転職と天職
美しい図版ポスターを現代に蘇らせた、イザベルの起業。
特集
自分に正直に、好きなことで新しい道を切り拓いて転職した人たちの物語。実行力あふれる彼女たちの話に耳を傾けてみよう。
無駄な時間を過ごすより前進したい。
美しい図版ポスターから、起業の閃きを得た。
Isabelle Diacono
イザベル・ディアコノ
@lesjoliesplanches
www.lesjoliesplanches.com
1999 パリにて大学院修了。
マルチサービス通信事業社に入社
2004〜2011 ロンドンに移住し、働く
2016 医学書専門の出版社を退社
2017 レ・ジョリ・プランシュ設立
イザベルが図版ポスターを製作販売する会社、レ・ジョリ・プランシュを起業したのは、自分の子どもたちにフランスの歴史を学ばせようとした際、彼女の幼少時代にあった歴史年表と人物が混じり合ったポスターがもはや存在しないと知ったことがきっかけだ。「あ、するべきことがある」と。当時、医学書分野において400年の歴史がある出版社で重役だった彼女。出版物のデジタル化、医師のためのアルゴリズムの解析などを担っていたイザベルは、成果は上げたものの、古参のアナログ派社員たちの無理解に悩まされ、変化を求めていた時期だった。
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デジタルより人の手の温もりを。
学生時代、通信事業社で研修した時に、イザベルは携帯電話が未来にもたらすデジタルの可能性にすっかり魅了された。その分野で働く若い世代のエネルギー、情熱にもおおいに惹かれた。大学院で専攻したのは財政学だったが、研修した会社で電話のアプリケーションなどの開発に携わる職に就き、キャリアを築いていく。夫の転勤先のロンドンでは、テクノロジーを健康管理に結びつける職に従事。そしてパリに戻り、5年働いたところで冒頭の状況が訪れるのだ。
「人間的な要素で会社を前進させることができない、時間を無駄にしているというフラストレーション 。会社のために自分の価値観を害したくない、と思い始め……いまが行動の時!と起業を決心しました」
情報を美しさと結びつけた図版ポスターの製作販売を1年がかりで着々と準備した。芸術作品を専門にする印刷所を見つけ、長持ちするように紙ではなくコットン生地のトワルにプリントして、と。サイトの立ち上げは、前職ゆえにお手の物。商品の第1号は、もちろんフランスの歴史年表のポスターだ。
「かつて企業の幹部だった私が、倉庫で発送のための梱包に奮闘して……。でも、会社を辞めたことは後悔していません。もっと早ければ、と思ったくらい。それまでチーム仕事で意見交換に慣れていたのが、突然ひとりで判断する立場になって戸惑いもあり、始めたては収入もないし、うまくいくか不安で最初の2年はよく眠れませんでした。起業には真の勇気が必要ですね。デジタルの革新に携わったので、短いサイクルの仕事に慣れています。ダメなら次へ、と思ってスタートしました」
2年目、サロンに初出店。バイヤーたちからの直接の反応は彼女を興奮させ、さらにこの時フランス国立図書館の提携部門代表者からコラボレーションを提案された。図書館所蔵の図版が自由に使えるようになり、商品のバリエーションが豊富に。この成功ゆえ、RMN(国立美術館連合)からも提携の申し出があり、所蔵品から無名作家による肖像画を選び出した彼女は新しいシリーズをスタートしたところだ。
「会社員時代、子どもたちは私がどんな仕事をしているのかよくわかっていなかった。いまは自宅がオフィスなので、彼らはレ・ジョリ・プランシュの創立から発展を間近に見ています。これは素晴らしいことですね」
*「フィガロジャポン」2021年5月号より抜粋
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photos : MOHAMED KHALIL, réalisation : MARIKO OMURA