パリから約1時間、アールヌーボーの街ナンシーへ。

PARIS DECO

マジョレルという名前に、イヴ・サンローランが愛したモロッコのマジョレル公園がすぐに思い浮かぶのでは? マラケシュの観光名所であるこの庭を造園したのはジャック・マジョレルで、フランスのナンシー生まれの画家だ。彼の父はルイ・マジョレル。フランスのナンシーで活躍した、アールヌーボーの代表的な工芸作家である。

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ルイ・マジョレルと妻。家族のアルバムより。©MEN

ナンシーにはルイ・マジョレル(1859〜1926)が暮らしたヴィラ・マジョレルが残されている。2016年に始まった大修復を終えて、2月半ばから再公開が始まった。ナンシーはパリの東駅から列車で約1時間。日帰りで見学に行ける場所にある。アールヌーボーの里であるナンシーなので、エミール・ガレの作品を多数展示するナンシー派美術館などの見学、市内のアールヌーボー建築などほかにも観光ポイントは多数。1泊してもいいだろう。

画家を目指し、美術学校で学んだルイ。思いがけず父オーギュストが早世し、彼が構えていた家具の工房を継ぐことになった。その際にルイは父が手がけていたロココ調の家具ではなく、エミール・ガレの影響もあってアールヌーボー・スタイルへと移行。弟ジュールが経営面で参加し、1904年にはパリにも工房品の販売店を構える。場所はサミュエル・ビングの有名な店メゾン・ド・ラール・ヌーヴォーがあった9区のプロヴァンス通りという、当時新興ブルジョワが多く暮らしていた地区だ。1906年には300名もが働く大規模な工房へと成長を遂げるほどの勢いだったとか。

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ルイ・マジョレルがデザインした家具。ナンシー派美術館所蔵。©MEN

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マジョレルとドームによるトンボのランプ。ナンシー派美術館所蔵。©MEN

ルイ・マジョレルの仕事は家具製作、照明器具デザイン、金属加工などで知られるが、室内装飾にもセンスを発揮。1907年、当時弱冠26歳の新人建築家アンリ・ソヴァージュに建てさせた3階建ての自宅の内装も彼が担当している。現在ヴィラ・マジョレルと呼ばれているが、彼の生前は妻の名前からヴィラ・ジカと呼ばれていた。自作の家具やランプなどを配置して写真を撮って、カタログに使用するという一種のショールームのような役割を、この家は果たしていたそうだ。今回の修復にあたり、家族の古い写真だけでなく、残されたカタログの写真が家具の配置などの大いなる参考となった。

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1902年、Art et Décorationに掲載された居間。©MEN

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販売カタログに掲載された食堂の写真。下の現在の写真と合わせてみてほしい。©MEN

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ヴィラ・マジョレルはナンシーで、丸ごとアールヌーボーの最初の家だった。アンリ・ソヴァージュは陶芸家アレクサンドル・ビゴ、画家のフランシス・ジュルダンといったパリの友人たちに内装を協力させ、ルイ・マジョレルはステンドグラスの製作をジャック・グリュベールに依頼するなど、ここはさまざまな才能が盛り込まれた家なのだ。ルイ・マジョレルが家を建てた当時、家の前には大きな庭が広がっていたのだが、彼の死後、息子のジョルジュの決定でマジョレル家の手を離れた家は1931年に庭が縮小され、家の正面に庶民向けの集合住宅が建ってしまった。それこそがルイがいちばん避けたかったことだったそうなのだが……。見学時は、消えてしまった緑あふれる庭を家の前にイメージして、ルイへのオマージュとしよう。

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ジャック・グリュベールによる食堂のステンドグラス。©MEN

1階では玄関、食堂、居間、テラス、2階への階段を、2階では夫妻の寝室を見学する。そして3階に上がり、階段の吹き抜けの壁を覆うステンシルによる植物の絵とステンドグラスを鑑賞。使用人たちの部屋が並ぶこのフロアに、画家を志していたルイは自分用の絵画のアトリエをソヴァージュに設けさせた。あいにくとこのアトリエは通常は見学ができない。

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玄関。©MEN Cliché Siméon Levaillant, 2020

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食堂。©MEN Cliché Siméon Levaillant, 2020

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居間。©MEN Cliché Siméon Levaillant, 2020

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夫妻の寝室。©MEN Cliché Siméon Levaillant, 2020

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3階から階段スペースを眺める。©MEN Cliché Siméon Levaillant, 2020

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小さなドアノブにいたるまで見どころにあふれる家。たとえば1階の食堂で圧巻なのは、何と言ってもアレクサンドル・ビゴによる陶製の暖炉だろう。部屋の中央、炎が燃え立つように聳える堂々たる姿に圧倒される。部屋の壁の上部を飾るフランシス・ジュルダンが描いた農家の動物たちの絵が長閑な雰囲気を醸し出し、畑(スイカ!)をモチーフにしたステンドグラスを通して、明るい光が部屋に差し込む。曲線が麗しいマジョレルによる食卓と椅子に施された装飾は、この部屋のテーマとなる麦の穂のモチーフである。ちなみに居間のテーマは松ぼっくり、玄関はモネ・デュ・パップ(教皇の貨幣)とフランスで呼ばれる銀貨草(ルナリア)だ。

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アレクサンドル・ビゴによる食堂の暖炉。

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ルイ・マジョレルによる食堂の家具。

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ステンドグラス、ランプ、家具、階段などアールヌーヴォー・スタイルで満たされている。©MEN Cliché Siméon Levaillant, 2020

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玄関。銀貨草が壁、玄関の扉に。©MEN Cliché Siméon Levaillant, 2020

1階から3階までじっくりとアールヌーボーの魅力を鑑賞後、庭に出て建物を外から眺めることも忘れずに。当時目の前の広々とした庭を愛でるのに最適な場所だったテラス。このしっかりとした手すりも食堂の暖炉と同じアレクサンドル・ビゴによる陶製で、ゆるやかなカーブとそこにあしらわれた植物モチーフという20世紀初頭の美しさはいまの時代にも色あせることなく輝いている。

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邸宅の周囲をぜひ一周して。装飾の植物のモチーフの多様な美しさが楽しめる。©MEN Cliché Siméon Levaillant, 2020

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アレクサンドル・ビゴによる陶のテラスの手すり。©MEN-Cliché Siméon Levaillant, 2019

Villa Majorelle
1, rue Louis Majorelle
54000 Nancy
tel:+33-(0) 3-83-85-30-01
開)14時〜18時(午前はグループ見学者のみ)
閉)月、火
料:6ユーロ(ナンシー派美術館共通券 8ユーロ)

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ナンシー町歩きetc....

ヴィラ・マジョレル訪問の後、Musée de l’Ecole de Nancy (ナンシー派美術館)へ足をのばしてみよう。ガラス・家具工芸家のエミール・ガレは、彼に賛同した若い工芸家たちと装飾芸術の発展と振興に務めた。その一団がナンシー派で、彼らを支援した地元のパトロンだったユージェーヌ・コルバンの自宅が、ナンシー派美術館として開館。邸宅内に展示されているガラス、家具、陶磁器……ナンシー派のアーツ&クラフツ運動をここでまとめて見ることができる。ルイ・マジョレル、その父の作品も展示されているが、展示の多くを占めるのはエミール・ガレの作品だ。ガラス工芸のみならず家具も展示しているので、彼の仕事のファンにはうれしいだろう。

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エミール・ガレ作『Coupe Rose de France ou coupe Simon』(1901年)

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花器と木製のケース。エミール・ガレ作『Vase Moonwort』(1894年)

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エミール・ガレ作のベッド『夜明けと黄昏』(1904年)。アンリ・イルシュが結婚に際してガレに依頼したベッドは、ガレの家具作品の最後のひとつである。

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ルイ・マジョレルの父オーギュスト・マジョレルが製作したピアノ。漆に似た仕上がりが得られるコパール樹脂ベースのニスを使用している。

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階段踊り場のステンドグラス。これもジャック・グリュベール作だ。

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タイルが見どころのバスルーム。

広い庭園があり、アールヌーボーの作家たちをインスパイアした植物で満たされている。庭の一角には、ジャック・グリュベールによるステンドグラスが飾られた水族館も。

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Musée de l’Ecole de Nancy
36-38, rue du Sergent Blandan
54000 Nancy
tel:+33-(0) 3-83-40-14-86
開)10時〜18時
休)月、火
料:6ユーロ

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ナンシーで食事をするなら、ぜひ駅前のExcelsior(エクセルシオール)へ。1911年に開業したブラッスリーで、建物外観はウィーンのアールヌーボー・スタイルだが、店内ではナンシー派アールヌーボーの魅力に包まれて食事ができる。25×12mという広大な店内に光を取り込むガラス窓にはジャック・グリュベールによる植物の装飾が美しく、照明はドーム型……。

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駅前食堂に味を期待する人は少ないかもしれないが、エクセルシオールはそんな偏見を吹き飛ばすおいしい食事ができる。

Excelsior Nancy
50, rue Henri Poincaré
54000 Nancy
tel:33 (0) 3 83 35 24 57
営)8時〜23時
休)なし

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エクセルシオールの向かいにAu Duche de Lorraine / Lefèvre-Lemoine(オー・デュッシュ・ドゥ・ロレー / ルフェーヴル・ルモワンヌ)というお菓子屋さん&ティールームがある。ここでは迷わず名産品のBergamote de Nancy(ベルガモット・ドゥ・ナンシー)を買おう。 柑橘類の酸味とほのかな苦味が軽い甘さにまじり合う透明な四角いキャンディーだ。昔懐かしい雰囲気の店内ではロレーヌ地方の名産菓子が見つかるので、スイーツファンは立ち寄らなくては!

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ベルガモット・ドゥ・ナンシー。

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パリのアレクサンドル・ビゴ

アールヌーボーの陶芸家として名高いアレクサンドル・ビゴ(1862〜1927)。ナンシーに限らず、パリでも彼の仕事に触れることができる。パリでアールヌーボー建築というと7区、16区が有名だが、今回はほかの地区で眺められるビゴの作品を紹介しよう。

10区のアブヴィル通り14番地。道幅の狭い通りに立つ背の高い建物なので、通りの反対側を歩いていないと見逃してしまうかもしれないのが、アールヌーボー全盛期の1901年に建築された個人邸宅。大きな緑色の葉が蔓科の植物のように建物を這い上がるビゴによる陶の装飾が見事である。建築家はアレクサンドル&エドゥアール・オータン。ベル・エポックのパリ、この隣の16番地にも1899年に素晴らしい邸宅が建築された。エントランスの上の美しい女性像、そして通りの角に面した部分には天使像の彫刻が目を引く。ビゴの仕事ではないが、あわせて鑑賞を。

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14区でカルティエ財団に行くついでに見学できるのは、カンパーニュ・プルミエ通り31番地にあるアンドレ=ルイ・アルフヴィドソンが1911年に建築した建物だ。通りに面したファサードの全面がビゴによるモチーフさまざまな陶のタイルで覆われている。アールデコへの移行の時期の建物なので、アブヴィル通りのようにアールヌーボーの典型的装飾というのとは異なるが、そのユニークさゆえ建築年のファサードコンクールで大賞を受賞した。この建物は写真家のマン・レイが住んでいたことでも有名だ。パリ市内のアールヌーボー建築はインターネットで簡単に検索できる時代である。その中に見つけたアレクサンドル・ビゴの仕事をメモし、パリ散策のテーマにするのはどうだろうか。

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大村真理子 Mariko Omura
madameFIGARO.jpコントリビューティング・エディター
東京の出版社で女性誌の編集に携わった後、1990年に渡仏。フリーエディターとして活動した後、「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。主な著書は『とっておきパリ左岸ガイド』(玉村豊男氏と共著/中央公論社刊)、『パリ・オペラ座バレエ物語』(CCCメディアハウス刊)。

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