Music Sketch

やさしく寄り添う歌声、中納良恵のソロ作品『あまい』。

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中納良恵の最新アルバム『あまい』が心地よい。アルバムの曲順そのままにずっと聴いていたい作品だ。さらには初回生産限定盤に付いたDVD映像も素晴らしく、何の説明も不要で、この音楽と映像の世界観にずっと浸って至福の時間を過ごしていたいほど。コロナ禍だからこそ生まれたこのアルバムについて、さっそくインタビューした。

210628-musicsketch-02.jpgEGO-WRAPPIN'(エゴラッピン)のボーカルとしても絶大な人気を誇る。photo:小見山峻

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コロナ禍で自分と向き合い、いま自分にできることを。

――ソロアルバムとしては『窓景』から6年半ぶりです。今回の『あまい』は、「人に寄り添うようなアルバムを作りたい」という思いから制作に入ったそうですね。

中納良恵(以下N):(コロナ禍で)1年間カオスで何もできなくて、でも家にピアノがあって、自分が遊べるおもちゃということで、「自分がやれることってこういうことだな」って思って、曲作りを始めたんです。ピアノを習わせてもらえていたことにも感謝しました。若い時は「(自分の音楽は)別にわかってもらわなくてもいい」みたいな気持ちがどこかにあったんですけど、そういう気持ちがどんどん消えていって、いまは「人のために何かできることをやるのが、人間として理想だな」と、歳を重ねていって思うようになりました。「このアルバムを聴いて、人が安らかな気持ちになればいいな」って、すごく思ったんです。

――なりました! 聴きやすくしようと、意識したことはありますか?

N:そうはいっても、そのために人の気持ちにはなれないから、自分が気持ち良くなれる音とかコードとかをとにかく探って、自分にしかできないことをすごく考えてやった気がします。歌がいちばん強いので、今回は歌の力を重視して、バンド編成もミニマムにして、音数も人もなるべく入れないようにして制作していきました。ピアノもなるべく歌が聞こえるようなピアノの音を探っていって。

 

――喉の調子はどうでした? ライブをやっていないと調子が悪くなったり、ずっと喋らないと声が低くなっていくという説もあったりして。でも今回、とても透明感のある歌声だったので。

N:3年前に声を潰して、そこで初めてボイトレに通うようになったんですね。それで少し力の入れ方を変えたかも、ですね。口の中の筋肉が下がっていっているのがわかるので、どこで声が鳴っているかとか、身体の使い方をもっと見るようになりました。ライブを週一くらいでやっていたから、そこで発散していたものが一気になくなって、やっぱりライブをしないと勘が狂いますね。でも「ちょっと突っ走ってたな」というのに気づけて、休めたこともあったので、この時期は私にとっては良かったと思っています。

――いまの自分の身体に対しても今後の自分に対しても考えるようになったという?

N:そうですね。エゴラッピンの活動がちょっと止まって、森(雅樹)くんも考えることがあったし、私も考えることがあったし、ちょうどだから弾き語りで自分と向き合って心の声を聞くというか、そういう作業がちょうど良かったです。今回の10曲は全部新曲で、2020年の1月くらいから書き出して、集中して作りました。

 

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アルバムタイトルに込めたやさしさや陽だまりのようなものを音楽で。

――曲を書く時はどのような感じで?

N:コードの響きやピアノのリフから作りますね。パン!って弾いた時におもしろいリフが出てきて。「真ん中」や「SA SO U」も、なんかこれいいな、ちょっと歌乗せてみようって感じでしたね。

――反射神経の良さもあると思うんですけど、メロディと言葉が曲にとてもフィットしていて、自然と口を突いて出てきた言葉が多いと感じます。でも、あえてこういう言葉を入れたいという歌もありました?

N:「あなたを」や、「SA SO U」ですね。

――どのへんにこだわりを? 

N:「あなたを」は愛があふれた歌というか、自分に素直になって作りました。私の中では抽象的じゃなく客観的に直球で作って、でも直球のラブソングというか、もっと大きな愛という意味で。歌えば届くかなと思って、ちょっと会えなくなった人に対して想いを綴った曲です。

――管楽器とベースの演奏が、甘さと力強さになっていて。フリューゲルホーンとかとてもいいですよね。

N:いいですよね。前半はベースとドラムだけで持っていくという大人のアレンジ。市原大資(DETERMINATIONS)さんがアレンジしてくれて。皆さん、ここまでは甘いけど、ここからは甘すぎるみたいな、もうちゃんとわかってくれているから、そのへんは私もいろいろ助けてもらったところですね。

――この歌の歌詞に“甘い歌”とあったので、アルバムタイトルはここから付けたのかなと思いました。でも“あまい”はさまざまな解釈ができますよね。

N:“甘い歌”の甘いとアルバムタイトルの『あまい』は一緒ですね。スウィートというだけの甘さじゃないというか、やさしい甘さもあるし。もともと『あまい』と付けたのは、甘い水はホタルやカブトムシが飲みに行ったりする、そういうニュアンスだったんです。ちょっとやさしいというか、とろりとした感じというか、そういう甘いっていう感じで。心地よいという感じだったり、陽だまりみたいなことだったり、このアルバムの甘いというのはちょっと大まかすぎるかもしれないですけど、そういうのも含めての“あまい”。

210628-musicsketch-01.jpgセルフポートレイトのアルバムジャケット。『あまい』(通常盤)トイズファクトリー ¥3,300。DVD「Yoshie Nakano Film Live -sweetrip-」と  「良恵のあま〜いフォトカード」10枚(動画がスマホなどで再生できるQRコード付)が付いた初回生産限定盤¥4,370も同時発売。

――「SA SO U」は耳に残りますね。一番中毒性があると思います。

N:曲がアトラクションになっていますよね。この曲はステイホーム1発目の時にできた曲で、人に会うことがどれだけ貴重やったかということを思い知らされた時だったので、わりと素直に出て来ました。

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折坂悠太とのコラボやガレージバンドの作業も

――「待ち空」での折坂悠太さんのコラボレーションはどのように?

N:お誘いする前提で曲をざっくり作って、一緒にできることになってから歌詞はそこから書きました。折坂さんの歌には、ライブで初めて見た時に「すごいな!」ってビックリして打ちのめされたくらいだったんです。

――「待ち空」は折坂さんの発声がとても伸びやかで部分的にオペラの発声に近いものを感じました。曲によって歌い方がかなり違いますよね。

N:たぶん歌い方を探ってくれたんだと思う。どういう感じで折坂さんの歌が活きてくるかなぁと考えて、(共演を)承諾してくれた時点で、ちょっと委ねてもらおうかなと思って。初めて曲を聴いてもらった時に「イメージできますか?」って聞いたら「できます」って言ってくれたから、あ、大丈夫やって思って。

――おふたりの根底にあるような旅人感というか浮遊感的なものを私は感じました。間奏あたりからが特に好きなんですけど、ギターの感じ、声が飛び交う感じ、ラジオの感じなど、どこからも楽しんでやっている感じが伝わってきました。すごくいいですよね。

N:ありがとうございます。そのへんは折坂さんの提案。私も「ギターは弾いてほしいし、楽曲自体にも何か提案があったら出してほしい」ってお願いしたんで、それもあってラジオとか考えて来てくれた。リハをやって、本番に入って一緒に録った感じですね。

――「ポリフォニー」はオチ的なものまである楽曲ですが、ほぼひとりで作ったのですか?

N:そうですね、ガレージバンド(Appleが開発した音楽制作ソフトウェア/アプリ)で作りました。おもしろかったです。声だけ重ねておいたメロディだけはあって、リズムもイメージだけはあったから、そこから作っていって。

――すごい! 今後どんどんできそうですね。

N:そうなんですよ。半野喜弘さんみたいな曲もできました。

――(笑)。映画音楽もできそうですね。

N:やってみたい!インストやってみたい。でも、エンディングはそりゃ歌いますよ(笑)。

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人に寄り添うような、横に座っているような気持ちで歌っていたい。

――終盤の「真ん中」と「おへそ」の歌詞に、人生観というか、良恵さんらしい思いを強く感じました。

N:「真ん中」は分断社会というか、世の中はどんどん真っぷたつに考え方が分かれていってるなぁと思って。「この人の言っていることもわかる、この人の言っていることもわかる、でも、その真ん中がなくなっているな」と思って、それがちょっと怖くなって作りました。“君は右を 君は左を”というのは、君の右の真ん中、君の左の真ん中と、それぞれあると思うけど、偏っていると他が見えなくなるから。私も偏っているかもしれないし、人それぞれ違うから、相手との違いを受け入れる許容量をもっとみんな持った方がいいなと、自分にも言い聞かせているという。

――「真ん中」の最後の方はカオスを超えて希望へ向かって曲そのものが上昇していくような感じがしました。「同じ穴のムジナ」も社会的な視点が入っているのかなと。こういう歌詞はソロではなかった気がするので。

N:あ〜、そうかもしれないです。自分への戒めも入っているんですけどね。調子よく生きるのは嫌だなというのはあるかもしれないですね。そして、最後に入れた「おへそ」は苦労して来たから母に感謝の気持ちを込めて作った曲です。

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健康のために毎朝土瓶で沸騰させた白湯を飲み、ジムにも通うようにしているという。photo:小見山峻

――本当に曲順もいいですよね。初回盤には風景にも浸れるスペシャルなライブ映像に加え、巣鴨からスリランカ、メキシコまでの写真家としてのフォトカードも同封されていて、そういう意味でも『あまい』はいろいろな可能性が詰まっているアルバムだと思います。

N:良恵のあま〜いフォトカード10枚(笑)。そうですね、音楽をどんどん作りたくなっていますね。寄り添う音楽、横に座っているような気持ちで歌うという。自分が歌うことで誰かの癒しになるのだったら、本望というか、曲作りのモチベーションになるし、人に聴いてもらうために作っているので。私はたぶんこういう人生なんだと(いまあるものを)受け止めて、まだまだ作って生きたいなと思っています。

中納良恵live tour “あまい“
9月1日(水)名古屋市芸術創造センター
9月3日(金)広島クラブクアトロ
9月8日(水)LINE CUBE SHIBUYA
9月14日(火)NHK大阪ホール
9月24日(金)札幌  道新ホール
10月2日(土)福岡 電気ビルみらいホール

中納良恵 公式サイト
https://nakanoyoshie.com

*To Be Continued……

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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