イザベル・シアラヴォラの新しい人生。

パリとバレエとオペラ座と。

2014年2月、イザベル・シアラヴォラはアデュー公演を行い、惜しまれてオペラ座を後に。拍手が鳴り止まず、40分以上も続いただろうか。彼女が『オネーギン』のタチアナ役でエトワールに任命されたのは38歳と、いささか遅すぎた感があった。その後42歳の定年までの4年間彼女は思いっきり舞台をエンジョイし、この晩、思い残すことなく美しく去って行ったのだ。

定年後、ダンサーたちの進む道はさまざま。ダンサーのキャリアの後期にダンス指導に対する情熱を見出した彼女は、現在はそれを職業としている。「ステージを恋しく思うこともなければ、オペラ座時代へのノスタルジーもないわ。ページをめくって、今は別のことをしているのだから」と語るイザベルの口調はあっさりとしている。これはオペラ座時代と変わらず!

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引退後、ロングヘアーをばっさりとカットしたイザベル。その美貌と美脚は変わらない。

 

「芸術的分野にいるのは今の仕事でも同じなので、途方に暮れてしまうことがないの。でも人生は完全に変化したといっていいわ。もう踊らない! と決めたので、身体の疲労もないし、怪我することへの不安がなくなった。でもその代わりとても頭を使うことになったので、最初はすごく疲れたのよ。生徒に何かをしてみせる時、言葉で説明をする必要があるでしょ。ダンサーのキャリアにおいて言葉ではなく身体に語らせてきたのだから、それまでとは異なる疲労に見舞われてしまったの。言葉を探すし、ピアノより大きな声を出さないと生徒の耳には届かないし、おまけに顎も疲れるし......。そして指導中、音楽性なのか正確さなのかなど指摘する問題点は生徒によって異なるのだから、私は常に脳を働かせなければならない。疲れるわ。でも、何よりも生徒が進歩してゆくのを見ることに、満足感が得られるの。それがこの仕事の面白さね」

35~6歳の頃に初めて講習会を頼まれたとき、「教えることって好きになれるかしら。興味が持てるかしら」と思いながら挑戦してみたそうだ。エトワールだった当時はダンスの先生をすることにどことなく格下げのイメージがあり、何もオペラ座のエトワールがすることでもなかろうと思っていた、と正直に語る彼女に、現在の仕事に満足していることが読み取れる。

「引退後のダンサーって、さあ、これから何をしようか? 何ができるか? という時期があったりして、誰もがすぐに新しい道を見つけられるとは限らないのよ。私はダンサー時代エトワールになるまでが長くて、すごく幸運だったとはいえない。だけど引退するや、すぐに道が開けたというか、途切れることなく道が続いていったという感じで......。やる気をかき立てられる仕事に出会えたのね。1年くらい次の仕事を探し続けていたエトワールもいるのよね。提案があっても、自分のしたいことでなければ難しいでしょう。ダンサー時代は毎日スケジュールがオペラ座によってがっちりと固められていたのに、突然何の予定もない日々が続き、それに誰ももう自分に興味をもってないんだという状況に陥ってしまう。こうした不活発な時期があると、舞台が恋しい! ダンスが恋しい! となるのでしょうね」

現在のメインの仕事はCNSMDP(パリ国立高等音楽・舞踊学校)。定年退職した教師の後継者を学校が探していることが、アデュー公演を終えたばかりの彼女の耳に届いたのだ。志願締め切りの2週間前のことだった。コルシカ出身の彼女はオペラ座のバレエ学校に入る前にCNSMDPで学び、良い思い出がある。だから、ここで仕事をするのは夢だったのだ。試験の持ち時間は1時間15分。その直前にたくさんあった講習会が良いトレーニングの場となったそうで、見事にポストを獲得することができた。

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CNSMDPで最初の年に受け持ったのは、最年少の男子のクラス。今年は、4年目の女子のクラスを月曜から木曜まで毎日指導している。プロを目指す生徒たちが相手なので、楽しむために教室にいるのではないことを分からせるため、最初は大変厳しく指導したそうだ。6月25日に終了証書に挑戦する彼女たち。昨年の秋からの進歩が顕著なので、イザベルはとても満足している。4月に行われた学校のデモンストレーションでは、過去にはなかったことだがちょっとした舞台公演を彼女は試みてみたという。

「私は振付家ではないけれど、照明も考えて30分ほどのミニ公演を構成してみたのよ。生徒は4人なのだけど、何のために私が彼女たちを育てているかといったら、それは舞台のためでしょう。だから、どのように位置し、どのように並ぶのかということもこうやって教えられたし、4名がちゃんと揃って踊れるように、とにかく猛稽古したのよ。どこかに入団できたとしても、最初はコールドバレエからなのだから、知っておいていいことばかり。他の人がダンサーのキャリアで幸せになれるのを助けたいから、私は自分が経験したことを最大限生徒たちに伝えるようにしてるの」

ミニ公演はシューベルトの『白鳥の歌』を使い、ネオ・クラシックのポエティックな振り付けからスタートした。2つめはガーシュインの曲に合わせたアメリカン・スタイル。これは女性的で弾けるような動きだ。ついでチャイコフスキーの『眠れる森の美女』の薔薇のアダージュで知られた曲で、超クラシックな振り付けを。最後はリムスキー・コルサコフの『熊蜂の飛行』を選び、とにかくスピーディに! 作品ごとに照明も変えただけでなく、コスチュームにも拘りをみせたのがイザベルらしい。ステージで生徒たちが美しくあるようにと、自身が4演目のためにデザインをし、彼女が仕事をしているダンスウエアのブランドBallet Rosaに特別製作してもらったという。

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4月に開催されたCNSMDP(パリ国立高等音楽・舞踊学校)のデモンストレーション。イザベルが受け持つ4名の生徒たちのミニ公演より。逆光でシルエットからスタートする照明なども、彼女が考えた。photos:D.R.

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「学校のない週末や長期休暇中は、講習会であちこちに行くの。これによって旅もできるし、出会いがあり、それに繰り返し行く場所では良い人間関係が築けるのでうれしいわ。オペラ座時代は閉ざされた世界だったけど、今はとても世界が開けていると感じられる」

今夏、イザベルはIIBCが開催する講習会のため来日する。8月6日から9日までの4日間がバレエ・スタジオでのマスタークラスで、5日めの8月10日は劇場で成果を披露するパフォーマンスというコースだ。IIBC での3度めの来日となるイザベル。最終日にパフォーマンスというアイデアは前回に実行し、大変好評だったという。今回も生徒たちは、きれいに化粧をし、衣装とティアラをつけて舞台上でパフォーマンスをする。Ballet RosaとImparesseをスポンサーにつけ、講習会の参加者に必要以上の負担がかからないような配慮もイザベルは忘れない。バレエの研修が日本では利潤追求の一種のビジネスとなっていることに、彼女は心を痛めているのだ。この夏は毎日9時間の指導が4日あり、さらにパフォーマンスのためのリハーサルも前日のワークショップの後であるゆえ、かなりハードなスケジュールになりそう! と言うものの、来日を心待ちにしている。

「生徒を選ばず、皆にオープンしている講習会よ。というのも、私が期待しているのは生徒の進歩だから。この頃の日本の女の子たちは、身体的にとても変化してると思うの。きれいだし、脚もすんなり長くなって......。だから、以前に比べてフランスのバレエ学校に来るのに問題がなくなったといえる。今、ちょうどオペラ座のバレエ学校の入学試験期間中で、私の日本での生徒がひとり受験してるところなの。来年のコンセルヴァトワールの受験に向けて、今日本で頑張っている生徒もいるのよ。そのために彼女はフランス語も学んでいて......上達してるので、うれしいわ。可能性のある生徒を、私は励ますようにしてるの」

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CNSMDPにて。生徒が進歩するのを見ることが、イザベルの何よりの喜びだ。photos:D.R.

Ballet Rosa での彼女のデザインによるダンスウエアは、コレクションを2年に一度発表し、翌年にデザインは同じで色数を増やすというリズムだ。もうじき、第2回目のコレクションが発表される。アメリカ、日本などでは販売される店数も増え、また最近はロシアのバレエショップからもリクエストがある......と、売り上げも好調。この仕事も忙しそうだが、楽しんでいる様子だ。アデュー公演後、1年くらいは舞台にたっていたが、今はストレッチをする程度で、踊る予定はまったくないという。ジュネーヴで昨年開催されたエルヴェ・モローとジョルジュ・ヴィラドムスによるガラ『Luza di Luna』が最後となった。

「10年後のことはわからないから、もう二度と舞台にたたない! とはいわないけれど、今の暮らしにとても満足しているのよ。今は舞台とは異なる義務があるの。私を信頼し、私の言うことを理解して、身につける生徒たちがいる。生徒の進歩こそが、彼女たちから私に贈られる最高の贈りものだわ。私は自分が踊ったバレエのビデオも持ってるし、それに舞台での素晴らしい時間は私自身が感じたこと。今でもこの胸にしっかりと刻まれているわ!」

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左:Ballet Rosa par Isabelle Ciarvolaのコレクション。デザインしている本人が愛するフェミニンなタッチが生きたこれまでにないバレエ・ウエアである。最近、こうした写真もセルフタイマーを使って、自身で撮影している。右:今夏、IIBCの講習会で来日する。

 

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2016年8月6日(土)~10日(水)全5日間
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