連載【石井ゆかりの伝言コラム】第9回「冷やし中華」&「くらげ」
石井ゆかりの伝言コラム
第9回「冷やし中華」&「くらげ」
夏だから食べるもの、といえばスイカやそうめん、かき氷など、いくらでも思い浮かびます。なかでも「冷やし中華」は、「はじめました」のチラシを町のラーメン屋さんで見かけると、なんだかウキウキしてきます。
冷やし中華は私の大好きなメニューなのですが、私には実は、小さなハードルがあります。それは、あの、黄色いからし、いわゆる「和がらし」です。
私はなぜか、わさびと黄色いからしが大の苦手です。なぜわざわざ「黄色いからし」と書くかというと、粒マスタードは好物だからなのです。ほかにも、唐辛子やショウガなど、辛いものは基本的に好きなほうなのですが、わさびと黄色いからしだけがどうにも、ダメなのです。
おそらく、あの鼻腔の天上のほうにつんとくる感じが苦手なのだと思います。ちょっと食べただけで、涙がボロボロ出てくるのです。一度、お寿司屋さんで「サビ抜き」と言い忘れて、無理をして食べたところ、カウンターで盛大に涙があふれ出し、慌てた板前さんに「言ってもらわなきゃわからないじゃないですか!」と軽くキレられたことがありました。多分「女の子を泣かした」感じになったのではないかと思います。好き嫌いというよりは、体質的な問題といえるかもしれません。
冷やし中華には「サービスです!」といわんばかりに、皿のフチにこってりと黄色いからしが塗りつけられています。これはもちろん、避けて食べればいいのです。サービス満点のお店では、塗りつけられたからしがスープにくっついてしまい、ちょっと溶け出していることもあります。こうなるとちょっと「ああ!」と焦りますが、それでもまあ、ちょっとだけなら大丈夫なのです。
しかし。
今住んでいる家の近所に、冷やし中華で有名な中華料理屋さんがあるのです。ガイドブックにも載るくらいの「名店」らしく、ワクワクしながら足を運んだのですが、壁に貼られた紹介文を読んで驚きました。
なんと、ここのスープには、あらかじめからしが「溶け込んでいる」というのです……絶妙な配合で、からしが入ったスープが絶品!というのがウリだったのです。
避けられない! 避けられないよ!
というわけで泣く泣く諦め、なぜか餃子をたくさん食べたのでした。
そんなこんなで、和からしはどうにも、体質的にダメなのですが、食べものには「食わず嫌い」というものもあります。
おそらく、「黄色いからし」からの連想だろうと思うのですが、私は幼いころ、ウニが苦手でした。見た目が何となく、似ています。
ウニは高い食べものですので、大人も無理に食べさせようとはしなかったのだと思います。ゆえに、小学校の高学年くらいまで「ウニはイヤだ」と思っていました。ウニ丼など食べる人の気が知れないと思っていました。
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そんなウニ嫌いを変えてくれたのが、ある夏の日の出来事でした。
その日、私は親族に連れられ、海水浴に出かけました。
浅い海で楽しく遊んでいたのですが、突然、顔に違和感が生じました。ぴりぴりするような、痛いような、かゆいような、独特の感覚が顔全体を覆ったのです。海の水で何度も顔を洗っても、どんどんひどくなるばかり。泣きながら大人たちの所へ戻って説明すると、「くらげに刺されたのではないか」と言われました。
なるほど、くらげに刺されるとしびれる、と聞いたことがあります。
しばらく放っておけば治るよ、とか、冷やしてみればどうか、など、慰められましたが、とにかく、浜辺でしばらくじっとしているよりほか、なくなりました。私が荷物番になったのを幸い、大人たちは海に遊びに行ってしまいました(!)。
独りぼっちになった私は、ぴりぴりする顔の痛みに耐えつつ、ぼんやりと体育座りで海を眺めていました。虚しいような、寂しいような、ツライ気持ちでした。
すると、そこに普段あまり話すことのない叔父が、ふらりと近寄ってきました。そして
「これ、食べてみな、おいしいよ」
と手渡してくれたのは、ぱかっとふたつに割った、ウニでした。
「そこで採ってきた」
と言うのです。
この叔父は料理人で、おいしいものをよく知っている、と、親族中から信頼されていました。
私は、ウニは苦手だったのですが、この叔父が言うならばしかたない、という気持ちで、おそるおそる、指ですくって食べてみました。
すると……ウマイ!
こんなウマイものだったのか、ウニ!
知らなかったよ!!
口の中が、真夏のパラダイスや!!!!
となりました。
あれは多分、密漁だったと思うのですが(叔父はすでに故人で、30年以上も昔のハナシです。良い子の皆さんはマネしないでね!)、この時私は生まれて初めて、ウニのおいしさを知ったのでした。
しかし、その後ウニを食べるたびに、くらげの思い出もセットで甦るのでした。
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Illustration : SHOGO SEKINE