同時に所属し、多彩な音楽を吸収。そして2011年にミネアポリスに移住すると転機が訪れる。そこで結成したラップトリオ、The Chaliceが2014年にプリンスの目に留まり、彼の曲「Boytrouble」に参加。そこから、ソロ・アーティストとしての目覚ましい活躍が始まる。

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■学校に行かず、ホームスクールで育ったビリー。

いっぽう、ビリーは2001年生まれ。ビリーと兄フィニアスは、両親が俳優やミュージシャンであるロサンゼルス在住の芸能一家に生まれ育った。フィニアスは3歳のクリスマスにドラムキットが欲しいとねだり、11歳からはピアノを独学。ビリーはウクレレを使って4歳の時に最初の曲を書き、6歳でホームスクールのタレントショーでパフォーマンスを行い、8歳でLAの子ども合唱団に参加。シンガーソングライターでもある母親は子供たちにギターで曲作りの基礎を教え、その後はグラミー・ミュージアムでのワークショップなどへ参加させた。子どもたちの才能を伸ばすべく、クリエイティビティを触発するあらゆる経験を与えたという。

兄は俳優として「Glee」の最終シーズンのアリスター役を演じたりしていたものの、ビリーは演技にまったく興味がなかった。学校へ行かずホームスクールで勉学しつつ、バレエを習っていた。13歳の時に先生に振り付けをお願いするために、兄が自分のバンド用に書いていた「Ocean Eyes」をサウンドクラウドにアップしたところ、この曲がバイラルヒットしたことで注目され、デビューへの道が開かれた。

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■リゾはボディ・ポジティビティを提唱する活動家。

あちこちで生活し、いろいろな音楽を吸収してきた社交的なリゾは、歌詞の中にメッセージを注ぎ、アクティビストとしても活動してきた。その内容が“ボディ・ポジティビティ”であり、“セルフ・ラブ”だ。ボディ・ポジティビティでまず思い浮かぶのは、イギリスのバンド、ゴシップのシンガーのベス・ディットーが「身体的特徴を隠すべきではない」と2007年に雑誌の表紙を自らヌードで飾ったり、痩せすぎのモデルの体型に苦言を呈したりしていたこと。

その後、レディー・ガガが「Born This Way」(2011年)で「生まれたままの、ありのままの自分を大切にしよう」と提言し、続いてビヨンセがアルバム『BEYONCÉ』(2013年)のリリース時に「アフリカン・アメリカンの女性らしさを誇りたい」と、髪型や体型を強調したトゥワーク(女性が低くしゃがんだ体勢で、お尻を動かし、音楽に合わせて挑発的に踊る)などのダンスでボディ・ポジティビティを提唱。そしてふっくら体型のリゾは、「自分自身を愛しましょう!」とセルフ・ラブのメッセージとともに自分の身体と肌の色を誇らしげに語り、その説得力からボディ・ポジティビティは万人に向けて一気に広まった。

リゾはフェイスブックで、彼女の姿勢に共感し救われたファンからのメッセージを共有するなどして連帯感を強調。さらに、アルバム『COZ I LOVE YOU(コズ・アイ・ラヴ・ユー)』でブルーノ・マーズが在籍しているレーベルからメジャーデビューしたことで、引き出しの多い彼女の音楽性がより開花し、大衆性を増した。そして、「Truth Hurts」がNetflixのラブコメ映画『サムワン・グレート −輝く人に−』に使われると、一気にチャートイン。フルート片手にラップや歌を披露するチャーミングな人柄からも幅広い人気を得るようになった。

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■生活の中から音楽を構築するビリーは、ティーンの代弁者。

ビリーとフィニアスは自宅のベッドルームだったりツアー中だったり、日常生活そのままの環境で曲作りを行い、囁くような歌い方からも親密感を与える音楽になるよう心がけている。そして兄はインタビューで、「現在の音楽シーンでは新しいことに挑戦していなければ、良い曲に出合ったとしても音楽の発展に努めていない気がする」と語る。ビリーはCDを購入したことがないといい、ほぼYouTubeから曲作りを学び研究してきたというふたりは、「独自のサウンドライブラリから曲を構築している」と説明している。

アルバムのオープニング曲「!!!!!!!」が、アメリカの子どもたちにとってコンプレックスの象徴である歯の矯正機器をビリーが外すところから始まるように、日常から音を構築する姿勢は一貫している。たとえばツアーでオーストラリアのシドニーに滞在中、ビリーは横断歩道の信号音がクールだと感じ、すぐに録音。それを兄が正しいテンポに調整し、「Bad Guy」のコーラスのハイハットのサウンドに使用した。「Bury a Friend」に入る叫び声は、ビリーの声をLittle AltarBoyという機材で変調し、さらにリバーブをかけてから歪めたという。兄は曲作りを建築にたとえているものの、手作り感満載で、まさにそれはアート的だ。

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■共感覚ゆえ、楽曲の視覚化にもこだわるビリー。

ビリーは楽曲の視覚化にも強くこだわり、ミュージックビデオをプロデュースするが、兄妹ともに共感覚の持ち主とあって、音と映像が強烈に視聴者に浸みてくる。他のどの10代のポップシンガーの音楽よりも暗くて奇妙で、ゴスやホラー感、毒づいた感じやパンク的なエッヂが漂う。ホラーやグロテスクなものが苦手な私は当初観づらかったが、ホラー映画を日常に起こり得るだろう恐怖に近いものとして親しんできた彼女たちにとって、違和感のないあたりまえの映像なのだろう。

歌詞には傷つきやすい疎外感や抱えきれない憂鬱さが表出している。10代にしか作れないリアルな心の声や心情が詰まっている。囁くような歌い方で深夜の時間帯にうずくまる同世代の思いを吐露し、いっぽうで「When Party’s Over」のような賛美歌のような声に清められる。誤解を恐れずに言うなら、昨今のマッシュアップ・カルチャー的な手法でロックなマインドはもとより、いまの時代性すべてを詰め込んでいるセンスが素晴らしい。そして、彼女のSNSを見ていると両親と仲良しで、いたって常識的な感覚を持ち合わせていて、そんな姿を見るたびに根っからの表現者であることを痛感する。デイヴ・グロールが彼女のライブを見て、そのファンとの強固な連帯感に「大ブレイクしていた頃のニルヴァーナを思い出す」と語っていたが、まさに時代の寵児なのだ。

グラミーの舞台で、奇を衒わずしっとり「When Party’s Over」を歌い上げるビリー。

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■リゾはミレニアル世代、ビリーはジェネレーションZ世代。

リゾはヒップホップやラップで育ってきたミレニアル世代であり、ビリーはジェネレーションZ世代。同じデジタル・ネイティブとはいえ、後者の方がSNSの扱いに長けている。そして既存のルールに囚われず、目的意識の高さから自分の意見を表明することに熱心、唯一無二の独自のスタイルを追求するのが好きな世代とされている。

ビリーの楽曲もリゾの楽曲もオススメなので、まだ聴いたことのない人はぜひチェックしてみてください。

参考資料:
Cardenas, Cat. “A Love Letter to Lizzo: How the Houston-Raised Musician Made a Name for Herself” TEXAS MONTHLY . 7 Nov. 2019.
Harvey, Steve. “Finneas on Producing Billie Eilish Hit Album in his Bedroom” Prosoundnetwork.com. 28 Jan, 2020.
Eells, Josh. “Billie Eilish and the Triumph of the Weird” Rolling Stone; 1330 (Aug2019) 50,52, 54-55,95.
Moayeri, Lily. “Finneas O’Connell On Fire” Mix; 44, 1, (Jan 2020): 14-17.
Davis, Allison. P. “It’s Just a Matter of Time Till Everybody Loves Lizzo” New York; (Feb 4, 2019).

*To be Continued.

リピート放送!
「第62回グラミー賞授賞式」
3月24日(火)よる10:30「WOWOWライブ」 ※字幕版

グラミー賞授賞式の最新情報は特設サイトへ! 
www.wowow.co.jp/music/grammy/

ビリー・アイリッシュは2020年9月に単独来日公演が決定!
日時:9月2日(水) 開場18時30分 開演19時30分
会場:横浜アリーナ
詳しい情報はコチラ→www.billiejapantour2020.com

 

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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