転職と天職

アナイス、グラフィックデザインから子どものお菓子作りへ。

特集

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シェ・ボガトの創設者Anaïs Olmer(アナイス・オルメール)。2009年に最初のブティックを14区に開いた。photo:Mariko Omura

2009年、パリの14区に子どものためのパティスリーを提案するコンセプトストア「Chez Bogato(シェ・ボガト)」がオープンした。お誕生日会を成功させるパティスリーを求めるパリジェンヌ・ママたちの間で、すぐさま店名が口コミで広まって……。9月末、マレ地区のポンピドゥー・センター近くにシェ・ボガトの第2号店ができたところだ。まずはカラフルで気分が浮き立つ店内をご覧にいれよう。子どもだけでなく、大人も顔がほころぶワンダーランド。創業者のアナイス・オルメールは、以前は広告代理店で活躍するグラフィックデザイナーだったというのが、うなずける。

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ポンピドゥー・センターの近くに、9月にオープンした第2号店(5, rue Saint-Merri 75004 Paris)。

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ショーケースにおいしそうに並ぶシェ・ボガトのお菓子は創業以来、いっさい添加物は使わず。パティスリーの装飾にはアーモンドペーストを使用。photos:Mariko Omura

「グラフィックデザイナー時代は、フリーランスの時もあれば会社員のこともあって、合計で約8年くらいかしら。この仕事を目指して学び、それを生かせる仕事として広告を選びました。私はチームの仕事も好きだし、アイデアをいろいろ考えることが好きなので、その点では広告は私に向いていましたね。でもアイデアから形になるまでの時間が6カ月とか長くて……私向きではないリズムの仕事をこなすいっぽうで、徐々に料理やパティスリーへの興味が大きくなってゆき、これが私の進みたい方向かしら?って思い始めたの。私、もともと食いしん坊なんです」

試してみよう。こう思い立ったアナイスは仕事を続けつつ、1週間のヴァカンスを活用してレストランで見習い体験を。1人目の子どもがお腹にいる時だった。レストランの仕事はスピーディなので、このリズムは彼女の気に入るものだったけど……。

「最初の2日はレストランの休み時間にシエスタをしなかったんです。3日目はもう立っていることすら難しくなって。たとえ妊婦でなくても、疲れる仕事ですね。それに料理を作るのは好きだけど、いったい何を自分は料理にもたらすことができるのかしら、って疑問もあって」

当時彼女が働いていたのはフランスでも屈指の広告代理店だった。しかし広告の仕事をずっと続けて、キャリアを築こうという気持ちはまったくなく、自分の人生で本当にしたいことを探していた。

「ではパティスリーは?と。たとえ早起きしなくても子どものいる生活とリズムも合う……このようにしてシェ・ボガトのアイデアが生まれたの。子どものためのパティスリー、当時パリにはまったく存在していませんでした。これを思いついた時に、パティスリーを作りたいという意欲を満たし、自分自身でも楽しめるし、それにこれなら何か新しいことをもたらすことができる!と。子どものためのパティスリーには既存のコードがなく、私に自由があります。パティスリーにユーモアとクリエイティビティ……開拓の余地のある分野だったのです」

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過去に存在しなかった、アナイスのアイデアによるカラフルでおいしそうなスイーツ。

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女性で、30歳で、高学歴のパティシエ??

誰もが10代で始める製菓の世界。すでに30歳のアナイスが彼らよりうまくできるわけない。しかしグラフィックデザインの才能という強みが彼女にはある。会社から研修のための有給休暇をとりつけて、パティシエのCAP(国が認める職業適正証)取得を目指して1年学ぶことにした。今度はお腹の中に2人目の子どもが! ちなみにこの子もママに劣らず食いしん坊さんらしい。

「リンゴのタルト、シュー・ア・ラ・クレーム、サントノーレといった極めて伝統的な菓子作りとテクニックを学びました。養成プログラムはきっと長年変わってないのでしょうね。プログラムの一環である外部研修はセバスチャン・ゴダールのところで。彼がデパートのボン・マルシェでDélica Barをやっていた時代ですね。彼に研修のお願いに行った時に言われたことは、よく覚えているわ。“あなたはパティスリーの世界ではUFOだ。女性、30歳、高学歴と、すべてがこの世界の正反対。こうしたことを忘れて、皆とやってゆけるなら研修を許可しましょう”って」

その後、無事にCAPを取得。ゴダールのところで研修する以前からシェ・ボガトのアイデアは固まっていたので、学校では先生たちにも多くの質問をし……その実現のためには誰かパティシエの下で働くのではなく、自分ひとりで進めなければ、と確信したそうだ。

「そうじゃなければ型で作ったお菓子のまわりにクリームを塗って、といった従来のものとなってしまう。私がしたいのは別なこと。それで難しいことは承知で、自分の会社を設立することにしたの。4〜5年後には、ああ有名なパティシエのところで修業しておけば、彼らがどう仕事するかが見られたのになぁ、って思ったけど、こうして自分で始めたのはよいチョイスでした。2009年の創業から時間はあっという間に流れ……大変な仕事だけど、分かち合うという喜びがあって。私は一緒に働いているスタッフが大好き。彼女たちを信頼しています……シェ・ボガトって女性だけのチームなんですよ。でも、それは私が決めたことではなく男性の志願者がないからなの。私が女性で、そしてパティスリー修業をしてないせいでしょうかね。それに店の内装ゆえということも……。女性たちは快適な仕事環境を求めて、シェ・ボガトに来ます。シェフが一日中怒鳴ってる、といった料理やパティスリーの世界にありがちなことはここでは起きません。店に買い物に来る人たちにこれまでと異なるパティスリーを提案するように、働き方もクラシックなパティスリーの世界とは異なるのです」

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シェ・ボガトで有名なのは特注パティスリー。一点ずつがオリジナルで、アナイスのグラフィックデザイナーとしてのセンスが光る。

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スタッフは全員が女性だ。

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開店前からよい手ごたえ!

「うまく行く! こう感じられたのは、開店するより前のことなのよ。まだ開店場所が見つけられず、自宅で働いていた時代です。子ども服のセールスフェアとして世界的に有名なPlaytimeをオーガナイズする人を知ってる友人から、“今度は食いしん坊がテーマよ。参加登録は終わったけど、試してみたら”って。当時私が見せられるのは3〜4種のビスケットだけ。それを写真に撮ってオーガナイザーに見せたら、スタンドを提供してもらえたんです。それで慌てて会社を設立し、ロゴを作り、名刺を用意して……と1カ月くらいで準備しました。開催期間中、スタンドには巨大なデコレーション・パネトーネを置いて、ビスケットの袋入りを販売。ジャーナリストが何人もスタンドを訪れてくれて、ヴォーグ誌にも小さいけれど記事が掲載されました」

こうしてシェ・ボガトの名前は知られ始めたのだ。その時の、猫や王冠を描いたクッキーはいまも人気の商品である。その後、活気のある場所がいいからとパリ右岸で物件を探していたアナイスだが、左岸の14区の静かな住宅街にブティックを開いた。子どものためのコンセプトストアが彼女のアイデアで、エプロンや誕生日会のための小物などいろいろ取り揃えて。

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メッセージのクッキー、イラストがチャーミングなクッキー……こうした人気商品は子どものみならず、大人にも人気だ。

「店探しをしているある日、帰宅途中に見つけたんです。ここなら自宅の近くなので通勤の往復に時間がかからない、それに14区の細道で人通りも少ない場所だけど、私が住んで気に入ってる界隈なのだから、ほかにもそういう人がいるはずだわ、って決めました。会社を設立して、シェ・ボガトに時間をとられる私を、子どもたちの父親はしっかりとサポートしてくれましたね。彼はカメラマンでキャリアの出発点だったので彼にとってもそう簡単な時期ではなかったけれど……。買い物や子どもの世話といった日常生活におけるテクニック面で助けてくれました。とてもこれは大切なことです。当時あまりわかってなかったけれど、一緒に暮らす人が支援してくれなければ、こんな冒険を始めるのは不可能なこと。会社を作った時に父から“彼も了承してるのか?”って聞かれ、なんという性差別的質問!って思ったのだけど、父が知りたかったのは彼が私を助けるつもりがあるかどうか、ということだったのですね」

ママがお菓子屋さんというので、子どもたちは大満足。それに自宅の近所なので放課後にママに会いに来ることもできる。何よりも会社員と違って職人仕事だと、親が何をしているのかが子どもたちの目にも明快なのがいいと語る。

「シェ・ボガトを始めて以来、何も後悔はありません。この選択をしてなかったら、今日の私の人生はまったく違っていましたね。私の転職を知ると、誰もが“なんて勇気があるの”、“ちょっとクレイジーね”というような反応で……。開店当時、“私もパティスリーをやりたいと思ってるのだけど”というように、大勢が私の転職について質問をしに来ました。私はとても満足してるし、一緒に仕事してる人々も好きだけど、とても大変な仕事なので誰にも勧めません。リスクも多いし……。幸いシェ・ボガトでは数字はずっと右肩上がり。でも店を広げたり、道具を購入したり、スタッフを増やして、という繰り返しが永遠に続くのです。収入は広告代理店時代に比べると減っていますけれど、私は自分がしたいことがクリアに見えていて、それを実現するために転職したので満足感があります。前の仕事に戻りたいとはまったく思わない。気楽というのではないけれど、私は恐れがありません。もしうまくいかなかったら?というように考えて前進せずにいたら、何もできないでしょ」

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オリジナリティあふれ、フレッシュなシェ・ボガトのパティスリー。子どもから大人までパーティには欠かせない。

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子どもが成長するように、シェ・ボガトも大人に。

「14区の店が子どものためなら、2つ目の店は成長して、青少年・大人の店にと考えました。同じことをするのはおもしろみが感じられないので、興味がありません。もともと子どものためのお菓子といってもオーダーするのは大人だし、お菓子を前にすれば大人も子どもですし……分けるのはあまり意味がないですね。2軒目が完成して、とっても満足しています」

人通りのある場所にブティックと製造工房が一緒の場所を!と願う彼女が5年前に見つけた理想の物件は、建築家とも話を進めるところまでいったものの、持ち主の約束反故により諦めたという苦い経験をした。新しく開いたマレ店の隣に空き物件があるので、そこを製造工房にできたら……と、いま、その5年前の夢の実現に近づいているのだ。ちなみに、14区に最初に開いた店も手狭になったところで、偶然隣の場所が空いたのでブティックを拡張することができたという。

「新しい店の工事を始めたのは新型コロナウイルスによる外出制限期間以前。やっと9月末に開店できました。この難しい時期を乗り越えられたのは、好きなことを仕事にしているゆえですね。私の原動力は金儲けではなく、クリエイティビティ。作りたいものを作っている、というこの自由が大好きです」

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この10年間の大きな進化は、パティスリーの材料のチョイスが増えたことだという。クオリティも選べ、産地も選べて、さらにバリエーションも増えて。たとえばこのレモンケーキ(各3.90ユーロ)にはポレンタ(トウモロコシの粗粉)が使われている。

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製菓に花を使いたいという声が多い時代。花屋Fleurivoreの食べられる花のブーケを店で販売している。

2軒目の内装は クロエ・ネーグルにお願いした。パリではオテル・ビアンヴニュやメゾン・ラビッシュの内装を手がけている室内建築家だ。インテリアについてはアナイス自身にもアイデアがあり、ふたりはおおいに意見を交わしたそうだ。

「この職業の人には珍しく、彼女はクライアントの相談に耳を貸せる広い度量の持ち主。店の色はシェ・ボガトのコードカラーですけど、スツールとかに彼女らしさが感じられますね。仕事面だけに限らず、彼女とは気が合うんです」

アナイスの子ども時代の夢の職業はパン屋さんだった。小学校の隣で頭にシニョンを載せたマダムが経営している小さなパン屋さんがあり、食いしん坊のアナイスはお小遣いが入ると……。

「でも、子ども時代はお菓子を作りたいとは思わなかった。母は本当に料理上手で、父はイラストが得意。私を含め3人の子どもの誕生日ごとに、母が素晴らしいケーキを焼いてくれました。その上には父が作った動物小屋やスキーのゲレンデなどが載っている、という……おいしくって、美しいお菓子を両親が愛を込めてふたりで作ってくれていたの」

幸福が凝縮されたパティスリーを味わって育ったアナイス。誕生日、結婚といった人生の大切な瞬間を彩るパティスリーをいま職業にしていることがとてもうれしいと語る裏には、こんな子ども時代の体験があったのだ。

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人生の大切な瞬間を愛する人たちと分かち合うパティスリー。左:「Chateau Rouge」86ユーロ〜 右:「Nude Cake de Saison」69ユーロ〜

「シェ・ボガトの名前は、まずbeau gâteau(素敵なお菓子)を子どもが書くようにbogatoとごくシンプルに。その前にChez(シェ)とつけたのは、私にとってとても意味があるのです。シェというと誰かのところに行く、という快適で和気藹々とした雰囲気が込められます。パティスリーって、私にとっては何よりもそれなんです。たとえリンゴのタルトだってそれを分け合うというのは、好きな人たちと過ごす時間であり、楽しい瞬間です。14区のブティックに行く道の途中の壁に、大きなハートの中に“シェ・ボガト、大好き!”と子どもの字で書かれていたことがありました。それを見た時は瞳が潤んでしまいましたね」

 

Chez Bogato
7, rue Liancourt 75014 Paris
5, rue Saint-Merri, 75004 Paris
Instagram : @chezbogato
www.chezbogato.fr

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réalisation : MARIKO OMURA

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