奇跡のようなラストが待つ、父娘の愛と再生の物語。

Culture 2017.08.25

人の心を癒やす力の持ち主が背負うもの、闘いのエネルギー源。
『君はひとりじゃない』

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母の死以来、娘は父への怒りを溜めて食を拒む。人の背後を見据えるようなセラピスト、アンナの孤影が鮮烈。ベルリン国際映画祭銀熊賞(監督賞)受賞。

 すれ違い、疲れ果てた娘と父が、再び出会い直すまでの茨の道。それを成し遂げたのが凄腕セラピストのアンナ。実は、セラピーを成功に導いたのは意図せぬ「偶然」だった、という希望あふれる結び方。多くの人の目にはそう映るだろう。心の裏側を見ることが常態と化した私には、まったく違う世界が広がっていたのだ。大切な死者のメッセンジャーとしてふるまうような奇抜な方法を、なぜアンナは用いるようになったのか。そこに至る過程にアンナ自身の引き裂かれた心が浮かび上がり、容赦なく私を痛めつけたのだった。
 大切な人との離別が残すのは耐え難く深い孤独。この不可避な現実をふつうに生きられるほど人は強くない。「私はひとり」の絶望から逃れるためにアンナが無意識に選択したのが、あの奇抜な「寄り添い」なのである。アンナはこうして自身を煩悶から解放し、同じように引き裂かれた仲間たちに「ひとりじゃない」と証明し救うことにエネルギーを注いでいる。それを止めるのは、アンナを再び絶望の淵に落とすことに他ならない。
 この作品には客観世界と主観世界が交錯して描かれ、観る人から本質に迫ることを妨げる点でトリッキーだ。私が気付きかけたのも2度目の鑑賞のあとだった。実際に、人の心を癒やす力を発揮しているその人こそが深い闇を背負いながら、闘いのエネルギー源に転換し活かしてい ることは少なくない。サイコセラピーの専門的眼差しによって味わい深さが増したのだが、一般の人には裏側を疑いつつ、「君はひとり」と「君はひとりじゃない」の背反世界が並行しているのを探ってほしいと思った。

文/長谷川博一(臨床心理士)

心理療法から子育て支援、刑事裁判の心理鑑定まで、活動は多岐に及ぶ。著作も多く、話題作に『お母さんはしつけをしないで』(草思社文庫)。こころぎふ臨床心理センター代表。
『君はひとりじゃない』
監督・脚本/マウゴシュカ・シュモフスカ
出演/ヤヌシュ・ガヨス、マヤ・オスタシェフスカ
2015年、ポーランド映画   90分
配給/シンカ
シネマート新宿ほか全国にて公開中
http://hitorijanai.jp

*「フィガロジャポン」2017年9月号より抜粋

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