ねごとの傑作『VISION』までの軌跡、そして初ワンマンツアー(前編)
Music Sketch
ねごとの3枚目のアルバム『VISION』が素晴らしく良い。全13曲、繰り出される曲がどれもアイディアと独創性に溢れていて、ちょっとしたアレンジにも聴き入ってしまうし、想像力を広げる歌詞は心を豊かにしてくれる。彼女たちは2010年にデビューし、現在全員が24歳というガールズバンド。しかし大学生活と両立しながらの音楽活動は、決してラクなものでも華やかなものでもなかった。前編ではここまでの軌跡を楽曲制作の中心になっている沙田瑞紀へのインタビューを交えて紹介し、後編では『VISION』と現在ツアー中であるライヴの魅力も紹介したい。
■ ほぼ初めて作った曲が評価され、審査員特別賞受賞
高校2年生の時に正式に結成されたねごとは、音楽をただ楽しむために、洋楽ではアークティック・モンキーズ、フラテリス、ヤー・ヤー・ヤーズ、クリブス、邦楽ではスーパーカー、ゆらゆら帝国、ナンバーガールなどを演奏していたそう。高校の卒業記念に『閃光ライオット』という10代限定の野外フェスに出場したところ、ほぼ初めて作ったといえるオリジナル曲「ループ」や「インストゥルメンタル」が評価され、審査員特別賞を受賞。この時の曲作りが創作スタイルの原型となったというが、当時は全くプロ志望ではなかったという。ちなみにバンド名は、「3文字で覚えやすいし、夢の中なら何を歌ってもいいからジャンルにこだわらない4人の音楽が作れる」ということから付いたそうだ。
沙田は音楽好きの2人の兄の影響で、多彩な音楽を聴いて育った。楽器をきちんと習ったことはなく、コピーも耳コピだったので、家にあったギターを手にコード進行も理解しないまま、独自の手法で作曲をスタートした。
「『インストゥルメンタル』がきっかけで自分のコード感というか、オリジナリティみたいなものが生まれてきた気がします。ギターを弾きながら自分なりにコードを探すのが凄く好きだったんですよ。そこから響きとして楽しいもの、綺麗なものを選んで、"これに合う曲調って何だろうな"って考えていくという。自分が面白いなというコードから導かれて、ピアノがついたり、リフがついたり。『ループ』も、イントロをベースが入ったらカッコイイと思って、そこからカッコイイものを積み重ねていきました。なだれ込んでくる頭の中のイメージをスタジオでみんなで共有して作る。なので作っている最中は終わりが見えないんですよね」
響きとカッコ良さを重視した透明感あるサウンドで、変拍子や不協和音をものともせずに疾走する、ねごとだけのポップ・ロック。全員大学に進学してから活動を本格化させると、一気に注目された。
■ 自分のイメージを伝えるために宅録を始める
当時、イメージする曲の感じを楽器や口頭でメンバーに説明していた沙田は、「デモトラックがあると伝わりやすいし、スタジオの中でもっと発想が生まれるかもしれない」と、1枚目のアルバム『ex Negoto』を制作する時には宅録に手を付けた。
「私は歌メロを考えるより、ヒップホップみたいにトラック制作の方が好き。"メロディを生むのは歌っている人がいい"と漠然とした思いが自分の中にはあって、自分で全て曲作りが完結してしまうのは、バンドでやっていて楽しくないと思っています。曲に対してアイディアが浮かんだ時は"ここはこういう風に歌ってほしい"とかリクエストをしつつ、でも基本は"自分が持ってきたコードに対してどんなアプローチをしてくれるんだろう"と、凄く(蒼山)幸子に期待しているんです」
とはいえトラックからの曲作りが全ての起点ではない。「week...end」のように「スタジオで曲を作りながら、その場で自分が指揮者のように進行係になって、"ここで間奏を入れたい!"、"ちょっと待って、ここに入れるコードは何がいいだろう"ってその場で考えたりして。ブレイクなど1個ずつ立ち止まって制作した曲もあります」とも話す。この歌はライヴでは、間奏でのインタープレイが特にとても楽しみな曲になっている。
■ 爆弾を投げるような思いでできた「nameless」
デビューしてからというもの学生生活と両立させつつ、夏フェスや学祭を含めた数多のライヴを行なってきた。そしてメンバーのうち3人が卒業を翌年に控えた2012年の夏、最大の試練が訪れる。11月から3曲連続でシングルを発表し、翌2013年2月の卒業目前にセカンドアルバム『5』をリリースすることになったのだ。この年は既に4月と8月にシングルを発表。曲にタイアップが付くことで自ずと売れることが期待され、また昨今のフェスブームが加熱し始め、"ライヴで観客を如何に盛り上げ、踊らせられるか"という課題がバンドの多くに求められていた。時代の流れを意識したのか、私がねごとの曲から"生き急いでいる感"を感じるようになったのもこの頃だ。
沙田はねごとのターニングポイントとして、3曲連続シングルの第1弾となった「nameless」を挙げる。
「どん底に落ちてしまいそうな時の『nameless』。自分の中で怒り狂っている時にできた曲です(笑)。進んで行かなきゃいけないんだけど、自分自身、作る曲もライヴも納得できない時期だったんです。どうすればいいのか、メンバーそれぞれも考えていたし、今思うと、音楽をやっていることとか聴いている時の喜びを感じられないくらい、切羽詰まっていた時期でした」
これは曲調もアレンジもどんどん変わっていく難度の高い曲で、ライヴでも圧倒的なパワーを放つ。ねごとの中で最も感情を全面に出した曲かもしれない。
「爆弾を投げるみたいな思いでできた曲です(笑)。"いろんな曲を作りたいし、いろんな見せ方ができるのに、どういうふうにしたら自分がいいと思えるのを発信できるんだろう、もっと面白いことができるのに"って、もがきにもがいて作った。全然キャッチーじゃないし、シングルとして出していいものなのかも正直わからないけれども、魂みたいな気持ちが凄くあって......」
通常は曲の大部分をトラックで組み立て、スタジオで生演奏に差し替えつつ、それぞれがアレンジのアイディアを出しながら肉付けしていく。しかし、この「nameless」はスタジオでセッションしながら作った部分が多いという。最後に歌のメロディと歌詞を蒼山が乗せた。
「歌詞に関してリクエストすることはないけれど、ただホントにその次に出す『greatwall』じゃないけど、自分たちの中でそういう壁があったから、凄い勢いで突進している感じの言葉というか、きっと彼女の中でも白熱しているというのがわかって。みんなで歯を食いしばって生み出した曲でした、これは」
■ 音楽の楽しさを再確認できた「シンクロマニカ」
一方、「"これから先、希望を持って進んで行く"という気持ちで作ることができた」と、もう一つの分岐点として「シンクロマニカ」を挙げる。『5』からツアーを終え、10ヶ月ぶりのシングルである。
「『nameless』から始まった、ねごと史上過酷な暗黒時代をやっと乗り越えて、この曲を出して、やっと気持ちが開放的になれた。"好きなものを好きって言おう"って思えた。まずは"ただクラップする曲を作りたい"と思い、そこから『シンクロマニカ』というテーマも徐々に浮かび上がってきて。そして、この曲を詰めていく中で、それまではメンバーそれぞれの思っていることを口に出せないような雰囲気があったんですけど、みんなで"音楽って楽しいよね"って再確認した瞬間があったんです」
メンバー全員が学生生活を終え、時間全部を音楽に注ぎ込めるようになった。各自がライヴを見て感動して泣くといった体験や、音楽に触れてインプットを増やす時間も増加した。そんな状況から「今自分たちがやっているもの、もっと誇らしくやっていきたい」という気持ちが出てきたという。
「そもそも自分たちは"作品として面白いものを作りたい"というのがあった気がして。"ねごとを循環させて、風通しのいい状態に自分たちで持っていこうよ"って、ツアーを終えて話して、"わかりやすいものをやりたいわけではない"というのが、一周してわかったんですよね」
続くミニアルバム『"Z"OOM』では、さらに独自の世界に没頭する。どれだけ自分がその曲に対して向き合えるかと、各自が作詞も担当した。
「『"Z"OOM』は、試行錯誤したいという気持ちで作りました。キャッチーとか、わかりやすい曲かとか、統一感とか気にせず、"自分たちの思いつくアイディアや個性を、とにかく詰め込んで形にしようよ"と。そしてこのミニアルバムから"自分たちはもっと自由になれる"というのに気づけて、そこから『VISION』の制作が始まったんです」
*To Be Continued