
おおはた雄一 インタビュー
Music Sketch
4月7日に5枚目のオリジナル・アルバム『光を描く人』を発表したおおはた雄一さんをインタビューしてきました。今回のアルバムは、前作『Music From The Magic Shop』に続くNY録音。ステージで共演するなど親交のあるジェシー・ハリス(ノラ・ジョーンズ、ジュエル、トリスタン・プリティマンとの仕事でも知られるシンガー・ソングライター)とリチャード・ジュリアン(ジェシーやノラと大学時代から友人というシンガー・ソングライター)の2人を前作同様にプロでデューサーに迎え、気心知れた仲間たちと和気藹々とレコーディングし、心地良い音空間にゆったりと漂う作品となりました。
小雨の降る日、インタビューに応じてくれたおおはた雄一さん。
――同じNY制作でも、前作は新たな環境でやることで、いろいろなことにチャレンジしていましたが、今回の『光を描く人』ではとてもリラックスした雰囲気がサウンドからも伝わってきます。音の出し方も絶妙で、お互いの呼吸間でわかり合っているような感じですね。
「前回はファースト・アルバムを作ったような緊張感があったけれど、今回は1日4曲レコーディングするなど時間などが限られていたので、その短期間の中で何をやろうかというプレッシャーはありましたね」
――「決別の旗」「ひとりにしてくれ」「時々、分からなくなる」といった、独り言のような歌詞の曲のほうが、サンバ調だったり、ホーンが入っていたり、サウンドが賑やかにまとまっていたのが興味深かったです。
「『決別の旗』は23歳くらいの時に書いた歌詞だったんですよ。でも、その時は"怒り"を"ただの怒り"としてしか表現できなくて......。今は、社会へ対してだったり、無関心な人たちへのこともあるかもしれないし、理解しようとしない人たちに対してもあるかもしれないし、いろいろな気持ちになることがありますよ......。そして、ジェシーが言ってましたけど、"悲しい時はそういう詞だからこそ、明るいサウンドにする"と」
――歌う際に、サウンドに感情が持っていかれることはなかったですか?
「なかったですね。僕はいつもギターを弾きながら歌うし、ベーシックであるギターとベースとパーカッションのパートを最初に一緒に録ってしまうので、いつものように歌っています。そこからバランスを見て、後からユニークな音を加えていっているし」
――普通のシンガーは最初にバックサウンドを完成させて、歌録りだけ最後にやるケースがとても多いですが、おおはたさんの場合は最初に歌を録音してしまうという?珍しいですね。
「そうです。仮り歌とかないですね。ブースに入って僕がみんなに歌を聴かせて、それからパーカッションのマウロ(・レフォスコ)とベースのティム(・ランツェル)とベーシックを一緒に2回くらい録音して、そこからジェシーが全体の色合いを決めていくので」
――なので、もともとある曲の素朴さというか、音空間が活かされているんですね。
「そうかもしれないですね。僕はギターを弾きながらではないと歌えない、というのがあって(笑)。ヴォーカルは一番の肝ですからね」
――でも、今回、ジェシーが曲を書いた「今ならきっと」はギターを弾いていないですよね。歌いにくかったのではないですか?
「ジェシーが弾いた感じが良かったので、僕は弾かなかったんですが、初めて手持ちぶたさで、座って歌いました(笑)」
NY滞在中は、リチャード・ジュリアンのライヴに飛び入りしたそう。
――前半の華やかさから、インストゥルメンタル曲「Bubbles」を挟んで、ライヴで前から披露していた人気曲「かすかな光」、そしてクラムボンの原田郁子さんのソロ・アルバムに提供していた「波間にて」......と続いていく流れが、とても美しいです。
「嬉しいですね。『Bubbles』は、実は空港で持ってきたギターが行方不明になってしまい、しばらくジェシーの彼女からギターを借りていた時にできた曲。数日後にギターは戻ってきたから良かったんですけどね。『かすかな光』はすごく渋いアレンジになったと思います。『波間にて』は郁子ちゃんのよりクラシカルになっていますね」
――糸井重里さんが作詞した「キリン」は今までにないタイプの曲で、後半のフックになっていると思います。
「自分がすごいと思っている人に歌詞をお願いして、歌詞を先にして曲を作りたかったんですよね。曲のパターンを2つ作って、すごくのんびりした、ホワッとした優しい感じの曲もあったんですが、結局最初に作ったこちらのタイプにしました。A,B,C,D......って、単純に展開が多いんですよね」
――それが吟遊詩人というか、語り口調に聞こえて新鮮でした。歌っている雰囲気に、おおはたさんの人柄が滲み出ているというか。
「みんなは"キリン"という言葉の響きが気に入ったみたいで、スタジオでずっと"キリン、キリン"って言ってましたよ(笑)」
――「バンジョー」もいい曲ですよね。実際にバンジョーも弾いていて。
「ジェシーとマウロの2人組の音楽を聴いていたら、バンジョーとパーカッションだけで(ノラ・ジョーンズに提供した)『ドント・ノー・ホワイ』とかやっていて。両方とも音が伸びない楽器じゃないですか(笑)。音楽がものすごくスカスカで、そこに感動したことがあって、それで作りました。音の多さの感覚って、人それぞれだと思うんですけど、この曲もハモンドオルガンやマリンバが加わって、僕的にはむしろ結構入っているなっていう感じなんですけどね」
――おおはたさんのヴォーカル自体に何もエフェクトをかけていなくて、素のままなのに、これだけ素直に聴こえるということは、音数が少ない、もしくは音空間の作り方に優れているからだと思うんですね。普通、ヴォーカルをサウンドの前面に立たせようとするじゃないですか。
「このトム・シック(ノラ・ジョーンズ、ルーファス・ウェインライト、ライアン・アダムス等)というミキサーはヴォーカルを録るのがすごく上手だと思います。英語で歌うと声が太くなるじゃないですか。日本語で歌うと声が高くなるんですね。完全に音が違う。彼はより英語的音質にしてしまうんじゃないですかね。だからまろやかに録れていると思うんです」
最新アルバム『光を描く人』のアートワークは會本 久美子さんによる、おおはた雄一さんのポートレート。
――アートワークもスケッチですが、このアルバムも特に何かを意図したわけではなく、スケッチしながらサウンドを重ねてできたような作品ですか?
「わりとそうでしたね。全部のデモを聴いてもらって、ジェシーたちが"この曲にはこの楽器を入れよう"というように、音の色合いを決めていきましたから」
――一番最後に収められた「光を描く人」という曲をアルバムタイトルにしたのは?
「僕の中で、今回すごく大事な曲です。やっぱり大好きなソングライターとメロディを一緒に書くというのは初めてだったから。リチャードからメロディーが送られてきたものに、僕がもう1ヴァースを付け加えて返したりして作っていったのですが、"すごくいいぞ~"みたいな感じになって(笑)。歌詞は、リチャードが"フンフンフン~"とメロディを入れてきた時点で、僕は書き始めていました」
――"光を描く"という発想はどこから?
「どこなんですかね(笑)。僕はそういう人になりたいんだと思いますよ」
――「かすかな光」という曲もあるし、"光"というのはおおはたさんにとって何を意味するものなのでしょう?
「人がそこに集まるものじゃないですか?僕はそういうイメージを持っていますね。人が吸い寄せられていくというか。だから、そういう人になりたいなっていうのは、思いますね」
――"歌を歌うこと"も"人が集まること"と同じですからね。
「そうですね」
――そうしたら、そのまま"シンガー・ソングライター=光を描く人"になりますね?
「あぁ、そうですね。そうか、やっとうまくわかりました(笑)」
――自分のことだった、みたいな?
「いや、・・・・・・まぁ、そうですね。やっぱりいろんな解釈に取れるのが好きなんですけどね。"光"って、やっぱり思わずそばに行きたくなるようなイメージかな。昔はそんなことを考えて歌っていなかったんですけどね。わかり合いたいとか、そういうことよりは自分の中だけでやっているような感じがありましたね、ファーストアルバムの頃とか」
――「おだやかな暮らし」(2005年)といった曲を書いた頃から変わってきました?
「そうですね」
――今回のアルバムの音楽世界はギター1本だけでも表現できそうですね。
「そうですね、似たような世界観は出せますね。もちろんバンドが入ったら、もっといいだろうし。『決別の旗』や『かすかな光』のように録音する前からライヴでやっていた曲があるし、これからますますライヴで曲を育てていくような活動になると思います。僕はギター1本だけでいける強みがあるし、録音に凝るとかパッケージで聴かせるといった編集世代の音楽より、ライヴで骨太なところをまずは見せていきたいと思っていますね」
4月22日~7月11日まで全国21ヶ所でツアー中です。
時間帯を問わず、心に優しい空気を吹き込み、ゆったりと安堵感をもたらしてくれるアルバム『光を描く人』は、現在私のへヴィー・ローテーション・アルバムです。休日や、ひと息つきたいティータイムにオススメです。また、おおはた雄一さんは現在、ギター1本で全国行脚する"弾き語り編"と、伊賀航さん(Bass)、北山ゆう子さん(Drums)を迎えた"バンド編"で、《ツアー2010~光を描く人~》を行なっています。ぜひ近所に来た時はライヴを覗いてみて下さいね。http://www.yuichiohata.com/
*to be continued