来日公演後、南国の空気を満喫したオニール八菜の英気。

パリとバレエとオペラ座と。

フランスで外出制限措置がとられている間、かなりの数のダンサーたちがウィークエンドハウス、実家、知人宅など広いスペースや自然を求めてパリを離れていた。6月15日からクラスレッスンが再開されたパリ・オペラ座バレエ団。オニール八菜は顔がほんのり日焼けしているようだ。彼女はこの間どのように過ごしていたのだろうか?

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シーズン2019-20の開幕ガラでセルジュ・リファールの『Variations』を踊ったオニール八菜。シャネルによるコスチュームはダンサーごとに花の装飾が異なり、彼女の花は百合だった。ルラボの香水「LYS 41」を愛用する彼女は、このちょっとした偶然に喜んだ。photo : Opéra national de Paris

必要最低限の品で旅立った島の暮らし。

「3月13日の金曜に、もうじきオペラ座がクローズされ、レッスンもできなくなる!という情報が入ったんです。それで日曜の夜にチケットを買って、月曜には飛行機に乗っていました。滞在先は出発直前にAirbnbの予約を入れ、到着した時にコンファームを知るという慌ただしさ。行き先はマルティニーク島です。どこかに行きたいけれど、あまり遠くには……と私は思ったのだけど、アントワーヌ(・キルシェール)が “パリに絶対いたくない!” と言って。なぜマルティニークだったのかというと、日頃から仲よくしているヤン・サイズ(現オペラ座バレエ学校教師)の知り合いがいるので、何かあっても頼れるし、フランスの海外県のひとつだし、天気もいいし……と。外出制限令がフランスで出る前のことで、ヴァカンス気分でしたね」

このようにして彼女はパートナーのアントワーヌ、ヤン、そして彼のパートナーのレティシア・ガロニ(注:オペラ座ダンサー)とともに、2週間の予定で旅立ったのだ。

「パリに戻ってきたのは6月の最初の週です。帰りのチケットを6回も変更し、マルティニークに2カ月半も滞在したんです。これ、びっくりですよね。ダンサーが怪我でもないのに、これほど長く休むなんて。でも、出発前は来日ツアーがあって、けっこう激しい日々だったのでとってもよい休養ができました。トランクに詰めたのは2週間分の物なので、現地では毎日同じ格好。私、暖かいのは好きだけど、マルティニークはとにかく蒸し暑くって! ほとんど一日中水着でした。でも思いました。人生、本当に必要な物だけあれば大丈夫なんだって」

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昨年の12月はストで多くの公演がキャンセルされたパリ・オペラ座。『ライモンダ』で彼女はヒロイン・ライモンダの友達クレマンス役に配役され、2カ月近くリハーサルを続けたものの、本公演は一度限りで終わってしまった。photo : Svetlana Loboff/Opéra national de Paris

「2カ月半、すごく楽しかった。マルティニークも外出制限中とはいえグリーンゾーンだったので、パリに比べると外でできることも多く、けっこう自由に過ごしていたんです。最初に借りた家は山側で、長期滞在になるとわかった時に景色を変えることにしました。次に借りた海辺の家は島では有名な作家の故エドワード・グリッソンのかつての家だったというアーティスティックな雰囲気が漂うチャーミングな家で、隣には小さなビーチもあって……。日没がとっても早い分、朝は早くから明るいのでパリとは違うリズムの暮らし。パリに戻ったら夜10時ぐらいまで明るくって、それはそれでうれしいですけどね」

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ポジティブ思考で得られた精神的安定。

ダンスのウエアもシューズも持たずに出かけたので、朝のレッスンも水着で。もっとも公演予定もなく目標がない状況なので意欲も湧かず、後半1カ月半は4人揃ってレッスンには消極的になったそうだ。

「2組のカップルが一緒に過ごしていたので、まるで毎晩がミニパーティのよう。楽しい会話がたくさんできました。アーティストとして今後どのような責任を持ってゆきたいか、オペラ座はどのように変わっていくべきか、オペラ座のダンスそのものの将来は……などと話し合って、とても充実していました。こうして前向きに過ごすことができ、レッスンはあまりしてなかったから筋肉は少し衰えたかもしれないけれど、精神的にとても安定した期間を過ごせたので、先に対する不安はまったくありません。これからが楽しみという感じに、2カ月半をこれだけポジティブに過ごせたのはとてもありがたいことです」

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『瀕死の白鳥』

マルティニーク滞在中、アメリカン・バレエ・シアターのプリンシパル、ミスティー・コープランドらが発起人のチャリティプロジェクト『Swans For Relief』への参加をオニール八菜は希望された。これは世界のダンサーたちが『瀕死の白鳥』を踊るビデオによって、ダンサーや芸術を支援するための寄付を募るという趣旨のプロジェクト。目標金額50万ドルで、現在は半額ちょっとまで寄付が集まっている。プロジェクトに共鳴した世界14カ国32名のダンサーが参加し『瀕死の白鳥』を踊る映像は、各自がステイホーム中の居場所から発信。したがって彼女はチュチュならぬショートパンツで、 優美に腕をしならせて白鳥を踊っている。彼女の背後に見えるのはヤシの木々と海という、羨ましくなるほど美しいマルティニークの景色である。

「『瀕死の白鳥』はそれまで踊ったことがなく、だから声がかかった時に、下手なビデオは送りたくないと思いました。でも、ダンスのコミュニティのためにもこれは参加することが大切です。それでFaceTimeでフローランス(・クレール/元エトワール、現バレエ教師)からプライベートレッスンをしてもらうことにしました。これは真のバレリーナが踊るソロ作品というイメージが私にはあって、だからもっとダンサーとしての経験を積んでから、って思っていたんです。やってみて難しかったけれど、よい経験となりました。インターネットでいろいろなダンサーが踊るバージョンが見られますが、フランスのパリ・オペラ座のダンサーらしく躍るようにと、フローランスから言われて……。彼女は先輩エトワールのイヴェット・ショヴィレから教わったディテールをしっかりと記憶しています。それは創作ダンサーだったアンナ・パヴロワのバージョンに近いもので、すごく勉強になりました。機会があったら、舞台でも踊ってみたいけれど、でもまずはスタジオにこもってしっかりと稽古をしてから、と思っています」

白鳥といえば、昨年12月24日にオペラ・ガルニエの広場に面した階段上で『白鳥の湖』の抜粋が踊られたニュースが、世界中を駆け巡った。年金制度改革反対をオペラ座のダンサーらしく、優雅にダンスで訴えようということで有志28名のダンサーが集結。冬の寒空の下、“踊るからには本当の公演のように”という思いから、ほかのダンサーたちが肩を覆っている中、チュチュの上に何も羽織らずに踊ったオニール八菜の凛とした白鳥姿は、大勢の記憶に残るものとなった。

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カルチャーの危機!と劇場の建物にメッセージを掲げ、28名の白鳥が舞った。photos : Mariko Omura

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120%を発揮した来日公演の『ジゼル』

マルティニークに出発したのは、パリ・オペラ座バレエ団の来日ツアーからパリに戻って数日後のことだった。『ジゼル』のミルタに配役されたオニール八菜にとって、これはオペラ座バレエ団のソリストとしての初の日本のステージである。4日間に5回行われた公演の主役は3キャストだったが、ミルタ役を踊るのは彼女ひとり。心に悲しみを秘めつつウィリたちの長としての威厳を見せ、そして優美ながら高々とした飛躍で舞台空間を満たし、初回から最終回まで彼女は観客を酔わせ続けたのだ。

「パリ・オペラ座のダンサーとして日本でフレンチスタイルを見せるということの責任感から、1月にあったパリでの公演より東京でのほうが同じミルタ役でも少し緊張がありましたね。来日公演の配役を知った時は、5回も無理!って思ったけど、やってよかったと思っています。リハーサルも含めると東京では合計7回踊ったことになりますけど、やるほどに緊張感がほぐれていって。リラックスすると疲れもとれるので、あ、もうちょっといけるなって……毎回それは楽しかったですね。いちばん辛かったのは、4回目の公演。その日のマチネで3回目を踊って、これ以上高く飛べない、もうリミットだって感じました。大変だったけど5回目を踊り終えた時は達成感があり、とってもうれしかった。自分を120%発揮してる、ということが自分でもわかって……とてもよい経験ができました。

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photo : Michel Lidvac

5回の公演で私はすべての配役、つまり3組のキャストと舞台をともにしました。これは1シリーズにおいては、稀なことですね。もちろんどの作品でも言えることですが、対するダンサーが異なるとこちらの役作りにも変化があります。この『ジゼル』では、ミルタはジゼルよりアルブレヒトとの視線のやりとりが多いので、ジゼルより3名のアルブレヒトの違いを強く感じました。『ジゼル』に限りませんが、こちらから何か訴えた時、役の解釈を深く掘り下げ、ストーリーの大切さを理解している経験豊かなダンサーたちが相手だと返ってくるものが全然違います。たとえば、マチュー・ガニオやマチアス・エイマンといったダンサーたち……。向かい合うダンサーとの間にコネクションがないと難しいもので、たとえ客席から見て私は立っているだけのように見える時でも、相手のちょっとした視線やジェスチャーに役作りの面で私はとても助けられるんですよ」

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ジルベール/ガニオ組(写真)を含む3つのキャストと踊ったオニール八菜。photo : Michel Lidvac

東京滞在中のオフタイムは、お寿司やおそばなど仲間たちと和食を味わい、新しいレストランを発見。『ジゼル』と次の公演『オネーギン』の合間には、ジェルマン・ルーヴェとユーゴ・マルシャンとともに軽井沢への小旅行に出かけた。3月なのでまだ寒い盛りだったが、温泉につかり、散歩をし、おおいにリラックスでき、とても楽しい滞在だったと述懐する。和菓子好きで知られる彼女なので、来日のたびファンたちから差し入れされる和菓子をおいしくいただくことになる。今回知った新しい美味は、かりんとうのおまんじゅうのようなお菓子だとか。

8月半ばには彼女はオペラ座の仲間たちと、『オペラ座vsロイヤル  夢の競演<バレエ・スプリーム2020>』で再び来日する予定だったが、公演中止が発表された。

「前回もこの公演には参加していて、今年もすごく楽しみにしていたんです。パ・ド・ドゥにはとりかかっていなかったけれど、公演最終日のスプリーム・ガラで踊られる『ライモンダ』第3幕は稽古も始めていました。いまの時期は残念なことが多いですね。でもその分良いことがあることを願っています」

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これから……。

来日ツアーからパリに戻ったら、彼女は2021年3月の公演『赤と黒』の創作ダンサーとして創作担当のピエール・ラコットとスタジオで過ごすことになっていた。これはタイトルから察せられるようにスタンダールの同名の小説が原作で、美貌の野心家ジュリアン・ソレル役はジェルマン・ルーヴェ、そして彼女はレーナル夫人役。舞台セットやコスチュームもピエール・ラコットによるもので、音楽はジュール・マスネである。久々にパリ・オペラ座でラコット作品が見られる機会だったのだが、あいにくと年金制度改革反対のストによる公演キャンセルが続いたオペラ座では予算の都合上、創作そのものが延期となってしまった。中止ではなく延期ということだが、さて、シーズン2021〜22にプログラムされるのだろうか?

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振付家ピエール・ラコットの深い信頼を得ているオニール八菜。スジェの時代にすでに彼の『パキータ』の主役を任されている。パートナーはエトワールのマチアス・エイマンだった。photo : Laurent Philippe/ Opéra national de Paris

「来日ツアー中、“小説を読まなきゃね”ってジェルマンとお互いに言っていて、“もう始めた?”って毎日のように相手に探りを入れてました(笑)。私は英語で読みました。私が演じるレーナル夫人って洗練された面のある女性で、どのように役作りしていけるのだろう、おもしろい仕事になりそうだって感じていました。といっても、まだこの件でラコットさんと一度もお話する機会がないのです。原作は古いものだし難しいかもしれないと思っていたけど、この外出制限期間中にフランス語で少し読み始めてみたところ、あ、大丈夫かもって……勇気を出して、フランス語でも全部読んでみようかなっていま思っています」

シーズン2020〜21の終わりに予定されていたパリ・オペラ座の2つの劇場の工事が、劇場封鎖のこの時期を利用して今年の7月からと前倒しされた 。オペラ・バスティーユの工事は11月半ばまでと発表されているので、12月に予定されている『ラ・バヤデール』の公演が行われることになる。発表されている日程に変更があるかもしれないにせよ、これが今シーズン初のパリ・オペラ座バレエ団の舞台だ。『ラ・バヤデール』が前回踊られたのは2015年の11月半ばから12月末までで、オニール八菜はガムザッティ役だった。ちなみにその時の主人公のニキヤ役はドロテ・ジルベール、ソロル役はマチアス・エイマンである。

「ガムザッティ役はとても好き。一度踊った役の中でまた踊れたら、って願う役のひとつです。2回目に踊ると、また違いがある役だと思います。それにテクニック的にめちゃくちゃ難しい役なので、若いうちにもう一度チャレンジしたいんです。 もし年末に公演があるなら、ぜひこの役に配役されたいです。ミルタに続いて、また強い女の役ですけど……」

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ヌレエフ版『ラ・バヤデール』でマチアス・エイマンを相手にガムザッティ役を踊ったオニール八菜。今年の年末、公演は行われるだろうか? 再びこの美しい飛翔を見ることができるだろうか? photo : Little Shao/ Opéra national de Paris

オペラ座でクラスレッスンが再開された、といっても衛生上とても厳しい条件下で行われている。男女別で、1グループの構成はアルファベット順に組み合わせた10名。2日間でローテションが組まれていて、各ダンサーが週に3回レッスンに参加できるという状況だそうだ。本格的再開まではまだまだ時間がかかることだろう。

「パリに戻ってから、知り合いの小さなスタジオを借りてレッスンを始めたんです。フローランスにコーチしてもらい、今朝も友達と一緒にレッスンを受けました。久しぶりにバーを掴んだ時、 本当にうれしかったですね。マルティニークの家や自宅のキッチンでするのと違って、バーが動かない! 固定されたバーにつかまってのレッスンはとてもうれしいです」

マルティニークではロッククライミングに初挑戦した。しなやかな身体をもつダンサーゆえ、かなり上手くでき、おおいに楽しんだそうだ。これはまたやりたいことのひとつとなっている。そして、運転免許の取得も目指す!と目を輝かせるオニール八菜。ダンサーとして、そして女性として健やかに日々前身している様子が清々しい27歳だ。

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外出制限中のフランス、ジェルマン・ルーヴェの過ごし方。

大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティング・エディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は『とっておきパリ左岸ガイド』(玉村豊男氏と共著/中央公論社刊)、『パリ・オペラ座バレエ物語』(CCCメディアハウス刊)。
Instagram : @mariko_paris_madamefigarojapon

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