オニール八菜が京都で踊る、ジャポニスムのバレエ『夢』

パリとバレエとオペラ座と。

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7月に来日する、パリ・オペラ座プルミエール・ダンスーズのオニール八菜。

日仏交流160周年を祝う今年。7月から来春にかけて「ジャポニスム2018:響きあう魂」と題して、パリを中心に日本人アーティストの展覧会や舞台公演が多数開催される。160年前、つまり1868年に明治時代が幕開けし、日本の芸術を政府は海外に大々的に輸出した。200年間国を閉ざしていた日本の芸術に触れることになった西欧の人々は、あまりにも自分たちと異なる美意識が支配する日本の芸術にびっくり、そしてすっかり魅了されてしまう。ジャポニスムという言葉が生まれたのは、1872年。評論家フィリップ・ビュルティが雑誌に掲載した記事の中で、使ったことがきっかけだ。その後、日本趣味のことを意味する“japonaiserie(ジャポネズリ)”なる言葉も生まれている。

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ジヴェルニーの印象派美術館で開催中の「ジャポニスム/印象派」展にて展示されている、1890年にパリで開催された「日本の巨匠展」のポスター。

ジヴェルニーの印象派美術館で7月15日まで開催中の「ジャポニスム/印象派」展で紹介されているように、19世紀後半の30年間、日本の浮世絵に印象派の画家たちは大いにインスパイアされた。しかし、ジャポニスムが衝撃を与えたのは絵画だけでなく、西欧の芸術界全般である。音楽界ではサン・サーンスが作曲したオペラ『la Princesse jaune(黄色い王女)』が、1872年にパリで上演された。これはオランダが舞台で、日本の絵画の中の美女に恋をしてしまう男性が主人公だ。1860年以降、1867年、1878年、1889年、1900年とパリでは万博が開催され、そのたびに日本の芸術に触れる機会のあったフランス人たちにおいて、日本への興味がかきたて続けられたのだろう。ロダンはロイ・フラーと共演した踊り子の花子に創作意欲を刺激され、彼女に自作のモデルとなることを依頼する。パリのボ・ザール校で日本の版画や掛物などを集めた展覧会「日本の巨匠」展が開催されたのは、1890年の春のことだ。そしてこの年、パリ・オペラ座では、ジャポニスムのバレエが創作され、オペラ座のダンサーによって初演された。

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バレエ『ル・レーヴ』のポスター。モンマルトルのカフェ「黒猫」のポスターを描いたテオフィル・アレクサンドル・スタンランによるものだ。/フランス/ 1890年/提供:兵庫県立芸術文化センター 薄井憲二バレエ・コレクション

その作品のタイトルは 『le Rêve(ル・レーヴ/夢)』。日本を舞台にしたバレエ作品がオペラ座にあったとは!! と驚かされる。そして、“幻の”と枕詞につけたくなるようなこの『ル・レーヴ』が、7月27日にロームシアター京都で上演されるということにも驚かされる。主演は日本のバレエファンの間では知らぬ人がいないという人気者、パリ・オペラ座のプルミエール・ダンスーズのオニール八菜だ。

京都・パリ姉妹都市提携60周年記念である今年、京都バレエ団が夏の公演に選んだ『ル・レーヴ』とはどんな作品なのだろうか。新演出・振付・指導を担当するパリ・オペラ座バレエ団のメートル・ド・バレエのファブリス・ブルジョワに話を聞いてみよう。

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「僕が生まれる前のもので、この作品のことは知りませんでした。6年前に僕が『ドン・キホーテ』の仕事で初めて京都に行った時に、薄井氏(注:昨年末亡くなったバレエ史研究家薄井憲二)と初めて会ったんです。この『ドン・キホーテ』の舞台を見て、僕がどのようにバレエ作品を再構築するかということ、そしてフレンチ・スタイルに興味を持って……そして3〜4年前だったか、『ル・レーヴ』について話してくれました。彼はこの作品の復元にとても意欲的でした」

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『ル・レーヴ』の衣装を見ることができるアンティークプリント(左・島の女神役:G・オットリーニ、右・青波の女神役:ロブシュタイン)/アルフォンス・ミュシャ画 /フランス / 1894年/提供:兵庫県立芸術文化センター 薄井憲二バレエ・コレクション

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マウリが踊った『ル・レーヴ』のヒロイン、ダイタを今回オニール八菜が踊る。/アルフォンス・ミュシャ画/フランス/1894年/写真提供:兵庫県立芸術文化センター 薄井憲二バレエ・コレクション

『ル・レーヴ』を創作したのは当時パリ・オペラ座バレエ団の芸術監督だった、ジョゼフ・ハンセンだ。レオン・ガスティネルが作曲した楽譜と、シャルル・ビアンキーニによる衣装のデッサンはフランス国立図書館に保管されているのだが、振付については何も記録が残されていないという作品である。

「オリジナルは1時間20分の作品なのですが、今回の上演のために縮小版を希望されたので、物語の全容を追いつつ40分に縮小しました。この時代のバレエは、あまりダンスがなくって、マイムが多かったんです。僕はダンスを増やし、音楽を頼りに創作をしました。どんな物語かというと、舞台は京都の近く。村娘のダイタが湖畔で、きれいな衣装やら別の人生に思いを巡らせています。夢見る彼女の前に女神イザナミが現れて、巨大な扇の裏に広がる女神の世界へと連れて行きます。美しい衣装を与えられて喜び踊る彼女の前に、以前村で見かけ、強い印象を残した領主サクマが登場。二人は惹かれ合うものの、サクマが次第と重荷になって、ダイタが夢みていたこととはかけ離れてゆき……。そんな時、彼女はタイコから渡されていた青い花を思い出すのです。これは一度行ったら戻れなくなるイザナミの国を夢見るダイタを心配したタイコが、彼女に渡してくれていたもの。その青い花を取り出すと、タイコが現れます。しかし、彼女を連れ戻そうとするタイコはサクマの矢に射られ、命を奪われてしまう……というところで、ダイタは目を覚ますのです。湖畔でぼーっと別世界を夢見ていた彼女は扇の向こうに待つ世界を女神から見せられて、気がつくのです。“こんなに幸せなのに、なぜ別の人生を夢見たのかしら……”と。そこにタイコがやってきて、二人は許し合い、そしてパ・ド・ドゥで終わる、というものです」

ヒロインのダイタを踊るのがオニール八菜、村の若者タイコはエトワールのカール・パケット。合計25名くらいのダンサーによって踊られる作品だそうで、京都バレエ団のダンサーに加え、現在ロシアやイタリアなど海外で踊っているバレエ団出身のダンサーも参加するそうだ。領主サクマ役を踊るのは、京都の有馬バレエでダンスを習い始め、現在ジョ−ジア国立バレエ団で活躍する鷲尾佳凛である。

「佳凛は、オペラ座でソリストとして踊れるレベルの持ち主。素晴らしいダンサーですよ。今回コール・ド・バレエを務める中には、良いレベルの男性ダンサーが少なくありません」

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『ル・レーヴ』でタイコ役を踊るパリ・オペラ座バレエ団エトワールのカール・パケット。今年12月31日、オペラ・バスチーユにて『シンデレラ』でアデュー公演を行う。

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ジョージア国立バレエ団でソリストの鷲尾佳凛。『ル・レーヴ』で領主サクマ役を踊る。ちなみにジョージアはバレンシアガのクリエイティブ・ディレクター、デムナ・ヴァザリアの出身地だ。

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残されている楽譜によると、初演時の音楽はオーケストラによる演奏だった。その中には、今や存在しない楽器も含まれていたとか……。160年の時代の隔たりを感じさせる逸話である。京都での公演では、パリ・オペラ座のリハーサル・ピアニストによるピアノ演奏で行われるそうだ。

「音楽の中には、あまり日本的な音の響きはありません。イザナミの女神の行列のところで、少しあるくらい。これはキープしました。全体的に音楽はパリっぽいといっていいかもしれません。そうですね、バレエの『パキータ』のような音楽です。観客が見る踊りと耳にする音楽が一体になるように、僕の場合、振付を考えるときは音楽に多くを頼ります。踊りもしたがって……。ポワントで踊られます。2箇所ばかり、日本的な動きを取り入れようと思っているところはありますけど」

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7月27日のトリプル・ビルの構成・演出・振付・指導を担当するファブリス・ブルジョワ。

舞台装置も衣装も、目下、7月27日の公演に向けて京都で着々と準備されている。160年前のパリ・オペラ座バレエ団の作品を京都で復元するにあたり、ファブリスはお茶屋やお寺などを描きこんだ背景幕のイメージを京都にメールし……。

「残されている昔のポスターからわかるように、舞台上に巨大な扇が必要なんですよ。この扇の向こう側にイザナミの女神がダイタを連れて行く世界があるのですから、開閉式で人が通り抜けられる大きさのものです。といっても、オペラ座ほどの予算はありませんから、これは虹色の照明で作ることにしました。京都とは逐一やりとりをしているので、パリにいながら進行状況を把握できています。最近、領主サクマの衣装の布見本が届いたところなんですよ。衣装も僕がデザインを考えていて、八菜はどちらかというと着物のようなコスチュームで踊ります。 インターネットでいろいろ僕がリサーチして日本的と思うものでも、京都とのやりとりの間で、“あ、それは韓国のもの。ああ、それは中国です”ってことがよくあって(笑)。髪型は和風です。これは日本人が結うので心配ないですね。舞台装置も衣装もアイデアはいろいろあるのですけど、予算が限られていて……でも、その中で美しくて正確なものを作ろうと有馬えりこ(京都バレエ団代表)とともに努力しています」

オペラ座の仕事の合間を縫い、ファブリスは主役のダイタを踊るオニール八菜と『ル・レーヴ』の再創作を初めている。2年前に京都バレエ団の公演『ドン・キホーテ』で仕事を共にしている二人だ。

「彼女に限らず、仕事柄オペラ座のダンサーのことについては僕は全員知っていますよ。八菜は素晴らしいダンサーです。テクニックの持ち主で、芸術的センスも良い。それゆえに、パリ・オペラ座でプルミエール・ダンスーズまで上がれたのですからね。美しいし、身体のラインも綺麗。彼女が日本ではとても有名なスターなのだということは、僕も知っています」

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ではファブリスがこう讃える八菜さんに、そろそろ登場してもらおう。シンプルな丸首Tシャツ、ジーンズ、ベージュのトレンチ。足元はレペットの赤いエナメルのバレエシューズと、それに合わせたかのような細身の赤い傘という姿を写真でお見せできないのが残念。化粧っけゼロで、シンプル&スタイリッシュなその姿は、まるで生粋のパリジェンヌといった感じである 。ダンス界に留まらず、ディオールやヴァレンティノといったメゾンからもショーに招かれるのも納得だ。

「日本を舞台にしたバレエがオペラ座にあったなんて知らなかったので、この『ル・レーヴ』の話を聞いてとっても驚きました。いまはリハーサルの段階なので、あまり日本人の女の子として踊ってるという感じが、まだないんです。でも着物のような衣装をつけて、舞台装置などすべて整った中で自然に日本人役に入り込める、と思っています。役づくりがなかなか難しくって……。日本女性としてどことなく遠慮がちな面も保ちながら、観客たちがストーリーを理解できるようにクリアにマイムを上手にやって、といったことをファブリスと研究しているところなんです。振付はピエール・ラコットさんの『パキータ』の動きを、もう少しナチュラルにした感じなんですよ。ファブリスはバレエ作品を一番に大切にする一方で、 私のダンスについてもいろいろ考えていてくれます。こういった面を発展させたほうがいいとか、もっと発展させなければ……といった感じに工夫して、私がダンサーとして成長できる良い経験となるように作ってくれています。以前はあまり考えずに舞台に出て行って、バーン!と踊っていたのですけれど、最近、自分のダンスについて考え直しているところなんです。動きや雰囲気などにおいて私の踊りの新しい考え方の探求を、ファブリスが手伝ってくれていて、それが『ル・レーヴ』に反映されてゆくというの、面白いですね」

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パリ・オペラ座の公演『ラ・バイヤデール』ではエトワールのマチアス・エイマンがソロール役、エトワールのドロテ・ジルベールがニキヤ役、そしてオニール八菜がガムゼッティ役だった。photo Little Shao/Opéra national de Paris

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今回のトリプル・ビルで踊られる第二幕のパ・ド・ドゥはファブリス・ブルジョワによる新演出・振付。新しいガムゼッティが見られる。photo Little Shao/Opéra national de Paris

7月18日は東京で、20日は大阪でガラに参加し、その後京都に向かって、公演の本格的なリハーサルに入る。2年前に『ドン・キホーテ』の公演があったので、滞在の経験がある京都。彼女はどういった感想を持っているのだろう。

「すごく良い街で、好きですね。食べ物が美味しいでしょう。それに、和菓子!!! 人も優しいし、東京よりも落ち着いていて。でも、すっごく暑いんですよね。今回の公演はトリプル・ビルで『ル・レーヴ』と『ラ・バイヤデール』第二幕のパ・ド・ドゥを私とカールが踊ります。そして3つめの『パキータ』は京都バレエ団のダンサー2名とオペラ座のアントワーヌ(・キルシェ)が踊ります。公演の後、アントワーヌと京都を2〜3日観光する予定でいます」

創作の地のパリ・オペラ座でも見ることができない貴重な復元作品の『ル・レーヴ』の公演。関係者が力を合わせ、予算もかけているというのに、たった一度とは実に残念なことだ。7月27日にこのトリプル・ビル公演を見ることができる人はとても幸運である。

有馬龍子記念 京都バレエ団公演~京都・パリ姉妹都市提携60周年記念公演 トリプル・ビル
日時:2018年7月27日(金) 18:30開演
会場:ロームシアター京都
京都市左京区岡崎最勝寺町13
プログラム
『ル・レーヴ』(1890年パリ・オペラ座初演作品の復元)
『パキータ』第二幕よりパ・ド・トロワ
『ラ・バイヤデール』第二幕より(ファブリス・ブルジョワによる新演出・振付)
www.kyoto-ballet-academy.com/a_ballet.php
大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティングエディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は「とっておきパリ左岸ガイド」(玉村豊男氏と共著/中央公論社)、「パリ・オペラ座バレエ物語」(CCCメディアハウス)。

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