Le cercle Chanel

シャネルの刺繍とツイードを生み出す
ルサージュ。

Le cercle Chanel

シャネルのメティエダール コレクションを手がける複数のアトリエの中でも、名前が知られているのはルサージュではないだろうか。年に2回開催されるオートクチュールのショーで複数のクチュールメゾンの刺繍を長年手がけ、そして2002年にシャネルのメティエダールに加わってからも、以前と同様にその卓越した職人技でオートクチュールの夢を紡ぎ続けているアトリエだ。

180124_chanel_01.jpg2017年12月6日に発表された2017/18年メティエダール コレクション パリ-ハンブルクでも、ルサージュの刺繍が施された服や小物がふんだんに披露された。写真のルックではマリン帽の刺繍に30時間、パンタロンに刺繍に415時間がかけられている。 photo : Benoît Peverelli

180124_chanel_02.jpgルサージュの刺繍のアトリエ。地下には60トンのパールとスパンコールがストックされている。photo : Julie Ansiau

180124_chanel_03.jpgアトリエで常時働いているのは約80名。ショーの前は、外部からの派遣職人で数は2倍近くになる。photo : Julie Ansiau

ルサージュの創業は1924年だが、その歴史は前々回に紹介したロニオンの5年後、1858年に創立されたメゾン・ミショネに遡る。というのも、アルベール・ルサージュと妻マリ・ルイーズがメゾン・ミショネを買収する際に、メゾン・ミショネの刺繍の見本もともに買い取ったからだ。ミショネの刺繍はほかのアトリエに比べてモダンで、シャルル・フレデリック・ワースやマドレーヌ・ヴィオネといった革新的なクチュリエの仕事を手がけていた。マリ・ルイーズはヴィオネのクチュールメゾンで刺繍担当アシスタントを務めていたので、メゾン・ミショネの見本が持つ価値を理解していたのである。

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180124_chanel_05.jpgメゾン・ミショネ時代からの7,500の見本を保存している。スパンコールが存在しなかった19世紀。スパンコールのように見えるのは豚のゼラチンを使った刺繍である。見本の保存状態が良好なのは、ほつれなど問題が生じたらアトリエがすぐに修復をするからだそうだ。 photos : Julie Ansiau

1949年、創業者アルベール・ルサージュが亡くなり、当時19歳だった息子のフランソワがディレクターに就任する。戦後のオートクチュール界の復興とともに、フランソワが率いるルサージュは錚々たるクチュリエたちの仕事を引き受ける刺繍のアトリエとして目覚ましい活躍をするのだが、シャネルの名だけはこの華やかなリストに含まれていなかった。その理由は簡単。アルベール・ルサージュがライバルのメゾンであるスキャパレリと信頼関係にあり、シャネルは1879年創業の刺繍のアトリエであるメゾン・ユレルと信頼関係にあったからだ。

1983年、カール・ラガーフェルドが現在のポストに就任したことで、ルサージュにシャネルの門が開かれた。それ以来、シャネルとルサージュの関係はクレッシェンドで強まってゆく。現在、アーカイブにはメゾン・ミショネから継承したものも含め75,000種という膨大な数の刺繍の見本が保管されている。1858年からいまに至る刺繍のコレクションは、ひとつのモード史を物語る貴重な宝物。ルマリエの羽細工の見本と同様、これらは現在のクリエイションを刺激する役割も担っているのだ。

180124_chanel_06.jpgシャネルがルサージュと仕事を始めたのは1980年代。カール・ラガーフェルドによるシャネルのための初の刺繍のモチーフはコロマンデルだった。 photo :  Julie Ansiau

>>革新を続ける、アートディレクターの想いとは。

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革新を続ける、アートディレクターの想いとは。

2011年からルサージュでアーティスティック・ディレクターを務めるのは、ユベール・バレールである。

「1920年代からシャネルの刺繍を任されていたのはメゾン・ユレルでした。そこで僕はADを務めていたので、僕の頭の中はいわばマドモアゼル・シャネルの時代の刺繍のアーカイブといえますね。そんな僕がルサージュのADに就任することによって、パズルが完璧になったという感じでしょうか。

僕のルサージュでのミッションは、刺繍のサヴォアフェールとクオリティを守りつつ、革新を続けることです。今日そして明日の刺繍を追求することです。カールがよく口にする作家ゲーテのフレーズ『過去の材料を拡大し、よりよい未来を作る』。そのエスプリを僕がルサージュで実践しているわけですね。彼のために何か新しいものを提案するのは、すごくエキサイティングな仕事です。これまでと違う何かを探す、新しいものを探す、人に欲しいという気持ちを起こさせるものを探る……彼の要求に応えるには、リサーチあるのみです」

180124_chanel_07.jpg2017/18年メティエダール コレクション パリ-ハンブルクのための、カールによるデッサンの前に立つユベール・バレール。2011年にユベールがADとしてルサージュで仕事を始めた初日に、しばらく一緒に仕事をする予定だったフランソワ・ルサージュが亡くなってしまったことを残念に思っている。  photo : Julie Ansiau

カール・ラガーフェルドのデッサンを受け取り、意見交換の後にルサージュが刺繍の見本を提案し、カールの合意が得られたら実際の作業にとりかかる。この流れはほかのメティエダールと同様だ。

「カールはいつも『想像できないものが欲しい。考えられないようなものが欲しい』と言います。刺繍のテクニックは昔からさほど変わっていません。違いはモチーフや素材で、例えば過去にコンクリート・チップを使ったこともあります。

大切なこととして、素材の組み合わせ方が挙げられますね。 これまで避けてきた相反するものを組み合わせることで新しいハーモニーを生む、ということです。フランス語では『オクシモール』といいますが、僕がルサージュでしようとしていることを特徴づけるのがこの言葉なんです。例えばかなり以前にクロード・モンタナがヴァイオレットと茶色をミックスしました。いまでは見慣れた色合わせでも、その当時は誰もが避けていたことでした」

180124_chanel_08.jpg厚手の縄編みニットに刺繍。下絵が描かれたプラスチックフィルムをニットに重ね、その上から刺繍してゆく。 photo : Julie Ansiau

180124_chanel_09.jpg刺繍がほどこされた縄編みニットの手袋を着けて。ショーの前のフィッティングより。 photo : Benoît Peverelli

180124_chanel_10a.jpgショーの1週間前。ルサージュのアトリエでは、白いジャケットドレスにパールの刺繍が丁寧に、着々と進められていた。 photo : Julie Ansiau

180124_chanel_11.jpg袖とボトムに大小のパールが刺繍されたジャケットドレス。 © CHANEL

いまの時代のテクノロジーの発展とも、無縁ではない。2015/16年秋冬オートクチュール コレクションで発表した縫い目のないジャケットが、そのよい例だ。

「テクノロジーという非人間化の道具の奴隷にならず、逆に刺繍という極めて人間的な仕事のために役立てるようにするのです。テクノロジーを刺繍と並行して活用することで、新しいことをしてみるのです。例えば、3Dプリンターは人間の手ができないことを可能にしてくれます。このクチュールコレクションでカールが『今日のキルティング・ジャケットを』と希望したんです。その結果、3Dプリンターを活用して縫い目のないジャケットを作る実験的な試みをしました。3Dプリンターが出力したパーツを組み合わせて服のフォルムを作ったのです。ポリメールという固いメッシュ状の素材です。その下に布を重ね、それに縁取りを刺繍して……。テクノロジーが可能にしたモダニティあふれるジャケットですが、人間の手仕事なしには完成しなかった。これが素晴らしいことなんですね」

180124_chanel_12.jpg刺繍を始める前にはさまざまな段階がある。刺繍の模様が布に直接描かれることはない。まず、紙に描かれた模様の線上に小さな穴を機械であけてゆく。穴のあいた紙を刺繍する布の上におき、パウダーを穴に埋め込むように叩きこむ。そうすることで刺繍の模様が布に再現されるのだ。ツイードなど厚手の素材のときは、透明なオーガンジーに模様を再現し、そのオーガンジーをツイードの上において刺繍をしてゆく。photo : Julie Ansiau

180124_chanel_13.jpg帽子用のフェルトをぐるぐる巻きにした手製の粉叩きが、アトリエでは長年使われている。使用により摩滅するので、小さくなったら新たに作り直すそうだ。こうした道具にも人間の手が関わっている。 photo : Julie Ansiau

>>オリジナルのツイードをクリエイトするテキスタイル部門。

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3オリジナルのツイードをクリエイトするテキスタイル部門。

ルサージュといえば刺繍。刺繍といえばルサージュなのだが、1982年にフランソワ・ルサージュはテキスタイル部門も開設している。これは、湾岸戦争や経済危機ゆえに刺繍の需要が減ったことがきっかけだったそうだ。

オリジナルのツイードをクリエイトする機織りの機械も手作業も、ユベールによれば中世と現在で大きな変化はないそうだ。異なるのは素材。このアトリエではプラスチック、紙など信じられないような素材も横糸に織り込んでいく。2017/18年メティエダール コレクション パリ-ハンブルクのためにも、3種のツイードがルサージュの機織り機から生み出された。

180124_chanel_14.jpgオリジナルのツイードをクリエイトするための糸の数々。  photo : Julie Ansiau

180124_chanel_15.jpgモダンなツイードを生み出すのは、昔ながらの機織り機と人間の手。  photo : Julie Ansiau

ブティックに並ぶ商品については、フランスの南西部にあるシャネル傘下の織物工場でツイードが製造される。ルサージュでクリエイトされたツイードにはオーガンジーやプラスチックといった素材が使われているので、これらについては機械を止めて手で糸を入れていくという作業が必要になるそうだ。平らに入っていなければならないリボンについてもしかり。従って機械が自動的に1時間で織り進められる仕事が、シャネルのオリジナルツイードの場合は1日がかりとなる。織物工場ではあるが、ここで行われているのはかなりアルチザナルな仕事に近いといっていいだろう。

180124_chanel_16.jpg2017/18年メティエダール コレクション パリ-ハンブルクのために、ハンブルクの街にインスパイアされたツイードが3種。  photo : Julie Ansiau

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2017/18年メティエダール コレクション パリ-ハンブルクが発表された港町ハンブルクにインスパイアされ、テーマはマリンだった。 © CHANEL

ロニオン、ルマリエ、そしてルサージュ。この3つのアトリエをシャネルのメティダール コレクションと併せて紹介したが、どのメティエダールのアトリエもシャネルの仕事だけではなく、ほかのクチュールメゾン、プレタポルテのブランド、そのほかの分野の仕事もしている。傘下に収めたアトリエが経営や人事といった面倒な面から解放され、サヴォアフェールの保全と革新に集中ができるように、とシャネルは大きな投資をしているのもかかわらずだ。オートクチュールの未来に目を向けたシャネルの、真のエレガンスがこうしたことにも感じられる。

réalisation : MARIKO OMURA, graphisme du titre : KAORU MASUI ( [tsukuru] )

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