オペラ座での活躍が続くオニール八菜、7月は東京で踊る。

パリとバレエとオペラ座と。

2013年にオペラ座の正式団員となり、コンクールの結果コリフェ、スジェ、プルミエール・ダンスーズとオペラ座のピラミッドを着々とあがっていったオニール八菜。7月26日から東京で開催される公演「オペラ座&ロイヤル 夢の共演 〈バレエ・スプリーム〉」に、彼女はオレリー・デュポン芸術監督による厳選7名のダンサーのひとりとして参加する。Aプロ、Bプロともに彼女のパートナーは、3月のオペラ座来日公演時にエトワールに任命されたユーゴ・マルシャンだ。

時期は神のみぞ知る、ではあるが、いずれエトワールに任命されるダンサーであると彼女は高く評価されている。ニュージーランド人の父と日本人の母との間、東京に生まれた彼女が、バレエを習い始めたのは東京。和菓子が大好物で、八菜・オニールよりオニール八菜と呼ばれるほうが自然に聞こえるという日本的感覚の持ちである。そんな彼女がオペラ座のエトワールという地位を得たら、“快挙!”と日本ではさぞや大騒ぎになるのではないだろうか。いかにダンサーとして優れているかはプルミエール・ダンスーズというタイトルが証明していることなので、ここでは舞台からは知ることのできない素顔の彼女を、雑談も交えて紹介しよう。

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オニール八菜。オペラ座バレエ団の公式ポートレートより。photo:Julien Benhamou/ opéra national de Paris

憧れのパリ・オペラ座バレエ団。

1993年1月8日生まれ。名前の“菜”の字は最初から名前に含められることが決まっていたそうで、8日生まれ、ということから八菜と名付けられた。幼くしてバレエを習い始めた彼女は、漠然とだが“オペラ座のバレリーナ”を夢見るようになった。
「日本でバレエ、といったら、すぐにオペラ座!! ってなるでしょう。私もそんな感じでした。大きくなったら何になりたい? って聞かれると、子供は叶いそうもないことを口にしますよね。私の場合、それが“オペラ座のエトワール!”だったのです。手の届かない高いところにある夢のようなカンパニー、それがオペラ座でした。私が子供のころ、イザベル・ゲランやエリザベット・プラテルといった素晴らしいダンサーがオペラ座で踊っていた時代で……一番印象に残っているのは、ビデオで見たシルヴィ・ギエムがヌレエフと踊った『シンデレラ』です。テレビで放映されたものを録画してもらえたので、何度も何度も繰り返し見ていました。ギエムは日本ですごい人気だったので、私も彼女が好きでしたね」

8歳で引越したニュージーランドでももちろんバレエを続け、学童休暇のたびに東京のバレエ学校に戻って……。彼女が初めて見たオペラ座の公演は、学校のツアー公演だったが、あいにくとそれは彼女の記憶にはないそうだ。東京ではバレエ・フェスティバルの楽屋口で、俗にいうところの出待ちもしっかりと経験。狙いはもちろんオペラ座のダンサーたちで、サインもプログラムにもらい、いまもそれは日本の実家で保存している。2009年、オーストラリアのブリスベンでのオペラ座ツアーの『ラ・バヤデール』も見ているというから、いま彼女はその時に舞台で見たかなりの数のダンサーと共に仕事をしていることになる。

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3月、オペラ・ガルニエでバランシンの『真夏の夜の夢』の主役を踊った。photos:Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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オペラ・ガルニエで5月に公演のあったバランシンの『ラ・ヴァルス』。パートナーは最新エトワールのユーゴ・マルシャンだった。photos:Laurent Philippe/ Opéra national de Paris

≫ 突然始まったパリでの生活、フランス語も話せなかった彼女を支えたのは?

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フランス語もわからぬままに始まったパリ暮らし。

オペラ座のバレエ学校に入りたい、と、彼女はプラテル校長あてに自分のビデオを送ったものの、入学の夢は叶わず。それでオーストラリアのバレエ学校に入学。「落ち込むよりは、オーストラリアン・バレエで頑張ろう! って、前向きな気持ちでした。でも在学中にローザンヌ国際バレエコンクールに参加(注:彼女は1位を獲得)した帰りに、ロンドンとパリに寄ってバレエを見たんですね。オペラ座では『アルルの女』『白の組曲』『ボレロ』……これぞフランス! のバレエで、ああ、やっぱりヨーロッパで踊りたいなあ、って思いました。それで、挑戦してみなければわからない! 今トライしないと、遅すぎる! と、2011年にバレエ団の入団試験を受けることしました」

その結果、臨時団員契約を得て、2013年には夢のオペラ座の正式団員となった。契約団員の2年間は、さまざまな作品で代役として、万が一に備えて稽古は積むものの舞台で踊れず、ひたすら舞台裏で過ごす時間が多かったと述懐する。

契約が決まって、突然パリで暮らすことになったとき、フランス語ができない! なんてことは頭にまったく浮かばなかったそうだ。おおらかで飾り気がなく、とても素直な性格の彼女である。誰もが愛さずにはいられない彼女を、周囲のダンサーたちが助けないわけがない。2014年に期待の若手ダンサーに授けられるカルポー賞を受賞したとき、彼女はフランス語で受賞の喜びを読み上げ、そんな仲間のダンサーたちに感謝の辞を捧げた。

「ぼー、と座っていたりしてるときに突然、ああ、本当に私はパリに住んでるんだ、って実感することがあります。オペラ座で友達のダンサーが踊るときに、“あ、私はオペラ座に友達ができて、こんなところで観てるんだ”って思ったりも。日頃はオペラ座と自宅の往復で終わってしまうけれど、時間に余裕のあるときはパリの中を歩きながら、街を眺めます。建物が古くって、歴史が感じられて、ああ、素晴らしい街に暮らしてるんだなあ、って……故郷のオークランドと全然違います」

フランス語もできず、勝手のわからぬパリで暮らし始めた彼女を支えたのは、仲間のダンサーだけではない。パリで毎秋開催される国際コンテンポラリー・アートのフェアとして有名なFIACのアートディレクターであるジェニファー・フレイがいる。なんだか不思議な関係に思えるが……。

「血は繋がっていないけれど、叔母さんの従姉妹なんです。私がパリで暮らしはじめてからのことなんですけど、叔母さんが“ああ、私の従姉妹がパリにいるのよ!”って。それがジェニファーさんだったんです。引越したてのパリで言葉ができない私を、彼女がすごく助けてくれました。今もよく会うし、仲良くしています。時間があるときはだから、現代アート・ギャラリーに一緒に行ったりするんですよ」

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2014年カルポー賞の授賞式で仲間に囲まれて。この日の装いはラフ・シモンズによるディオール。photo:Mariko OMURA

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プライベート・アルバムから。coutesy of Hannah O’Neill

我慢、努力、負けず嫌い。

「小さいときにおばあちゃんから、日本語には我慢という素晴らしい言葉がある、と習いました。 我慢をすれば、自分はもっと先に進める……オペラ座で契約時代のとくに最初の半年ですけど稽古をしても舞台に立てず、もうオペラ座はいや! っていう気持ちになってしまってました。契約団員だから当たり前のこととわかっていても、踊れないということが辛かった。他のカンパニーにいる友達が舞台で踊っていると聞くと、私も他にいったらもっと踊れるのかなあ、と思い始めたときに、母やおばあちゃまから“もうちょっとの我慢よ”って励まされていたんです」

ダンサーの誰かが怪我や病気をしない限り、代役は舞台に立てない。自分の力を認めさせる場は毎朝のクラスレッスンしかない、というわけで、3倍以上の集中力をもって認められる努力を毎朝していたそうだ。

フレンチ・スタイルを実践するオペラ座のバレエ学校ではまったく学んでいない彼女が、2年の契約期間ののち正式に入団できたのは、たゆまぬ努力が実ったといえるのだろうか。

「努力が実る……その言葉、聞いたことがあります。私の場合、それはいえると思います!」

入団後、カドリーユからコリフェ、そしてスジェとコンクールごとに昇級していった彼女。7月に公開される映画『パリ・オペラ座 夢を継ぐ者たち』では、2015年の年末公演『ラ・バヤデール』のスタジオ・リハーサル、舞台リハーサルを見ることができる。その中に、この公演のちょっと前に開催されたコンクールで、スジェからプルミエール・ダンスーズへの昇級を決めた彼女がいる。正式入団から3年目、22歳のときである。

「スジェの中でも一番若いくらいだった私がプルミエールに上がる……なんだか10歳くらい年をとったように感じてしまいました。それに、これまで主役を踊ったときは、“スジェにチャンスをあげよう!”ということで配役されていたのだけれど、もうそうじゃないのだということで、ストレスになってしまって……。この『ラ・バヤデール』のリハーサルの最初の頃、“本当に私がプルミエールに上がってよかったのかしら……”って思ってしまい、いつものように堂々と踊れなくなってしまったんです」

その時期を乗り越えることができたのは、頭の中で吹っ切れたから。そんなことをうじうじ悩んでいたら自分は前進できない、という思いに至ったからだそうだ。

「自分に負けたくない、っていう気持ちが私はとても強いですね。スポーツではチームでプレーして優勝、となるけれど、バレエは違う。だから、バレエで一番大変なのは、自分との戦いです。結構、負けず嫌いなんですよ、私。小学校時代でも、テストの点がちょっと、とかいうとき、悔しかった。おじいちゃまからは“人一倍の努力をしなけれだめだよ”って、よく言われていました。小学2年生の2学期頃に、ひとりの子が塾かどこかで習ったのか、九九ができるって聞いたとき、私の頭の中では自分以外のみんなができるんだ、と思ってしまって……。で、おじいちゃまに“みんな、九九ができるぅぅ”って泣きついて、それで毎朝6時に起きて、おじいちゃまから九九を習ったんですよ」

ある時彼女の自宅に友達が大勢集まったときに、まだ誰も九九ができないことがわかり……。これは負けず嫌いならではの可愛らしいエピソードである。

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オペラ・ガルニエでフォーサイスの『Herman Schemerman』。この作品でのパートナーも息の合うユーゴ・マルシャンだった。photo:Ann Ray/ Opéra national de Paris

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彼女のコーチ、ローラン・ノヴィスと。photo:courtesy of Hannah O’Neill

≫ 甘いものが大好き。オフの時間はお菓子作りも楽しむ。

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二十四節気をダンスで表現。

三越伊勢丹グループが「this is japan」をメッセージに掲げ、その2017年の企業広告に彼女を起用した。二十四節気をテーマにピエール・ラコットが振り付け、彼が信頼を寄せるダンサーである彼女が踊っている。
http://www.this-is-japan.jp/

「こうした大きなキャンペーンのお仕事は初めての経験でした。小さいときから、デパートといったら私には伊勢丹。というのも、父は伊勢丹のラグビーチームでプレーするために日本に来たので。そういった関係から私が小さいときから知ってる方々が伊勢丹にいて、ファミリーみたいで、こういう繋がりが面白いですね。この仕事を通じて感じたのは、日本人は季節を大切にする国民だということ。ひとつひとつの季節に対する思いや考えが日本の人にはあって、それは素敵なことだと思います」

ニュージーランドに引っ越して、雪がないことが悲しかったし、雪を見たことがない人がいることも信じられなかったという八菜。異なる四季についての感受性は8歳まで暮らした日本で培われたようだ。季節ごとに美味しい食べものがあることも、彼女にとっては四季の魅力となっている。春はみたらし団子、夏は素麺、秋は松茸、冬はお鍋!

「お鍋を知らないって、残念ですよね。それにお寿司だって、本当のお寿司とはストリートで買うものじゃないんだとか、浴衣と着物の違いとかも……。細かいことでも、本物が何かを周囲のフランス人たちに教えてあげたいです」

いつか大きな家に暮らせるようになったら、こたつのある部屋が欲しい! と彼女はいう。そして、こたつがあったらおミカンも! と、笑う。菖蒲湯も柚子湯も知っている彼女だが、身体で日本の二十四節気を表現するのは、なかなか大変だったそうだ。撮影当時を振り返って語ることには、

「春や夏は柔らかい感じに表現するので、自然でやりやすかったです。でも、寒さを表現するときに暗くならないようにするのが、なかなか難しくって……。秋から冬に入る、という季節は、少しづつ寒さを感じてゆくというのを踊るのは面白かった。一番難しかったのは1月の大寒。とっても寒いのだけど、二十四節気の最後なので、インパクトが必要……そのバランスを考えるのが大変でした」

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リハーサルも舞台もないオフの日は、どんな時間を?

次から次へと舞台があり、オペラ座のスケジュールが朝からびっしり。時間ができたときは何をしているのだろうか。

「読書します。内容はいろいろだけど、読むときは英語です。時期によっては編み物もします。手を使って何かをする、ということが好きなんです。今はずっと前に始めたかぎ編みのブランケットを作っています。始めてはやめ、始めてはやめての繰り返しで……。私、お花が好きなんです。近所に行きつけのお花やさんがあって、買って来た花のアレンジも楽しんでます。自宅の小さなバルコニーで、ラベンダーを育て始めました。お菓子作りも好きですね。レモン・メレンゲ・パイが得意なんだけど、最近は作っていない。甘いものは食べるのも好きなんです……和菓子は虎屋で、フランス物は……パリにはお菓子屋さんがたくさんあって、どこでも美味しいですよね。特に決まった店はありません。インテリアも好き。この間も椅子をひとつ買ったところです。本当はいろいろ買いたいのだけど、それほど広くないので場所がなくって。インテリアはけっこうカラフルな感じかな」

徒歩での移動が楽しいパリでは、自宅からサン・マルタン運河までとことこと歩いていってしまう。とはいえ、運転免許は欲しいところである。

「実は少しフランス語がわかってきたから、運転法規のテストを受けてみようと思って本を買ったのだけど、全然わからなくって……その本は閉じておしまい。フランス語がしゃべれない人はパリでどうやって免許をとるんでしょうかね。ニュージーランドでは英語がわからない人は、中国語や日本語でもテストが受けられるんですよ。私もテストを受けて半年有効のLeanerという免許は持ってました(注:助手席にフルライセンスを持つ人が同乗する必要あり)。それにニュージランドではフルライセンスを持つ家族から運転を習えばよくって、教習所に何時間通わなければといったことはないんです。最近パリではフランス人でも1回の実地試験で免許をとるのが難しくなってるとか……運転が難しいなんて、ニュージーランドでは聞いたこともないこと。どうしたら私は免許がとれるのかしら……」

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9区の花屋さんBaulieu(ボーリュウ)やカフェ・レストランのBuvette(ビュヴェット)などが愛用のアドレス。

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パリ市内、美味しいスイーツはあちこちでみつかる。このLes Petis Mitrons(レ・プティ・ミトロン/ 26, rue Lepic 75018 Paris)のフルーツ・タルトが、おすすめ!

≫ モード界からも熱い視線を集める彼女の、将来の展望は?

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気になるビューティー&モードは?

チャコットのイメージ・キャラクターを務める彼女だが、ダンスウエアに限らず、モード界から熱い注目を浴びているダンサーのひとりである。パリコレ時にディオール、ヴァレンティノ、クロエといったメゾンのショー会場で、すらりと姿勢の良い彼女をみかけた人もいることだろう。2月にはクロエのバレンタイン用インスタグラムのモデル撮影や、友達の元ダンサー、エミリー・フユーによるMadem Parisのプロジェクトに参加したり……。オペラ座の舞台では3月の『真夏の夜の夢』でクリスチャン・ラクロワがデザインする衣装、6月はバルマンのオリヴィエ・ルスタンが初めて手がけた舞台衣装で踊り、と仕事でもモード界とは蜜な関係である。

ビューティーに話を移そう。マスカラ以外ほとんどノーメイクという素肌の美しい彼女。スキンケアもいたってシンプルだ。

「仕事柄厚いメイクをするじゃないですか、べったりと。それをきれいに落とすことが大切ですね。いつもビオデルマでしっかりと拭き取っています。洗顔にはセタフィルというクレンザーを使い、それからディオールのトナー、モイスチャライザーが私の朝晩の基本です。香りはミス・ディオールのオード・トワレ。いただいて使ってみたら、とても気に入ったので愛用しています。それからイソップの匂いが好きで、ハンドソープ、ボディーソープなどいろいろ使っています」

舞台ではシニョンを結っていたりするのでわかりにくいが、彼女の髪の毛はとても長い。ヘア・ドネーションしたいと伸ばしているところだという。さぞかし、手入れが大変だろうと思いきや……。

「量がたくさんあって、髪が弱いとかじゃないので、もともとあんまり気を使ったケアはしてないんです。シュウ ウエムラのシャンプーで二度洗いをして、コンディショナーして……で、タオルで乾かしますけど、よく乾いてなくっても気にせずに寝てしまうんです。小さい時から濡れたまま寝ていたので、濡れてないと変な感じ(笑)。病気の人のためのウィッグをつくるファンデーションに寄付をしたいと思って伸ばしているのだけど、20センチとか25センチとか長さが必要なんです。切ってあまり短くなっちゃうと、結ぶのが大変になるので、あともうすこし頑張ります」

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3月のパリコレ時、Valentinoのショー会場にて。172cmと長身で細身のモデル体型の彼女が着こなしているのは、Valentinoの2017年プレフォール・コレクションのルックだ。photo:courtesy of Valentino

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再びディオールで。photo:Mariko OMURA

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2016年9月、オペラ座の2016〜17年オープニング・ガラのパーティはクロエのドレスで。photo:Courtesy of Hannah O’Neill

将来について少しだけ。

まだ24歳ではあるけれど、彼女も出産について考えている。オペラ座では現在の芸術監督オレリー・デュポンを含め、現役中に出産、復帰、出産、復帰を繰り返す女性ダンサーは少なくない。現エトワールの中では、レティシア・ピュジョル、エミリー・コゼットがそうだ。

「みんな、簡単に出産・復帰をこなしていますよね。いつのことかわからないけど、私も子供は大好きなので、絶対に欲しいです。私には弟が2人いて、3人兄弟じゃないですか。だから、なんとなく子供は3人欲しいなあって気持ちがあるのだけど、3人も産んでる時間があるかしら……って(笑)。オペラ座では3人のママ、ってあまり聞きませんよね。でも、最低2人は絶対に欲しい!」

その前に、オペラ座のエトワール! という大きな夢を叶えねば。最近3名のダンサーがエトワールとなったばかりなので、当分自分の任命ははないと思う、と予測する彼女ではあるが、もちろんその夢は絶対に諦めません! と。

「エトワールは到達点ではなく出発点……よくそう耳にします。そういう気は確かにします。うまくは言えないけれど、とにかく舞台でたくさん踊りたいのが私の希望であって、それはエトワールになれば可能なことと思うと、確かに新たなスターティング・ポイントですね」

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オペラ・ガルニエでの最新の舞台(左)は『ルネッサンス』。バルマンのオリヴィエ・ルスタンが衣装デザインをしたことも話題となった作品だ。photo:Julien Benhamou/ Opéra national de Paris

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セバスチャン・ベルトー(右)による創作『ルネッサンス』の参加メンバーとリハーサル・スタジオにて。彼女のパートナーはマチアス・エイマンの予定だったが彼が公演直前に降板。若手のホープであるパブロ・レガサ(左から4人目)が見事にマチアスの代役を果たした。photo:Julien Benhamou/Opéra national de Paris

オペラ座&ロイヤル夢の共演<バレエ・スプリーム>
日程:
Aプロ  2017年7月26日(水)、27日(木)18:30~ 
Bプロ  2017年7月29日(土)13:00~、18:00~、30日(日)14:00~ 
会場:文京シビックホール
チケットのお申し込み/お問い合わせ:NBSチケットセンター
tel:03-3791-8888(平日10:00~18:00、土曜10:00~13:00)
http://www.nbs.or.jp/stages/2017/supreme/
大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティングエディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は「とっておきパリ左岸ガイド」(玉村豊男氏と共著/中央公論社)、「パリ・オペラ座バレエ物語」(CCCメディアハウス)。

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