シャネルもエディ・スリマンも! クチュリエのダンス衣装。
パリとバレエとオペラ座と。
バレエとオペラのステージ衣装を約1万着所蔵する国立舞台衣装センター(CNCS)は、パリのベルシー駅から列車で2時間25分のムーランという町にある。毎年2つの企画展が開催され、5月3日までは『ダンスのクチュリエたち、シャネルからヴェルサーチまで』展だ。ファッションクリエイターとクチュリエがデザインしたダンスのコスチュームを約130点近く展示している。キュレーターを務めたのは『ダンスのクチュリエから』著者であり、舞踏ジャーナリストのフィリップ・ノワゼット。ネオ・クラシック・バレエとコンテンポラリーバレエの衣装に実に多数のクチュリエたちが関わっていたことを発見し、またこれを着てダンサーは本当に踊ったの?という驚きも。かなり見応えのある展覧会だ。
シャネル、ジャン=ポール・ゴルチエ、ジャンニ・ヴェルサーチ、ディオール(マリア・グラツィア・キウリ)、三宅一生など……あまり知られていないところでは、エディ・スリマンによるコンテンポラリーダンスの衣装も展示されている。フォルム、素材、ディテールなど、オートクチュール並の仕事が見られるコスチュームばかりだけど、これらはダンサーが着て踊るという点が単なるクチュールピースとの大きな違いだ。
中央のガウンとその後方は1992年の『青列車』再演時のもの。1924年にココ・シャネルがバレエ・リュスのためにデザインした衣装が新しく作り直された。
パリ・オペラ座バレエ団の『ブラームス・シェーンベルク四重奏曲』のためにカール・ラガーフェルドがデザインしたモノクロームのロマンティック・チュチュ。
2019年9月に行われたパリ・オペラ座シーズン開幕ガラで踊られたセルジュ・リファールの『Variations』では、6名の女性ダンサーのためにヴィルジニー・ヴィアールが6着をデザイン。これはドロテ・ジルベール着用の衣装。
カール・ラガーフェルドがモンテカルロ・バレエ団の『Jeunehomme』(1986年)のためにデザインしたチュチュ。
オランダ国立バレエ団のJorma Elo創作『Shape』(2014年)のためにヴィクター&ロルフがデザインしたのは四角いチュチュ。半かけチュチュなどとともに、テーマ“フォルム”で展示されている。
マリ=アニエス・ジロがエトワール時代にパリ・オペラ座バレエ団のために創作した『Sous apparence』(2012年)では、ウォルター・ヴァン・ベイレンドンクに衣装デザインが任された。©Laurent Philippe
---fadeinpager---
地上階の大広間、”舞踏会の手帖”と題されエルヴェ・L・ルルー、ジャン=ポール・ゴルチエ、シャネル(ヴィルジニー・ヴィアール)による衣装が導入部をなしている。上のフロアでの展示は、12室を使い8つのテーマで展開。
クチュールの世界にインスパイアされた会場構成は建築家のマルコ・メンカッチによるもので、ガラスケースの中で展示されている1世紀にわたるコスチュームはいまにも動きだしそう。照明の効果も見逃せないディスプレイである。
ローラン・プティの『Rythme de valses』(1994年)のコスチュームは、エルヴェ・L・ルルーがデザインした。エルヴェ・レジェ時代、彼が得意とした帯の要素が見られる。ボリュームたっぷりだが、素材は軽い。
ガレス・ピューによるデザインは『Carbon Life』(2012年)のため。新しいフォルムの追求が見られるコスチュームだ。後方に見えるヴィクター&ロルフの半欠けチュチュも同様である。
バルマンのオリヴィエ・ルスタンがパリ・オペラ座バレエ団の『ルネッサンス』にデザインした豪華なコスチューム。びっしりと刺繍されたパールの数を間近に見ると、あまりの重さにダンサーが驚いたというエピソードにも納得。
右の植物が描かれたボティはディオールのマリア・グラツィア・キウリによる『Utopia』のデザイン。左後ろはモンテカルロ・バレエ団の『くるみ割り人形サーカス』(1999年)のためにジェローム・キャプランがデザインしたコスチューム。
ジャン=ポール・ゴルチェ(左)は10年間レジーヌ・ショピノの作品のためにコスチュームをデザイン。この展覧会でも多数展示されている。右はクリスチャン・ラクロワによるチュチュ。作りがよく見えるよう、少し傾けて展示されている。
モンテカルロ・バレエ団のためにシディ・ラルビ・シェルカウイが創作した『In Memoriam』(2004年)のコスチュームはエディ・スリマンが担当。当時彼がアーティスティック・ディレクターを務めていたディオール オムの2004年のコレクションからの革あるいはウールのプリーツスカートをはいて、男性ダンサーたちが踊った。ダンスの衣装に革を用いた珍しい例だ。
モニターで『In Memoriam』、そして『青列車』の抜粋が流されている。
1991年に始まったウィリアム・フォーサイス作品と三宅一生のプリーツプリーズの関係をひとつのウィンドウにまとめて。イッセイのショーにフォーサイスのカンパニーのダンサーがコレクションを着て登場したこともあり、その映像も会場で流されている。
---fadeinpager---
最後の13室は『モードの劇場』と題され、振付家モーリス・ベジャール×ジャンニ・ヴェルサーチの世界が細長いスペースで展開されている。ヴェルサーチはマドンナやエルトン・ジョンなどのステージ衣装に加え、オペラ、バレエの衣装も多数デザイン。とりわけモーリス・ベジャールとは10前後の作品でコラボレーションを行っている。ミラノのスカラ座にオペラの素晴らしい衣装を作るデザイナーがいると噂を聞き、ベジャールが会いに行ったのがヴェルサーチだった。そして1984年の『ディオニソス』でヴェルサーチは初めてベジャール作品の衣装を担当。1997年に彼が亡くなるまでの間、10以上の作品でふたりのファンタジーが掛け合わされた舞台を作り上げた。展示されているコスチュームのメインは、1993年の『シシー、アナーキスト皇后』でシルヴィ・ギエムが着たピンクの豪華なドレスである。
この部屋ではガラスケース内ではなく細長いスペースにコスチュームを纏ったマネキンが並べられ、まるで舞台を見ているかのようにストーリーが感じられる。天井を複数の鏡が飾り、そこに展示コスチュームが映り込み夢の世界は倍増。マルコ・メンカッチの腕の見せどころといえる会場構成だ。
1989年の『Élégie pour elle、L …aile』のコスチューム。
左がシルヴィ・ギエム着用の『シシー、アナーキスト皇后』のドレス。
舞台を後ろの席から見るのでは絶対に目にできないドレスのディテール。会場でじっくりと鑑賞できる。
手前のドレスは1988年の『Patrice Chéreau(devenu danseur)』のコスチューム。
---fadeinpager---
ヌレエフ・コレクション常設展
CNCSは ヌレエフ・コレクションを2013年から所蔵している。舞台衣装に加え、彼が所蔵した絵画、家具なども含まれた合計3,500点。地上階ではこの所蔵品の中の約1000点で構成された常設展が開催されていて、20世紀の最も偉大なダンサーのアーティスト人生、美学に触れることができる。
ヌレエフが着た舞台衣装。
『ラ・バヤデール』などヌレエフ創作作品の衣装やステージの模型も展示。
会場に入るや、ヌレエフが創作したバレエ作品の世界を思わせる壮麗な空間に驚かされる。それもそのはず。常設展の会場構成をセンターのディレクターであるデルフィーヌ・ピナザとともに担当したのは、ヌレエフの『眠れる森の美女』『ラ・バヤデール』の舞台装飾を手がけたエツィオ・フリジェリオである。ヌレエフが着用した舞台衣装、彼の創作作品の舞台模型、写真などバレエにまつわる展示が続き、最後は彼のプライベート空間へと招かれる。パリ7区、ヴォルテール河岸23番地のヌレエフのアパルトマンのサロンの一部を再現し、版画、オリエンタル・テキスタイル、楽器……彼が生前情熱をかけて集めた品々を展示している。常設展を締めくくるのは、エツィオ・フリジェリオがモザイクでデザインしたキリムが大型旅行鞄を覆うようなヌレエフのお墓の模型。1938年から93年までの、短くも波乱に富んだ55年の人生。汽車の中で生まれ、パリに亡命して、と人生に関わる旅を体験し、キリムを愛してコレクションしたヌレエフへ友人フリジェリオが捧げた最後のオマージュだ。
彼の私服も公開。スーツにストールをかけた彼の外出着が記憶に新しい。
ヌレエフ宅訪問。没後、1995年に彼の所蔵品の大々的なオークションがクリスティーズで開催され、コレクションは散逸した。
併設されているレストラン。クリスチャン・ラクロワによる内装がロマンティックだ。
会期:開催中〜2020年11月1日
CNCS(Centre national du costume de scène)
Quartier Villars, Route de Montilly 03000 Moulins
tel:04 70 20 76 20
開)10時〜18時
休)5月1日
料)7ユーロ (企画展およびヌレエフ・コレクション)
Moulins駅からのアクセス : 徒歩でAllier川にかかるRégemorte橋を渡って、徒歩で約15分。あるいは 駅のバス停Gare SNCF(Moulins)でZone Commerciale Nord(Avermes)行きのバスAに乗り、Médiathéque(Moulins)にて下車。徒歩1分。
madameFIGARO.jpコントリビューティング・エディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は『とっておきパリ左岸ガイド』(玉村豊男氏と共著/中央公論社刊)、『パリ・オペラ座バレエ物語』(CCCメディアハウス刊)。