音楽もユニークな『グランド・ブダペスト・ホテル』
Music Sketch
6日に公開されたばかりのウエス・アンダーソン監督の最新作『グランド・ブダペスト・ホテル』、もうご覧になりましたか? 舞台設定やストーリーはもちろん、豪華なキャストにお菓子の国にいるようなオシャレな映像美、そして息もつかせぬほどのテンポ感と、どこをとってもオススメです。
■ アンダーソン自ら、独創的な音楽を研究
これまで"家族"を主題に置くことの多かったウェス・アンダーソンですが、今回はマダムDの遺産相続のために群がる遺族は登場するものの、コンシェルジュのムッシュ・グスタヴ・H(レイフ・ファインズ)や、その名も"ゼロ"という孤児のロビーボーイ(トニー・レヴォロリ)、彼の恋人アガサ(シアーシャ・ローナン)にしても天涯孤独の身を想起させ、おそらく殺し屋のジョプリング(ウィレム・デフォー)も然り。なので、観る側の人生観に情感を重ねることなく、奇想天外で追いつ追われつのサスペンスの世界に、まるで自分もグランド・ブダペスト・ホテルに滞在していた客人の気分で没頭することができます。
この映画の舞台を設定するのにアンダーソン監督とスタッフは、東ヨーロッパを旅して歴史あるホテルを多々取材し、最終的には使われていなかった百貨店をアンダーソン監督特有の色遣いやエッセンスを加味して改装。そうして"グランド・ブダペスト・ホテル"を実在させたわけですが、音楽に関しても時間をかけて独創性に富んだ音楽を研究し、自ら命名した"ズブロウキアン・ミュージック"を完成させています。
音楽もステキなのでCDのブックレットをチェックしてみると、
Music Composed by Alexandre Desplat
Produced by Wes Anderson & Randall Poster
とありました。しかもアンダーソン監督が、「私とランドール・ポスターが発見し、この映画の音楽を作り上げる際にヒントにした音楽の一部を下記に列記しておく。これらの音楽は、いずれも作品に独特の色合いを与えている」と、以下の3組の演奏家たちの名前を記載していたので、その文章とともにYouTubeで見つけたものをごく参考までに貼っておきます。
1.オーゼ・シュッペル・グループの「APPENZELLER ZAURELI」
2. オシポフ国立ロシア民族オーケストラの「BALALAIKA FAVORITES(バラライカの饗宴)」
3. シンバロム奏者、ジアニ・リンカンのすばらしい演奏。
■ 選んだ楽器はどれも個性的!!!
映画のプレスリリースによれば、作曲を依頼されたアレクサンドル・デスプラは従来のオーケストラ用の楽器を一切使わず、バラライカ(三角形の本体に3本の弦を張ったロシア産のマンドリンの一種)やツィンバロン(ピアノの原形で、弦をハンマーで叩いて音を出す打楽器ハンマー・ダルシマーの一種)などを取り入れたそう。彼の言葉を引用すると、「中部ヨーロッパのイメージにするために、モルダビア人のシンバロンからアルペンホルン、ヨーデルや修道士の歌、バラライカまで様々な音を使った」、「魂のこもった、いつまでも耳に残る音を組み合わせ、明るい気持ちから暗い気持ちまで様々な感情を網羅した。キャラクターの過去や将来、心に秘めた思いを表現するために、プロとして一度もやったことのない実験的な音楽を作曲した」とのこと。アルペンホルンとはアルプホルンとも呼ばれ、離れて位置する村と村とのコミュニケーション手段として活躍してきた金管楽器のことです。サウンドトラックでは全32曲中、彼が28曲を手掛けました。
■ 『ムーンライズ・キングダム』の作曲家が担当
話が前後してしまいますが、作曲家のアレクサンドル・デスプラとアンダーソン監督が組むのは『ファンタスティック Mr.FOX』(2009年日本公開:以下同)と『ムーンライズ・キングダム』以来。デスプラはパリ生まれで、フランス映画『真夜中のピアニスト』(2005年)で第55回ベルリン国際映画祭銀熊賞(音楽賞)と第31回セザール音楽賞を受賞。イギリス映画の『真珠の耳飾りの少女』(2003年)で注目された後はハリウッドでも活躍の場が増え、デヴィット・フィンチャー監督『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年)や、『英国王のスピーチ』(2010年)などで6回もアカデミー賞のオリジナル・スコア部門にノミネート。最近では『ニュームーン/トワイライト・サーガ』(2009年)や『ハリー・ポッターと死の秘宝PART1』(2010年)『~PART2』(2011年)、『GODZILLA ゴジラ』(2014年)なども手掛けています。
そして忘れてはならないのは、プロデューサーとして監督の名前の横に並んでいる、ランダル・ポスター。彼はアンダーソン監督作品では『ザ・ロイヤル・テネンバウムズ』(2002年)、『ライフ・アクアティック』(05年)、『ダージリン急行』(08年)、『ムーンライズ・キングダム』(13年)などでお馴染みですが、他にも秀作が多いですよね。
私がランダル・ポスターを知ったきっかけは、ダニー・ボイル監督のハリウッド進出第1作となった『普通じゃない』(1998年/主演:ユアン・マクレガー、キャメロン・ディアス)の音楽監修。彼にとって、その布石になったのは『KIDS』 (1996 年公開)、『I SHOT ANDY WARHOL』(1996年公開)でした。
その後はハーモニー・コリンの初監督作品『GUMMO』(1998年/ジェイコブ・レイノルズ)、『ベルベット・ゴールドマイン』(1998年/ユアン・マクレガー)、『ボーイズ・ドント・クライ』(2000年/ヒラリー・スワンク、クロエ・セヴィニー)と、音楽が気になる毎に彼の名前を発見。その他にも、私の大好きな監督の一人、リチャード・リンクレイター監督の『スクール・オブ・ロック』(2004年/ジャック・ブラック)、ボブ・ディランの人生を6人の俳優が演じ分けたトッド・ヘインズ監督作『アイム・ノット・ゼア』(2008年)、カズオ・イシグロ原作の『わたしを離さないで(Never Let Me Go)』(2010年)、大ヒット作『007 スカイフォール』(2012年)なども、そう。『ハングオーバー』シリーズの3作品も彼が音楽監修を手掛けています。
とにかく書き切れないほど、彼は脳裏に残る映画音楽のスーパーヴァイザーを担当。デヴィッド・フィンチャー監督の『ゾディアック』(2007)のような作品も手掛けていて、私は怖そうな映画はなかなか見ないのでその印象はわかりませんが、上記の作品からおおよそ受ける音楽の印象は心の温かみや陰影、しかもウィットにも溢れていて、スクリーンから受け取る感情をさらに音楽でしっかり包み込んでくれることが多いのです。ランダル・ポスターにアレクサンドル・デスプラとくれば、アンダーソン監督にとって最強といってもいいチームだったと思います。
■ サントラからもたっぷり伝わる映画の魅力
サントラでは、「ムスタファ様/Mr.Moustafa」のモチーフがテンポを落として「戦争(ゼロのテーマ)/The War (Zero's Theme)」となり、さらにゆっくりとなって「三等客室/Third Class Carriage」へと展開。一方、グスタヴとゼロが列車に乗ったドキドキするシーンに流れる「ルッツ行き昼行列車/Daylight Express to Lutz」のモチーフが、「ネベルスバート行き夜行列車/Night Train to Nebelsbad」となり、グレゴリアン・チャントを加えながら「ゲイブルマイスター山頂の歌 /Canto at Gaelmeister's Peak」へと変わっていくあたりは、今、聴き返していると映画のシーンがそのまま浮かんで来るようです。
音楽効果は観ていても随所に感じますが、モチーフの展開がとても巧みで観終わっても印象が失せないのは、そこまでウエス・アンダーソン監督がこだわってプロデュースしたからでしょう。原稿を書いているうちにまた観たくなってしまいました。ぜひ、よりこの映画の面白さや緻密さを満喫するためにも、サントラをチェックしてから映画館に足を運ぶことをオススメします。
『グランド・ブダペスト・ホテル』
監督・脚本:ウェス・アンダーソン
出演:レイフ・ファインズ、トニー・レヴォロリ、F・マーレイ・エイブラハム、マチュー・アマルリック、エイドリアン・ブロディ、ウィレム・デフォー、ジェフ・ゴールドブラム、ハーヴェイ・カイテル、ジュード・ロウ、ビル・マーレイ、エドワード・ノートン、シアーシャ・ローナン、ジェイソン・シュワルツマン、レア・セドゥ、ティルダ・スウィントン、トム・ウィルキンソン、オーウェン・ウィルソンほか
配給:20世紀フォックス映画
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TOHOシネマズ シャンテ、シネマカリテ ほか全国公開中。
http://www.foxmovies.jp/gbh/
*To Be Continued