煌めく『ジュエルズ』でパリ・オペラ座の新シーズン開幕。

パリとバレエとオペラ座と。

オペラ座の新シーズン2017~2018が9月に開幕する。9月21日のガラ公演の後、22日から踊られる開幕作品はジョージ・バランシン振付けの『ジュエルズ』だ。このバレエがオペラ座のレパートリー入りしたのは2000年12月19日で、その際に衣装と舞台背景のリニューアルがクリスチャン・ラクロワに託された。

バランシンが当時率いていたニューヨーク・シティ・バレエ団(NYCB)のために、この作品を創作したのは1967年。つまり、2017年の今年は創作50周年記念の年にあたる。『ジュエルズ』は、珍しいことに宝石がバレエ創作のインスパイア源だ。エメラルド、ルビー、ダイヤモンドの3部構成で、宝石のようにきらきらと輝くダンサーたちの踊りはゴージャス極まりない。『ジュエルズ』はこよなく愛する女性という存在に、バランシンが捧げた作品である。

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クリスチャン・ラクロワによる『ジュエルズ』のためのデッサン。ゼロからのコスチューム・デザインではなく、創作時のカリンカによる衣装に基づいている。©Opéra national de Paris

バランシンとジュエリーの出合い。

なぜ“宝石”というバレエなのか。この作品が誕生したエピソードを紹介しよう。場所はニューヨークだ。パリのジュエラーであるヴァン クリーフ&アーペルは1939年に世界万博に参加した後、アメリカでの展開を始め、1944年に現在のフィフス・アヴェニュー744番地にブティックを開いた。第二次世界大戦の勃発後、ヨーロッパよりアメリカでの活動にメゾンは力を注いでいて、創業者エステル・アーペルの甥クロードがニューヨークでブランドを代表していた時代のことだ。バランシンは毎朝ニューヨーク・シティ・バレエ団(NYCB)のクラス・レッスンへと向かうとき、そのフィフス・アヴェニュー店の前を通る。横目で眺め、夢を見出していた彼は、1967年2月のある寒い朝、ウインドウに展示される宝石に足をとめられた。ダイヤモンド、そしてエメラルド、ルビー……ウインドウを凝視してその前を何度も往復。その日の彼の装いといったら、ベルト代わりに小包紐でしばったコート姿である。彼の挙動を不審に思った店員たちの通報を受け、店の責任者らしきエレガントな人物から彼は店内へと招き入れられた。といっても、ハイジュエリーのブティックである。彼の左右をガードマンがしっかりと囲んでいたとか。これがジョージ・バランシンとクロード・アーペルとの出会いとなるのだ。

互いに名乗りあった後、「失礼のお詫びに何かできることがありますでしょうか?」というクロードの言葉に、バランシンは即座に「では、次のバレエ作品の舞台装置というのはどうでしょうか?」と答えた。彼は次の創作は自分が暮らした3カ国の作曲家の音楽を使ったバレエである、と、すでに発表していた。そんな彼の音楽のアイデアに、宝石たちが閃きを与えたというわけである。「ウインドウを見て思ったのです。フォーレ(仏)の曲にはエメラルド、ストラヴィンスキー(米:1939年に亡命)にはルビー、そしてチャイコフスキー(露)にはダイヤモンドだと」。こうした誕生秘話をもつ『ジュエルズ』の1967年4月13日のニューヨークでの初演は満席で、大成功を収めた。

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ニューヨークのリンカーン・センター、ディヴィッド・H・コーク劇場で開催された50周年記念公演中、『ジュエルズ』の1967年の創作ダンサーたちの写真が劇場内に多数展示された。バランシンを囲むのは、ダイヤモンドのスザンヌ・ファレル、エメラルドのミミ・ポールとヴィオレット・ヴェルディ、ルビーのパトリシア・マクブライド。カリンカがデザインした衣装をここに見ることができる。

今年は創作50周年

10年前の40周年記念に際して、ヴァン クリーフ&アーペルはロンドンのロイヤル・バレエ団と提携してバレエ、エメラルド、ルビー、ダイヤモンドという4つのテーマに基づくバレエ プレシュー コレクションを発表した。記憶に新しい人もいることだろう。『ジュエルズ』が生まれる前から、ヴァン クリーフ&アーペルはダンスとの縁が深いジュエラーである。ダンスのさまざまなポーズがクリップとして初登場したのは1940年で、それ以来、ジュエリーの大きなインスピレーション源として、ダンスも自然界に負けず劣らず重要な役割を果たしている。ローズ・カットのダイヤモンドのバレリーナの顔に、ルビーやサファイアがカラフルにチュチュを描き、ゴールドやプラチナの手脚が優美な動きを……メゾンのサヴォワール・フェールを存分に生かし、ダンスをテーマにしたジュエリーは今も創り続けられている。

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ヴァン クリーフ&アーペルの1940年代のクリップ。©Van Cleef & Arpels

50周年を祝って、初夏のニューヨークで記念公演が開催された。エメラルドはパリ・オペラ座が、ルビーはNYCBが、そしてダイヤモンドはボリショイ・バレエ団が踊るという、 世界最強の3バレエ団が一堂に会した豪華そのものの企画。しかし、なぜ『ジュエルズ』を3カンパニーが踊ることが記念になるのか。

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記念公演はオペラ座、NYCB、ボリショイ・バレエ団の3つのカンパニーによって踊られた。

これはバランシンのバックグラウンドと密接な関わりを持つ話である。駆け足で彼の人生を紹介しよう。サンクト・ペテルブルクに生まれた彼は旧ロシア帝国バレエ学校で学んだ後、マリンスキー劇場でプロのダンサーとしてのキャリアをスタートする。小さなバレエ団を設けてヨーロッパに興行に出た彼は、パリでディアギレフ率いるバレエ・リュスに参加。しかし怪我をしたため、踊るのではなく振付けとバレエ・マスターとして従事することになる。ディアギレフ没後は、モンテカルロのバレエ・リュスで仕事を続ける。1929年にパリ・オペラ座のバレエ・マスターのポストを提案されるのだが、あいにくと健康上の理由で受けることができなかった。そのポストにはセルジュ・リファールが就き、彼はパリを去り、旅に出る。旅先で、ニューヨークにクラシック・バレエの学校を開きたいと熱望する女性に出会い、その誘いを受けて彼はアメリカへと渡り……。NYCBというのは彼が1946年に創立したバレエ協会が前身となっている。彼のダンサーそして振付家としての人生に大きく関わっているのが、アメリカ、フランス、ロシアという3国なのだ。

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3つのカンパニーがカーテンコールで勢揃いした記念公演の初日。パリ・オペラ座によるエメラルドは第一パ・ド・ドゥをマチュー・ガニオとレティシア・ピュジョル、第二パ・ド・ドゥをマチアス・エイマンとミリアム・ウルド=ブラーム、そしてパ・ド・トロワをマルク・モロー、セ・ウン・パク、オニール八菜が踊った。

≫ エメラルド、ルビー、ダイヤモンド、それぞれの見どころは?

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エメラルド、ルビー、そしてダイヤモンド

その3つの国のそれぞれのバレエのスタイルで構成されたのが『ジュエルズ』なのだ。最初に踊られるエメラルドの音楽は、フランス人作曲家ガブリエル・フォーレの『ペレアスとメリザンド』からの抜粋と『シャイロック』からの抜粋で、それに乗せて優雅なフレンチ・スタイルで踊られる。限りなくポエティックでエレガントな振り付け。女性ダンサーたちのひざ下丈のロマンティック・チュチュが、エメラルドの神秘的な輝きを舞台上に揺らめかせる。オペラ座の今シーズンの第一配役にはマチュー・ガニオとレティシア・ピュジョルという、クラシック正統派のダンサーが選ばれている。

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エメラルド。photo Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

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レティシア・ピュジョルは9月23日がアデュー公演となる。写真は7月にNYのリンカーン・センターで開催された50周年記念公演より。 photo Stéphanie Berger

二番目はルビー。ストラヴィンスキーの『ピアノと管弦楽のためのカプリース』の燃え立つような音楽と、ルビーの放つ情熱的な赤の煌めきが見事にマッチした、短いながらもスパイシーなパートだ。なお、3つの宝石からなる『ジュエルズ』がオペラ座のレパートリー入りしたのは先に書いたように2000年だが、このルビーのパートだけは『カプリチオ』のタイトルで1974年にレパートリー入りして、創作当時のカリンカの衣装で踊られた。

エメラルドの水の流れのようにゆったりとしたダンスと打って変わり、このルビーは溌剌とダイナミックな振り付けである。女性ダンサーたちは腰をひねり揺らして、ブロードウェイのミュージカルの踊り子たちのように、コケティッシュでエネルギッシュ。ミニスカート丈の赤いコスチュームの女性ソリストは男性パートナーを相手にユーモラス&セクシーに活き活きと踊るのだが、オペラ座では今回マチアス・エイマンとレオノール・ボーラックが第一配役。お人形のような容貌につい騙されてしまうが、レオノールは『ジュエルズ』の中で踊りたいのはルビー! と語っているようにエネルギッシュなダンサーである。彼女の持ち味と魅力が最大に発揮される舞台となるだろう。

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ルビー。2009年にはマリ=アニエス・ジロがダイナミックな舞台を見せた。photos Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

最後のダイヤモンド。チャイコフスキーの交響曲第3番ニ長調Op.29『ポーランド』第2楽章~第5楽章が音楽で、旧ロシア帝国のゴージャスな夢の世界が締めくくりに待っている。エメラルドは17名、ルビーは15名で踊られるのに対し、ダイヤモンドは34名。白いコスチュームのダンサーたちが、ブルーを背景にダイヤモンドが輝くようにきらきらと踊る。クラシックバレエのチュールを何層も重ねたプラトー・チュチュのダンサーたちの群舞は、古典大作のグラン・フィナーレのように壮麗だ。ロシアン・スタイルのこのパートは、技術的にもしっかりし、かつ華のあるダンサーが踊らないことにはさまにならない。今回第一配役で踊るのは、ユーゴ・マルシャンとアマンディーヌ・アルビッソンである。

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豪華絢爛に踊られる最強の宝石ダイヤモンド。photos Agathe Poupeney/ Opéra national de Paris

『ジュエルズ』は物語のない抽象的なバレエ作品。父親は作曲家、母親がピアニストという家庭に生まれたバランシンは5歳のころからピアノを習っていた。音楽を選ぶか、バレエを選ぶか。その選択からバレエ界に入った彼ならではの振付けの特徴は、ダンサーの身体の動きによる音楽の視覚化である。この作品はまったくタイプの異なる3作曲家の音楽を使っているゆえに、3倍の鑑賞の醍醐味が待っている。オペラ座で踊られるのは8年ぶりだ。この機会に、ぜひ!

『Joyaux(ジュエルズ)』
2017年9月22日〜10月12日
Opéra National de Paris
料金:10〜170ユーロ
https://www.operadeparis.fr/en
大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティングエディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は「とっておきパリ左岸ガイド」(玉村豊男氏と共著/中央公論社)、「パリ・オペラ座バレエ物語」(CCCメディアハウス)。

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