フランシス・クルジャンが蘇らせた13の名香、ディオリジナルズ。
芸術作品が修復されて色彩や輝きを取り戻すように、香水も大切に守られ続けるべきもの――。メゾンの歴史を彩る13の香水をオリジナルに忠実に復元するプロジェクト、ディオリジナルズについて、ディオール パフューム クリエイション ディレクターであるフランシス・クルジャンに聞いた。

ディオール パフューム クリエイション ディレクターのフランシス・クルジャンは、現職に着任した当初から「失われゆく名作を保全する」使命を強く感じていたという。メゾンに保管されていたアーカイブを探究する中で、処方が残されていたとしても、原料は環境に左右され、法規制などによって長い年月のうちに変容している現実があった。そこで、まず後世に残すべき復元価値のある香り13種を選定し、オリジナルの処方をもとに本来の輝きを取り戻すプロジェクトがスタートした。
「自然を相手にする香水は、時代や変化に適応していく必要があります。でも、このプロジェクトでは天然香料を合成香料に差し替えるといった事はしていません。最も難しかったのは、80年前と現在では天然原料の抽出方法がまったく異なる点です。さらに安全基準や法規制の変更に対応する必要があり、当時のサプライヤーが存在しないという問題もありました。使用できなくなった主要な香料をどう再現するのか。それらをクリアしながらオリジナルに可能な限り近づけることは大きな挑戦でした」
Dior in Grasse 1949-1972
約80年にわたる香水の歴史をふたつの時代に分け、第一部は調香師の巨匠エドモン・ルドニツカ(1905-96年)の名作を中心に修復した。

1955年に発表されたオー フレッシュは、ムッシュ・ディオールが愛用していた王道のシプレー。ベルガモット、レモン、マンダリンなどの柑橘類の品質を高め、バジルとタラゴンのノートを再調した。オリジナルに含まれていなかった要素は取り除いている。

ムッシュ・ディオールが愛したスズランを主役にした、フレッシュで上品なフローラル。1956年当時、天然では香料の抽出ができない花の儚い香りを再現した、香水史上に残る傑作だ。
「実は、この香りの処方は調香師ルドニツカが改修した複数のバージョンが存在します。どの時代の、どのバージョンを基準にするかを決めることから始まりました。今回は、ルドニツカ本人が手直しを重ねて最後に完成させた1958年版の処方をベースに復元しています。近年販売していたものには少し青っぽく湿ったマリンノートのニュアンスが含まれていますが、オリジナルには含まれていません。時代の規制に合わせてホワイトフラワーの成分が変更されていたためです」
ジャスミンの新たな質感を用いることで、白いスズランのフローラル アコードを修復し、そのオーラを再構築した。
「18歳からディオールのアトリエで働いていた小母に、今回復元した香りを贈ったのですが、『ひと吹きした瞬間、当時のアトリエの風景や思い出が蘇ってきて泣いてしまった』と、感動のメッセージをくれました。ムッシュ・ディオールは、アトリエでドレスにこの香りをたくさんスプレーしていたそうです。そんなわけで、私にとってディオリッシモは13種の中でも特別な思い入れのある香りです」
Dior in Paris 1979-2003
第二部は、近年の香りから8種類を修復した。

調香師ドミニク・ロピオンとジャン=ルイ・シュザックによる“海辺の庭園”をテーマに作られた、1991年発表のマリンオゾン系フレグランス。心地よく軽やかなフローラルでありながら官能的で、唯一無二の個性を持つ。オリジナルに含まれていた柔らかなムスク、現在使用できない植物のリアトリスや動物性香料のシベット(霊猫香)のノートを現代の香料で再現している。

スパイシーで生き生きとしたワイルドローズへの愛を表した、ジャン=ピエール・ベトゥアールによる調香。2002年の発表から進化する中で、フォーミュラに手を加える必要はほとんどなく、トルコ産ダマスクローズの品質を尊重して完全なオリジナルに復元できた。
「このプロジェクトは、ディオールのクラフトマンシップと歴史を忠実に蘇らせるためのもの。ノートルダム大聖堂の修復がカトリック教徒でなくてもその美しさに感動するように、フレグランスの“絶対的な美”を復元し、提示することに意義があります」
新しいクリエイションを生み出す一方で、偉大な調香師たちに敬意を払い、メゾンの象徴的な香りを後世へと受け継ぐ使命を負うクルジャン。当時の香りを覚えている人も初めて試す人も、ひと吹きすれば、これらが“芸術的遺産”であることがわかるだろう。

フランシス・クルジャン
Francis Kurkdjian
ディオール パフューム クリエイション ディレクター
ヴェルサイユの香料国際高等学院卒業。25歳で手がけたゴルチエのル・マルで注目され、数々のブランドの調香を手がける。2001年、オーダーメイドのアトリエをオープン。09年には自身の名を冠したブランドを設立。21年より現職。
パルファン・クリスチャン・ディオール
03-3239-0618
https://www.dior.com/