各テーマ曲にも注目を。アカデミー賞4冠『シェイプ・オブ・ウォーター』
Music Sketch
第90回アカデミー賞で最多13部門にノミネートされていた『シェイプ・オブ・ウォーター』が作品賞、監督賞、美術賞、作曲賞の最多4冠に輝いた。この映画は大好きなアレクサンドル・デスプラが音楽を担当していると知って(『グランド・ブダペスト・ホテル』で第87回アカデミー賞作曲賞受賞)、それだけで観たいと思った映画だ。そして試写と劇場とで2回観た。
■ギレルモ・デル・トロ監督が子どもの頃から温めていたアイデア
この映画は、『パンズ・ラビリンス』や『パシフィック・リム』などで知られる鬼才ギレルモ・デル・トロ監督が、原案・製作・脚本・監督を担当するほど子どもの頃からアイデアを温めていた入魂の作品だ。「メキシコからの移民で疎外され、子どもの頃からTVドラマに登場する怪獣だけが友達だった」と話す監督は、TVで観た『Creature from the Black(大アマゾンの半魚人)』(1954年)をきっかけに、長年にわたり“半魚人”を主人公にしたラヴストーリーの映画を作りたいと考えていたという。そして人間を邪悪な闇の力という設定にしつつ、役者を事前に想定してこの脚本を書いた。
アメリカ政府の機密機関の航空宇宙センターでの情報合戦。
舞台は1962年に設定。ケネディ大統領が暗殺される前年で、ファーストレディだったジャクリーンがファッション・アイコンになり、ワンピースとパール使いが流行したり、キャデラックやリンカーンなどアメリカ車の黄金期を迎えたりするなど経済が好調な一方で、アメリカとソ連は冷戦で互いを仮想敵国と想定し、核兵器開発と宇宙開発を競い合い、アメリカ国内も公民権運動で揺れている時代でもあった。
そのセンターで、イライザ(サリー・ホーキンス)は“彼”に出逢う。
アマゾンの奥地で神のように崇められていたという、デル・トロ監督が創り上げたクリーチャー(謎の生き物)の“彼”は、捕獲されてアメリカまで運ばれ、解剖を計画されるなど宇宙開発競争に利用されそうになる。ゆえにデル・トロ監督らしいダークな場面も多い。一方、主人公のイライザは孤児で、幼少期のトラウマから言葉を発することができない女性。彼女が住む部屋は映画館の上にあり、彼女にとって心地良い空間であるインテリアや佇まいは『アメリ』の世界を想起させるほど素敵だし、音楽好きでグレン・ミラーやベニー・グッドマンを愛聴し、ダンスも得意。また、唯一の理解者である隣人の売れないゲイの画家ジャイルズや友人である黒人ゼルダの存在が、イライザと同じように社会から酷遇される立場にいながらも、彼女の心を和ませている。メキシコ移民のマイノリティとしてアメリカで活動しているデル・トロ監督が、子どもの頃から大好きなクリーチャーをファンタジー溢れるロマンチックなラヴストーリーの王子として描きつつ、社会問題にも言及している映画になっているのだ。
友人ゼルダを演じるのは、活躍めざましいオクタヴィア・スペンサー。
■デスプラはイライザと“彼”の声になるようにスコアを作曲
神秘的な部分にロマンスとサスペンス、アメリカの現状を批判する要素も輪をかけていき、ラストまで気を緩めることができない作品だ。アカデミー賞で美術賞も受賞したように、1962年のアメリカといいつつ、ディストピアからファンタジーの世界へと導かれるような不思議な雰囲気が常にスクリーンに漂っている。そしてその展開の中には笑いが必ずあり、デスプラの音楽が感情を温かく踊らせる。ここで違うタイプの音楽が流れていたら『シェイプ・オブ・ウォーター』の印象は大きく変わっていたと思う。そのくらい音楽の存在が大きい。
イライザが住むのは映画館の上。
イライザのバスルームでの映像にも注目したい。
サウンドトラックを聴いて耳に残るのは、先ずアコーディオンの旋律だ。オフィシャルの資料、ロンドン映画祭やBritish Academy Film Awards等でのインタビューによると、デル・トロはデスプラの音楽スタジオを訪れ、最初に主要キャラクターにそれぞれテーマ曲を作ることにしたという。イライザに関してはデル・トロが生き生きとしたリズムのあるワルツを提案し、デスプラはそのアイデアを活かすためにアコーディオンを提案、さらにデル・トロは口笛を加えることを思いついたそう。また、イライザが言葉を話さない分、多くの違う色をつけて楽器で物事を伝え、音楽的に口数を多くした。“彼”のテーマである「The Creature」では、オーケストラの編成を12人のフルート奏者に変え、弦楽器とフルートだけで水の持つ流動性や透明性という特徴を表し、続く「Elisa’s Theme」などではパールのような性質を持った楽器として、ピアノやハープ、ヴィブラフォンを加えたそうだ。
デスプラは音楽がイライザと“彼”の声になるように、常にラヴストーリーであることを念頭に置きながら心に響く曲作りに徹した。また、“感情を無理に入れない作曲家だから”と、ニーノ・ロータ(フェデリコ・フェリーニの作品で有名)やジョルジュ・ドリュー(フランソワ・トリュフォーの作品で有名)のアプローチを採用し、感傷的にならない、穏やかで温かみのある音楽を心がけたそうだ。ふたりのラヴシーンに流れる「Underwater Kiss」は「Elisa’s Theme」をモチーフとしたヴァリエーション、「The Silence Of Love」もオープニングの「The Shape Of Water」のヴァリエーション。同じ旋律が流れてくることで安堵感を覚える一方で、ある感情の変化が音楽によって揺れ動き、体温を変え、広がっていくのが伝わってくる。ソプラノ歌手ルネ・フレミングが歌うスタンダード・ナンバー「You’ll Never Know」は主題歌ながら2ヴァージョンあり、特にラストからエンドロールにむけて満たされるように流れていくゴージャスなジャズ・コンボのアレンジには、デスプラならではのウィットが効いている。
■メキシコ出身の監督がクリーチャー作品で作品賞受賞の快挙!
ネタバレは避けたいので細部やストーリー展開については書かないけれど、観終わったばかりなのに、また観たくなる奥の深い作品だ。トランプ大統領はメキシコとの国境に障壁を作り、移民の取り締まり強化などを命令してきたが、そのような政権の下でギレルモ・デル・トロ監督が社会問題にも言及したこの映画で作品賞と監督賞を受賞したのは大変意義のあることだ。「映画には国境ははない」と語った監督のスピーチも印象的だった。しかも、これまでゴジラやバットマンなどがアカデミー賞を受賞することはなかっただけに、半魚人というクリーチャーとのラヴストーリーが受賞したことも映画界が歓喜に湧く瞬間となった。衣装や美術、撮影などスタッフの尽力あってのことながら、気品と色気に溢れた魅力的な“彼”を演じたダグ・ジョーンズのように、近い将来クリーチャーの中に入った俳優が受賞することもあるだろう。
ノミネート作品はどれも素晴らしい作品ばかりだが、音楽面でいえば、『シェイプ・オブ・ウォーター』は楽曲を聴いているだけでも幸せな気分に包まれる素敵なサウンドトラックだ。聴いて、観て、また聴いて、また観て……、ずっと繰り返していたくなる映画が、今年のアカデミー賞の主役となった。
オリジナル・サウンドトラック『シェイプ・オブ・ウォーター』
ゴールデングローブ賞でも監督賞と作曲賞を受賞
●監督・脚本・製作・原案/ギレルモ・デル・トロ
●出演/サリー・ホーキンス、マイケル・シャノン、リチャード・ジェンキンス、ダグ・ジョーンズ、マイケル・スタールバーグ、オクタヴィア・スペンサー
●2017年、アメリカ映画
●124分
●配給/20世紀フォックス映画
全国公開中
© 2017 Twentieth Century Fox
www.foxmovies-jp.com/shapeofwater/
*To Be Continued