エトワールのレオノール・ボーラック、内なる輝きの秘密。

パリとバレエとオペラ座と。

2016年12月31日、『白鳥の湖』で主役のオデット/オディールを踊り、エトワールに任命されたレオノール・ボーラック。『春の祭典』、『ラ・シルフィード』、『ドン・キホーテ』……役ごとに演じる女性のタイプは異なるが、共通して言えることがひとつある。それは舞台上で彼女が美しい輝きを内からも放っていることだ。その美しさの秘密の鍵を解くべく、彼女のウェルビーイングについて語ってもらうことにした。

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2005年にオペラ座バレエ学校に入り、2008年バレエ団に入団。2014年にコリフェへ、2015年にスジェに上がり、現在はエトワールである。ダンサーのウェルビーイングのために、身体的にはマッサージが不可欠。予約が必要とはいえ、オペラ座では毎日20分のマッサージが受けられるそうだ。「怪我の可能性が下がるだけでなく、私はぐっすりと眠ってしまうのでこれはとても良い休息にもなるのよ」photo:Selina Meier/ What Dance Can Do

1. 食事事情

レオノールは1年間ベジタリアンを目指していた時期がある。しかし鉄分の不足ゆえ髪が抜けたり、健康上のトラブルが生じて……「体を使う仕事なので、鉄分とプロテインは欠かせませんね。ダンスをやめたら、またベジタリアンになるかもしれないけれど、今は頻繁ではないにしても肉も食べますよ。動物を虐待していない環境からの肉、という点には気をつけています」

野菜を多くとる彼女。何よりもこだわるのは、素材のクオリティだ。自宅から遠くない場所に、Humphris(ハンフリス)というビオの野菜を扱う良い店ができ、ここで買い物をするようになった。

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近々同じ通りの向かい側2番地の広いスペースに移動する。この1号店はナチュラル・ワインの専門店に。また秋以降と先のことだが、地下鉄Notre-Dame de Lorette駅の脇のBourdaloue通り3番地にレストランもオープンする予定。

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みずみずしい野菜が並ぶ店内。時間帯によっては常連さんたちが行列を作る。

「上質で味があって……しかも、これらはパリから1時間くらいの位置にある農家で採れるもの。遠距離輸送じゃないので、環境にも良い、とあらゆる面で有益なのよ」

と語るレオノール。そうして知り合ったのが現在のパートナーであるダン。彼はこのHumphrisを経営するファミリーの一員である。その彼は彼女のために、日々料理も担当しているのだそうだ。

「私、甘やかされているわね(笑)。彼が作るのはとてもシンプルな料理よ。素材が良いから、簡単なものでも美味しく出来るでしょ。野菜を始め、それにデンプン質、プロテイン……バランスのとれた食事を用意してくれる。明日は舞台があるんだから、チキンを少し食べようか、という感じに、私の体を気遣ってくれるのよ」

まるで栄養士のような役割まで彼は果たしているよう。お料理はダンにすっかりお任せで、彼女はお菓子作りをする。

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美味しそう!! ハンフリスでは自家製パンも人気。ダンのパパのニコラがビオの小麦粉を使い、毎朝薪釜で焼いている。

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le Heurteloup という名のパン、それにチョコレート・チップスの入ったブリオッシュなどがレオノールのお気に入りだ。

Humphris(ハンフリス)
1, rue Milton
75009 Paris
営)10:00(土 9:30)〜20:30(土 〜20:00、日 〜13:00)
休)月
www.humphris.fr

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2. 愛猫との時間

「マリー・アントワネットとの時間 ! これは寛ぎそのものよ。とっても愛らしいの」とレオノール。マリー・アントワネットとは、2年前から飼っている猫である。大型種のラグドールだが、いまのところまださほど大きくなっていない。仕事の疲れも、喉を鳴らしてマリー・アントワネットが癒してくれる。「彼女の存在は、心を穏やかにしてくれる。一緒にいてとても寛げるし、彼女がすることを見ていると愉快で楽しめるわ。この種類って、人懐こくって犬猫というタイプ。つまり、犬のように飼い主について歩くの。私は猫より犬が基本的には好みとはいえ、猫の距離を置いた態度というのはちょっと残念に感じていたの。その点、マリー・アントワネットはいつも私の後にくっついてくるから……。甘えっ子で、夜は私と一緒に寝てるのよ。体をくっつけてきて、私の腕を自分の前足で挟んで眠るのよ、可愛いでしょ!!」

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プリンセスの気品。さすがマリー・アントワネットと名付けられているだけのことはある。ドアを開けても外をちらっと眺めるだけで、絶対に外には出ていかないそうだ。

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トゥシューズの準備をしているレオノールの気を引こうとするのか……裁縫箱の中に入ろうとするマリー・アントワネット。photos:Courtesy of Léonore Baulac

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最近インスタグラムにアップした写真。まさに寛ぎの時間だ。

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3. 旅、自然

「ガラやオペラ座のツアーの行き先はほとんどが都会。だからパリジェンヌで都会人の私が選ぶのは、おのずと自然のある場所での充電ということになりますね。都会から離れて暮らせるか否かはともかく、時々素朴なこと、土に触れる必要があります。大自然の中で呼吸をするのも大切。幸いなことに父がアネシー湖の近くの緑に溢れる土地にアパルトマンを持っているので、よく行きます。パリから1時間くらいのところにあるダンのパパの農家にも時々行くのよ。一昨日は、ルバーブの収穫に立ち会って……とっても快適な時間でした」

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パートナーと彼の畑でルバーブの収穫!

オペラ座バレエ団は7月にアメリカでのツアーが予定されていたのだが、これがキャンセルに。そのためのリハーサルの時間がぽっかりと空いてしまったのだ。それゆえにシーズン中ながら、2〜3週間のバカンス!というダンサーも少なくないそうだ。レオノールの場合はそこまでスケジュールが空白ではないとはいえ、午前中のクラスレッスンの後、稽古のない午後の自由時間を思いっきり満喫。「これから先、すごく忙しい毎日となるので、この静かな時期を利用して、こうして畑にいったり、ショッピングをしたり。グラン・パレの『クプカ』展も見てきました」

展覧会での時間もウェルビーイングに役立つというレオノール。5月後半から彼女を待っているのは、7月に初役で踊る『リーズの結婚』のリハーサル、そして6月に入ると早くも始まる年末公演のリハーサル。この夏は東京で開催されるワールド・バレエ・フェスティバルにも参加するし、その前にはアメリカのアイダホでアイダホで開催されるガラBallet sur Valleyでジェルマン・ルーヴェとともに踊る、と、確かに大忙しだ。

「だからスケジュールが軽い時期を利用して、4月の週末にはセビリアに行きました。古い建築物が保全された街並みはとても気に入ったわ。建物の色彩が豊かで街がカラフルなの。それに花という花が開花していている時期。街には22,000本のオレンジの樹が植えられているとかで、そのオレンジの花の香りで街が包まれていたのよ。これは真夏の灼熱の時期では、絶対に味わえない魅力ね」

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セビリア旅行。街は気に入ったものの、揚げものが多いスペイン料理はちょっと苦手だったようだ。photos:Courtesy of Léonore Baulac

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4. ダンスで社会貢献活動

オペラ座のエトワールのユーゴ・マルシャン、最近引退したマリ= アニエス・ジロとともに、レオノールもThe what dance can do projectという団体のアンバサダーを務めている。単に写真をインスタグラムにあげて、「私参加しています」というのではく、寄付してお終いというのではなく、行動をすること、時間という自分の貴重なものを捧げる活動。これもレオノールのウェルビーイングに数えられることになる。

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photo:Selina Meier/ What Dance Can Do

「ユーゴに誘われたのがきっかけなの。私たちってプライベートでも、キャリアにおいてもとても幸運に恵まれてるでしょう。芸術においていまの素晴らしいポジションまで到れたのはもちろん仕事をした結果でもあるけれど、家族に支えられるとか、チャンスにも恵まれているおかげでもあるの。だから、私の得たチャンスを分かち合いたい、という気持ちがあって……」

団体設立者オーレリア・セリエは、アンバサダーたちとコミュニケーションをとりアイデアや意見を求めるというオープンな方法でプロジェクトを進行。レオノールは子どもたちにダンスを見せる、ダンスをさせる、というように子どもたちを対象にした活動をする道を選んだそうで、今年の9月にはパリのネケール病院で病気の子どもたちのために踊る予定だ。

「団体の具体的なプロジェクトのひとつは、南アフリカのケープタウンにダンスの学校を開くことなの。この団体は1年前に生まれた新しいものだけど、オーレリアは実業家だけあってビジネスの才覚を活かして、ダイナミックに活動してるのよ。すでにアンバサダーは集まったので、いまは、こうした具体的なプロジェクトの実現のための メセナや寄付をみつける、といった資金をみつける段階ですね」

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レオノールのインスタグラムの写真より。チュニジアで家庭内暴力の被害を受け、子供と避難している女性たちにジュエリー作りを教えて生活力をつけるという団体とアムステルダムのSeemeというブティックが協力して販売しているジュエリーがある。偶然オーレリア・セリエがSeemeのブティックでそれらのジュエリーを知り、10月にWhat Dance Can Doのための特別ジュエリーが限定販売されるという計画が生まれた。その収益はプロジェクトの基金になるそうだ。

「私が得た情報によると、ダンスはいろいろな点において神経系の発達に優れる、ということなんです。それは子どもだけじゃなく、大人にも。アルツハイマーになる時期を遅らせることにもなるそうです。というのも、ダンスは複雑な脳のコネクションを必要とするもの。頭ではなく身体を使うというのがダンサーのイメージだけど、ダンスはすごい集中力、身体の部位の調整を要求します。音楽との関係、パートナーとの関係、空間との関係、それから振付けの記憶……脳のたくさんの部分を同時に刺激するんですね。最近では 脳の刺激のために、老人たちにダンスさせている養老院もあって、簡単なダンスだけど素晴らしい結果が出ているそうよ。子どもたちにおいても、さまざまなことにおいて集中力が鍛えられて……子どもたちにダンスへのアクセスを与えるのは、私たちの義務だと思うんです。この活動に参加するのは、私には踊るのと同じくらい刺激的なことなの」

レオノールは以前はすごい読書家だったのだけど、近頃は本をあまり読まなくなってしまい、「私、知能が低下してるのではないかという気がする」と父親にぼろっとこぼしたことがあるそうだ。神経科医の彼は、こういって彼女を安心させた。「ダンスをすることで脳はすごく働いているのだから、大丈夫。心配はいらないよ」

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5. 娯楽、気晴らし

「笑う、これは健康にいいわ!」と紹介してくれたのは、風刺漫画家Louison(ルイゾン)の仕事である。レオノールの遠縁の従姉妹で親しい関係にあるそうだ。週刊誌Graziaのために彼女はフランソワ・オランド元大統領の任期最後の1年間を追い続けてバンド・デシネを描き、それらが最近1冊の本にまとめられて出版された。タイトルは連載時と同様に、『Cher François』(Marabout刊)。現在ルイゾンはGrazia誌でCher XXXX、chère XXXXと毎号対象を変えて、連載を続けている。2018年の最初の号では、『Chère Léonore』と題してエトワール任命1年を祝って、レオノールを紹介した。毎号ルイゾン自身もページの中に描きこみ、ユーモラスなコメントがつけられている。

「めちゃくちゃ愉快な女性なのよ。彼女と話すのも楽しいし、作品も笑えるわ。楽屋には彼女が描いたユーモア溢れるデッサンを飾っていて、日常のウェルビーイング環境の一部を成してるのよ」

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毎週Graziaの最後のページに掲載されるルイゾンのCher …シリーズ。水玉の服で知られている彼女なので、自身の姿をイラストに描くとき水玉を着せることがよくある。レオノールは以前に比べ読む量は減ったとはいえ、読書も大切な寛ぎの時間の1つ。ここのところは小説が多いそうだが、現在はマララ・ユスフザイの書いた本を読んでいる。

大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティングエディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は「とっておきパリ左岸ガイド」(玉村豊男氏と共著/中央公論社)、「パリ・オペラ座バレエ物語」(CCCメディアハウス)。

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