『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』に描かれるグザヴィエ・ドランの美学。
心に響く、映画体験。
家でも外出先でも映画が観られる時代になったけれど、照明が落ち、予告編に続いて本編が始まる劇場での映画体験って特別なもの! 2020年創刊30周年を迎えるフィガロジャポンは、松竹マルチプレックスシアターズが運営する新宿ピカデリーや全国のMOVIXなどを主な上映劇場とし、世界各国から選りすぐりのミニシアター系作品の公開に力を入れるピカデリー プライム レーベルとタッグを組み、「人生の一本」となるような劇場での映画体験を応援してきました。第8作目は、世界の映画人からラブコールを受けるグザヴィエ・ドラン監督作『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』。ドラン監督はレア・セドゥとともにフィガロジャポン2017年3月号の表紙を飾り、インスタグラムにメッセージをくれたことも。デビュー10周年の記念すべき本作は、光と影の演出の美しさ、音楽が盛り上げてくれるムード、そしてドラン監督特有の俳優たちの表情へのアップによって心の機微を映し出す演出にいたるまで、劇場スクリーンでの鑑賞体験が心に響く一本です。
子役ジェイコブ・トレンブレイに演技をつけるグザヴィエ・ドラン。
ハリウッドの俳優を起用した初の作品。
キット・ハリントン演じるドノヴァン役にもグザヴィエ・ドラン自身が重ねられている。
ケベック在住、17歳のユベールは、母の小言も、服のセンスも、がさつさも、すべてが許せない。しかし、彼の脳裏にはママ命だった幼い頃の思い出が何度もフラッシュバックする。そんなゲイの若者と母親の狂騒の日々を、ヴィヴァルディの「冬」にのせて描いたグザヴィエ・ドランの監督デビュー作『マイ・マザー』(2009年)の衝撃は鮮烈だった。しかも甘いマスクで、自身の物語を自ら演じる19歳の神童は、まさに向かうところ敵なし、と思わせた。
案の定、監督第3作『わたしはロランス』(12年)で、カンヌ国際映画祭のある視点部門女優賞、『Mommy/マミー』(14年)で堂々、コンペ部門の審査委員賞。そしてレア・セドゥ、ナタリー・バイらと組んだ『たかが世界の終わり』(16年)で同映画祭、最年少でグランプリ受賞と、カンヌに愛された男は快進撃を続けてきた。
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今回は子どもが通う学校も大事な舞台。中央に立って指示をするドラン監督。
そうして血を流す魂を画期的な映像センスで刻み続けてきたドランのデビュー10周年の新作『ジョン・F・ドノヴァンの死と生』(18年)がいよいよ登場する。彼自身が子役として活躍していた8歳の頃、憧れの俳優レオナルド・ディカプリオに手紙を書いたことから生まれた、ドラン初の英語作品だ。
ジョンに手紙を書き続ける少年ルパート。文通は当初秘密だったが……。
冒頭は2016年のプラハ、駅近くのカフェで記者(タンディ・ニュートン)が煙草をくゆらせている。10年前の人気スター、ジョン・F・ドノヴァンについての本を出版した、売り出し中の俳優(ベン・シュネッツァー)を待っているのだ。そこからカメラは大西洋と10年の時空を駈け、ニューヨークの摩天楼をシネスコのスクリーンに映し出す。その圧倒的な高揚感で幕を明ける物語の主人公は、TVドラマの成功で瞬く間にスターダムに乗ったジョン・F・ドノヴァン。自らの成功をジョンにダブらせセクシーに演じるのはTVドラマ「ゲーム・オブ・スローンズ」シリーズのキット・ハリントン。そしてもうひとりの主人公が、ロンドンで母とふたり暮らしの少年ルパート、11歳。芸能活動をする彼は、学校ではいじめられっ子で、心の救いは、いまをときめくジョンの人気TVシリーズを観ること。そんな少年時代のルパートに扮するのは、『ルーム』(15年)で天才子役として注目を浴びたジェイコブ・トレンブレイ。ある日、ルパートがママに内緒でジョンにファンレターを書くと、なんと彼から返事が届く。そうしてニューヨークとロンドン間で、秘密の文通が続くことになるのだが、やがてあるスキャンダルが!!!
ルパートの憧れの俳優、ジョン・F・ドノヴァン。
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光と影、美的な演出の数々。
とにかく光がきれいな作品。そしてインテリアなどにもこだわりを感じる。
芸能界の光と影、カメラのフラッシュが塗りつぶす人間性、すべての才能や努力を抹殺し、奈落の底へと突き落とすゴシップ……。年齢を超えた、ふたつの孤独な魂の邂逅を貶めた芸能界の残酷さを炙り出しながらも、それでも続いていく人生を描いたドラン。そんな彼は今回、ルパートの母親にナタリー・ポートマン、ジョンの母親にスーザン・サランドンと魅惑のハリウッド女優を揃え、彼の永遠のテーマである母と息子の狂おしい愛憎の行方も集大成的に紡いでいる。そして艶めく照明と映像、インテリア、衣装、主人公の胸の裡を歌うアデルの「Rolling in the Deep」や、ザ・ヴァーヴの「Bitter Sweet Symphony」、キャシー・ベイツやマイケル・ガンボンら個性あふれるベテラン俳優たち……。隅から隅まで美意識を張り巡らせたグザヴィエ・ドラン・ワールドを堪能して! 加えて、ジョンの早逝に重ねられるリヴァー・フェニックスへのオマージュが隠されているのもスクリーンでチェックしてほしい。ヒントは、ドランの監督第2作『胸騒ぎの恋人』(10年)にも登場させた『マイ・プライベート・アイダホ』(1991年)にある!
スーザン・サランドンがジョンの母親役。映画のスパイスとなっている。息子の問題に対して、繊細な演技を見せる。
●監督・共同脚本/グザヴィエ・ドラン
●出演/キット・ハリントン、ジェイコブ・トレンブレイ、ナタリー・ポートマン、スーザン・サランドン、キャシー・ベイツ、マイケル・ガンボンほか
●2018年、カナダ・イギリス映画
●123分
●配給/ファントム・フィルム、松竹
●3月13日より公開
www.phantom-film.com/donovan
©2018THE DEATH AND LIFE OF JOHN F. DONOVAN INC., UK DONOVAN LTD.
texte : REIKO KUBO