河瀨直美監督インタビュー〈前編〉
世界の映画祭で注目される、河瀨直美監督作をいま一度。
インタビュー
12月24日から2020年の1月19日まで、東京・京橋の国立映画アーカイブで、日本国内では初めての大規模な回顧展となる『映画監督 河瀨直美』が開催される。
18歳でカメラを手にした河瀨直美は当初、自分の身の回りの愛おしい者を映像に収め、奈良・奥吉野の失われていく共同体を題材にした長編第1作『萌の朱雀』(1997年)では、史上最年少でカンヌ国際映画祭のカメラドール(新人監督賞)を受賞した。
河瀨直美監督は徹底した自我の探究と日本の風土、自然、文化をとらえた作品によって、国際的に高い評価を受けている。このたび国内初となる大規模な特集上映を開催。photo : Dodo Arata
その眼差しは当初の「私」から、キャリアを積むにしたがって「私とあなた」、そしてここ数年は「私の知らない誰かの痛み」へと大きく広がってきた。2020年には東京2020オリンピック競技大会の公式映画監督にも就任し、新しいフェーズを迎える。劇映画とドキュメンタリー、フィクションとノンフィクションの壁を自在に行き来してきたその歩みと展望を聞いた。
『萌の朱雀』1997年 95分
●監督・脚本/河瀨直美 ●出演/國村隼、尾野真千子、和泉幸子、柴田浩太郎、神村泰代、向平和文、山口沙弥加 ©WOWOW+BANDAIVISUAL
●上映日時/2019年12月24日(火)19:00、2020年1月5日(日)13:00
---fadeinpager---
描かれてこなかった女性像。
――河瀨監督のフィルモグラフィを眺めていて、たとえば女性の出産という題材にしてもまったく違う立ち位置から作品にしていて、何てユニークなんだとあらためて思いました。03年の劇映画『沙羅双樹(しゃらそうじゅ)』では監督業に加え、登場人物のひとりとして出産の場面を演じ、06年の『垂乳女 Tarachime』では自身の出産をドキュメンタリーとして映像で記録。10年の『玄牝―げんぴん-』では実在の医院に密着して、さまざまな立場の女性の出産前後の日々をドキュメンタリーにしています。撮る側と演じる側、見つめる者と見つめられる者、フィクションとノンフィクションを行き来しながら、女性の人生をいろんな目線から撮影している。こういうことをしている人は世界でもなかなかいないですよね。
これまでそんなに自分の作品を系統立てて俯瞰で見たことがなく、その都度、目の前に現れるテーマに向き合ってきた結果なんです。初期の段階から家族をテーマに描き続けているのは間違いない。でも、高らかに女性性を謳うのではなく、たとえば自分の足のサイズが23.5cmであるという事実と同じように、自分に備わったものとして女性性を描いてきたと思います。その意味では、常に等身大。その時々の自分しかできないことをやってきたつもりです。
『沙羅双樹』2003年 99分
●監督・脚本・出演/河瀨直美 ●出演/福永幸平、兵頭祐香、生瀬勝久、魚谷剛生、山本将司、芝田和美、杉本千穂、樋口可南子 ©2003「沙羅双樹」製作委員会
●上映日時/2020年1月7日(火)15:00、11日(土)16:00
いまお話に出た3本の前に、『火垂(ほたる)』(2000年)という作品で、20代で望まぬ妊娠をし、子を堕ろすという選択をする主人公を描きました。彼女は自分の肉体をどこか持て余していて、女性の子宮のような窯を作っている陶芸家の男性と出会い、最後にその窯を破壊する。壊すことで、新しい世界の到来を期待していたという感覚が自分にもあったんですけど、その時、カメラマンをはじめ男性スタッフから「いつか子どもを持てば、河瀨は何かが変わると思うよ」と言われたんです。当時は、そんなことないんじゃないかという思いはあったけど、実際、子どもを産んでからは、これまで恋人がいても親がいても、やっぱり自分がいちばんだったけど、自分を二の次にするほどの者に出会ったという感覚を持ったのです。そこから自分と世界との関係性は変わりました。そういう意味では、ずっと女性の肉体、性というものを描いてきた流れがあるかなと思います。
『玄牝―げんぴん-』2010年 92分
●監督・撮影/河瀨直美 ©kumie inc.
●上映日時/2020年1月9日(木)15:00、19日(日)13:00
---fadeinpager---
――河瀨監督がオリジナルで作り出してきた女性像の中には、従来の日本映画史の女性像の枠から大きく跳びはねるものも多く、たとえば世の一般的な価値観からは理解されず、批判を受けるようなヒロイン像も少なくありません。社会的な通念から外れてしまう瞬間や選択は実際にあるはずなのに、スクリーンにあまり写されず、黙殺されてきた。そんな女性の欲求を表に出してきたことをどうとらえていますか?
『火垂』の公開当時はジャン=ジャック・ベネックスの『ベティ・ブルー 愛と激情の日々』(1986年)と比べられ、狂っていると言われたんです。男性のすごく大切にしているものを自らの手で壊しちゃう、日常そのものを破壊する衝動。それが『朱花(はねづ)の月』(2011年)で大島葉子さん演じるヒロインや、『2つ目の窓』(14年)で渡辺真起子さんが演じる母親の行動としては不倫という形になる。女性の中にも隠し通せない欲求、欲望があって、それを秘密裡に進める場合もあるけれど、自分の映画の中では必ずそれが第三者に露呈してしまい、その先の日常をどう生きていくのかを描いています。
『火垂』2000年 164分
●監督・脚本・撮影・録音/河瀨直美 ●出演/中村優子、永澤俊矢、山口美也子、光石研、北見敏之、杉山延治、柳東史、武村瑞穂 © 2001 J‐WORKS FILM INITIATIVE
●上映日時/2020年1月10日(金)17:30、15日(水)15:00
『朱花の月』のヒロインは古代色の染色をしている女性ですが、彼女が染める朱花(はねづ)の朱の色は卑弥呼や持統天皇など、時の女帝が最も好んだ色といわれ、持統天皇は自らの棺の中も全部その朱で染めたといいます。ところが、その朱色は古代色の中ではいちばん経年劣化の影響を受けて、褪せやすいんです。権力を持った女性が手にしたいと願った色は永遠ではない。だからこそ、逆に染め上げようとしたのかもしれない。女性が生きている中で、とても熟して、欲望も感性も肉体も何もかも花開く瞬間に、いま側にいるひとりの男性よりももっとすごい人に出会ってしまったら、ストップはかけられないと思って描きました。
『朱花の月』2011年 91分
●監督・脚本・撮影・編集/河瀨直美 ●出演/こみずとうた、大島葉子、明川哲也、麿赤兒、小水たいが、樹木希林、西川のりお、山口美也子、田中茜乃介 ©2011「朱花の月」製作委員会
●上映日時/2020年1月9日(木)19:00、17日(金)15:00
『朱花の月』のヒロインである染色家の加夜子(大島葉子)は、朱花という色に魅せられている。
『2つ目の窓』
●監督・脚本/河瀨直美 ●出演/村上虹郎、吉永淳、杉本哲太、松田美由紀、渡辺真起子、村上淳、榊英雄、常田富士男 ©2014 "FUTATSUME NO MADO" JFP, CDC, ARTE FC, LM.
●上映日時/2020年1月14日(火)19:00、18日(土)15:30
>>後編はこちら。
河瀨直美 Naomi Kawase
生まれ育った奈良を拠点に映画を創り続ける。一貫した「リアリティ」の追求はドキュメンタリー、フィクションの域を越えて、カンヌ国際映画祭をはじめ、世界各国の映画祭での受賞多数。代表作は『萌の朱雀』(1997年)『殯の森』(2007年)『2つ目の窓』(14年)『あん』(15年)『光』(17年)『Vision』(18年)など。世界に表現活動の場を広げながらも故郷奈良にて、10年から「なら国際映画祭」を立ち上げ、後進の育成にも力を入れる。東京2020オリンピック競技大会公式映画監督に就任。最新作『朝が来る』は2020年初夏全国公開予定。
www.kawasenaomi.com/kumie
Instagram: @naomi.kawase
会期:2019年12月24日(火)〜12月27日(金)、2020年1月4日(土)〜1月19日(日)
会場:国立映画アーカイブ 長瀬記念ホールOZU(2F)
東京都中央区京橋3-7-6
休)月、2019年12月28日(土)〜2020年1月3日(金)
入場料金:一般¥520(定員308名、各回入替制・全席自由席)
*初日に河瀨監督のトークイベントを行うほか、会期中には河瀨監督やゲストによるトークイベントを多数実施。
www.nfaj.go.jp/exhibition/naomikawase201911
【関連記事】
ヌーベルバーグのフィアンセ、アンナ・カリーナの軌跡。
ドキュメンタリーの巨匠が撮る、若き看護師たちの奮闘。
ケン・ローチが引退を撤回しても描きたかった物語とは?
interview et texte : YUKA KIMBARA