女性監督が世界に贈る愛の物語『しあわせの絵の具』。

インタビュー

カナダの荒涼とした海辺の村。4メートル四方の電気も水道もない小屋に住み、若年性リウマチで曲がった手で絵筆を握り、愛らしい絵を書き続けたモード・ルイス。早くに両親を亡くし、障害により内気なモードは、やはり孤児で独りぼっちのエベレットという生涯の伴侶を見つける。そして窓から見える荒涼とした景色を、花が咲き、鳥や鹿が戯れる命きらめく風景として描き続けた。

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『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』より、モード・ルイスを演じるサリー・ホーキンス(右)と夫エベレット役のイーサン・ホーク(左)。

実在の画家モード・ルイスを描いた映画『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』が公開された。目下『シェイプ・オブ・ウォーター』(2017年)でも大注目の女優サリー・ホーキンスとイーサン・ホークとともに、モード・ルイスの愛すべき魂と驚くべき人生を蘇らせた英国人監督アシュリング・ウォルシュに製作秘話を聞いた。

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アシュリング・ウォルシュ監督

———監督は映画以前に絵画を学んでいたそうですが、このモード・ルイスという画家については以前からご存知だったのでしょうか。

「いいえ、映画化の話をもらって初めて知った画家でした。脚本に惹かれ、すぐにリサーチを始めたのですが、そのとき年を重ねたモードが微笑んでいる1枚の写真にひと目惚れしたのです。

世界の果ての小さな小屋で40年間にわたって、どうやって絵を描いていたのか。どんな日々を送っていたのか。映画作家として、女性アーティストを主人公にした素晴らしい物語がここにあると直感しました。サリー・ホーキンスに出演を打診し、写真を送ったら、彼女も同じことを言っていました。そして、この人を演じずにはいられないと」

———モードの日々の暮らしは、どのようにリサーチをしたのですか。

「映画の最後にモノクロのフッテージ(映像素材)が映し出されますが、あれはカナダのCBCが作った30分もののドキュメンタリーなんです。あのフィルムをきっかけに、モードは世界に名が知られるようなった。そこには、彼女が1日に何点描くのか。窓辺に座り、外の景色を見て、いろいろな景色を盛り込んで創作していること。そして、なぜそうするのかをぽつりぼつりと話していて、彼女を知るヒントとなりました」

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モードを演じるサリー・ホーキンスがウォルシュ監督の作品に出演するのはTVドラマ「荊の城」(05年)に続いて2作目。本編で壁や窓に絵を描くシーンでは実際にサリーが描いており、撮影に使われた絵画のいくつかも彼女の作品という。

———窓の外には荒涼とした風景が広がっているのに、モードが描くと、色とりどりの花が咲き、鳥や動物が愛らしい姿を見せる。まるで不思議な眼鏡をかけたかのように、彼女が描く世界は生命の喜びがあふれていますね。

「本当に驚くべきことです。彼女は生涯で、自分の家から30マイル(1マイルは1.6キロ)以上を旅をしたことがない。ときにはエベレットと車で外出することもあって、歳を重ねて動けなくなってからは、窓の外が彼女の世界のすべてだった。それに新聞や雑誌で絵を観たかもしれないけれど、本物の絵を実際に観たこともなければ、アートギャラリーや美術館に行ったこともない。彼女の絵にしばしば登場する青い鳥のモチーフも、お菓子の缶にプリントされていたものかもしれない。とにかく彼女の作品には彼女自身の個性があふれている。

ドキュメンタリーの中で、頭痛がするときは1点しか描けないけれど、そうでなければ3点ぐらい描くの、と話していて、年老いているけれど笑顔で、とても軽やかで。彼女の見る世界には愛があふれていたんです」

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“Snowball” by Maud Lewis. Courtesy of the Art Gallery of Nova Scotia, all rights reserved.

>>次ページ:サリー・ホーキンスだからできた作品。

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世界が注目する『シェイプ・オブ・ウォーター』の見所は?

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サリー・ホーキンスだからできた作品。

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ロンドン出身のサリー・ホーキンスは、カナダ・ノバスコシアの方言やモードの話し方をマスター。また、特有の身体の動きを再現するためにダンスのレッスンも受けてモードになりきった。

———周りから疎外されていたモードは、エベレットと出会い、創作の場を見つけます。一方、ファンタジー映画の『シェイプ・オブ・ウォーター』でも、サリー・ホーキンスはハンディのあるヒロイン役で、孤独な中で運命の人を見つけるというのは不思議な符号ですね。

「エベレットは貧しい家庭に生まれ、口減らしのために孤児院に。モードとエベレットは捨てられ、求められないという経験をともにしてきて、お互いを見つけ、出会ったことで生き延びることができた。モードが自分で描いたクリスマスカードを町で売っていると、子どもたちにからかわれ、石を投げつけられていたと証言した人もいました。でも村社会から孤立した生活だったかもしれないけれど、ふたりは一緒に生きることができた。

『シェイプ・ザ・ウォーター』のサリーの役は風変わりで、口がきけない女性のヒロインで、やはり孤独な中で運命の人を見つける。サリーが1年に2本、同じような役を演じているのは面白いわよね。『完成したので、早く観てください!』と、彼女に急かされて観たましたよ」

———『しあわせの絵の具』も『シェイプ・オブ・ウォーター』も、サリー・ホーキンスだから体現できた映画だと思いました。

「今回も脚本を10ページくらい読んだところで、サリーの名前を思い描いていました。彼女ならこの役ができると。彼女は演技をしないで、そのキャラクターとしてその場に存在できる、その場で完全に自分をなくす能力を持っていて、そこが彼女の素晴らしいところ。

そして私が彼女との仕事を好むのは、私たちのディテールへの興味の持ち方、ゆっくり、じっくり時間かける準備の仕方がとても似ているから。この作品でも、モードは絵筆の持ち方ひとつにもこだわって、そこに到達するのに時間がかかる。でもそこはお互い理解しているから、共同作業がうまくいく。監督によっては、そんな準備に時間をかけなくてもよいという人もいるけれど、サリーは1年間かけて絵を描く準備をしてくれました。

彼女は現代ものなら強さを秘めた女性も演じられるし、演じる映画によってまったく異なる雰囲気を醸し出せる。『ブルージャスミン』(13年)、「荊の城」(05年/TVドラマ)、『しあわせの絵の具』、どれもまったく違う人物に見えるでしょう? しかも演技をしていると全然感じさせない。そこがいちばん好きなところかしら」

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エベレットを演じたイーサン・ホークは本作について「大人の恋愛を描いた作品は最近とても少ないけれど、本作は過去にない美しいラブストーリーだ」と絶賛。

———今回、心の奧には優しさがあるものの、長年の孤独な暮らしが祟って、優しさを表現できない。そんな不器用なエベレット役を演じたイーサン・ホークもまた素晴らしかったです。

「監督として観客には、嫌な奴だなと思うエベレットを最後には好きになってほしいという思いがありました。モードが彼に恋をし、惚れ、愛が深まってゆくのと同じ経験を観客にもしてもらいたかったのです。そうした道のりの映画なので、イーサンの仕事は非常に大変でした。

実際にエベレットに会ったことがある人たちは、気難し屋で、いつもブツブツ文句を言っていたと語っています。絵を買いに来た人がモードと写真を撮りたがることにも嫉妬があったようです。でもハリファックスのミュージアムの映像には、彼女亡き後、『モードが亡くなって、鳥たちがうちに来なくなった』と語るエベレットの映像が残っていて。彼もまたいろいろな思いを抱えていたのでしょうね」

———映画の風景描写には、アンドリュー・ワイエスの絵画からインスピレーションを受けたそうですが。

「最終的にカットされてしまいましたが、モードが『クリスティーナの世界』のように草の上に身を横たえているシーンも撮りました。私は昔、絵を学んでいたので、最初にシーンを思い浮かべる時も、絵や写真からイメージすることがあります。でも今回も、視覚的に絵をそのまま再現するのでなく、ワイエスが描く孤独や寂寥感を作品に取り込みたかったのです」

Aisling Walsh
1958年生まれ。アイスランド・ダブリン出身。イギリスのthe National Film and Television Schoolで映画制作を学ぶ。卒業後はイギリスを拠点に映画やTVドラマの制作に携わる。03年に制作した『Song for a Raggy Boy』が世界の映画賞に14部門受賞、6部門ノミネートされ高い評価を受ける。主な監督作品は、サリー・ホーキンス主演のTVドラマ「荊の城」(05年)、「An Inspector Calls」(15年)など。

現在、カナダ大使館にてモード・ルイスの映画展を開催中!
『「しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス」映画展』
期間:開催中〜3月29日(木)
会場:カナダ大使館 高円宮記念ギャラリー
東京都港区赤坂7-3-38
入場無料
共催:松竹
●問い合わせ先:カナダ大使館広報部
Tel:03-5412-6304
TOKYO.CC@international.gc.ca
http://www.canadainternational.gc.ca/japan-japon/events-evenements/maud-lewis.aspx?lang=jpn

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モード・ルイスが描いた、愛らしい絵画たち。

『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』
●監督/アシュリング・ウォルシュ
●2016年、カナダ・アイルランド映画
●116分
●配給/松竹
●後援/カナダ大使館、アイルランド大使館
© 2016 Small Shack Productions Inc./ Painted House Films Inc./ Parallel Films (Maudie) Ltd.
http://shiawase-enogu.jp
3月3日(土)より、新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ、東劇ほか全国にて公開。

interview et texte : REIKO KUBO

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