「加害者の人間性をも破壊する」戦争の真実——塚本晋也監督、ヴェネツィアで語った『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』の制作秘話とは。
『野火』(2015年)『ほかげ』(18年)と、戦争が人間の身体と精神にもたらす傷を描き続けてきた塚本晋也監督。最新作『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』は、ベトナム戦争に従軍したアメリカ人兵士アレン・ネルソンの実体験をもとに、戦場で「加害する側」となった人間が、その記憶によっていかに壊れていくのかを見つめる。「加害の傷」が人間性を破壊していくさまをまざまざと描いた意欲作だ。
原作はアレン・ネルソンの著書『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』(講談社文庫刊)。そしてネルソンのもうひとつの著書『戦場で心が壊れて 元海兵隊員の証言』(新日本出版社刊)も参考にしている。
塚本監督が原作と出合ったのは、『野火』を準備していた頃。以来約10年、構想を抱き続けてきた。これまでの自主製作とは異なり、アメリカとの共同製作となった本作は、タイ、ニューヨーク、沖縄、そしてベトナムへと撮影地を移しながら完成した。ベネチア国際映画祭でのワールドプレミアを終えた塚本監督に、長い製作の道のりと、その必然性について聞いた。
——『野火』の取材をした際、すでにこの企画について伺っていました。通常、塚本監督はインディペンデントの制作スタイルで映画を作っていますが、この作品は予算が大きくなり、時間がかかる、と。約10年を経て完成したわけですが、やはり大変な製作だったのではないでしょうか。
文字通り、すべてが大変でした(笑)。アレンさんのストーリーを彼のノンフィクションにそって映画化するとなると、アメリカを舞台せざるを得ないし、ベトナム戦争のシーンも必要になる。ベトナムでは撮影許可が下りなかったので、戦場のシーンはタイで撮りました。
『野火』ももともとは大きな規模になるはずの企画でしたが、なんとか頓智と工夫を凝らして自分たちでやってしまった。でも今回は「これはとても自主映画では無理だ」と最初から思っていました。大きな会社の協力が必要な映画でしたね。

――それでキノフィルムズと制作することになったのですね。撮影はどのような順番で進めたのですか?
最初がタイです。まず戦争のシーンを撮りました。若いアレンを演じるマーク(・マーフィー)には、戦場を経験した後にニューヨークへ帰る場面もあるので、その順番のほうが芝居として自然だと思ったんです。それから大人になったアレンを演じるロドニー(・ヒックス)にも、脚本を読んで想像だけで演じてもらうより、タイで撮った戦争の映像を観てもらってから演じてもらったほうがいい。次にニューヨーク、沖縄と撮って、最後にベトナムへ行きました。最後の公園のシーンだけは本当のベトナムで撮りたかった。そこに集まる人々もベトナムの方たちであってほしかったので、そこはこだわりました。
「戦争の恐ろしさは、帰ってきてからも続く」
——そもそも、アレン・ネルソンの本のどこに最も衝撃を受けたのでしょう。
最初に感銘を受けたのは、アレンさんが戦場で自分がやってしまった加害を、本当に赤裸々に語っていることでした。「人を殺すために、こんなことまで考えるのか。こんな陰惨な方法で、こんな作戦を立てるのか」と。その内容そのものが恐ろしかった。同時に、そこまで正直に語るアレンさんという人に、恐ろしさとは別の何か、人間性のようなものも感じていたのだと思います。
出合ったのが『野火』を作ろうとしていた時期だったので、最初は「また戦争の恐ろしさをすごい形で描けるぞ」と思っていたんです。でもその後、『ほかげ』を作ったりしながら10年ほど経つうちに、戦争の恐ろしさは戦場だけで終わるわけではない、帰ってきてからも続くんだと気づいた。それで次第に、帰還後のPTSDに比重を置くようになりました。

——戦争映画は被害者側の視点から描かれることが多い。一方、本作は加害することによって人間性そのものが壊れていく恐怖を正面から描いています。かなり勇気のいる選択だったのでは?
もちろん被害者の目線から描くことは大切です。ただ、戦争映画にはヒロイックな目線で描くものも多い。そちらのほうがお客さんも感動を味わえるし、観客も来るからプロデューサーも作ろうと思う。でもそればかりになって、しかもまた戦争を起こそうとする大人たちが増えていることを考えると、バランスがどんどん悪くなっていく。だったら反対側にある映画がもっとあってもいいんじゃないか。自分が投じる一石がどれくらいの意味を持つかはわからないけれど、「やらないではいられない」という気持ちでした。
——主人公に観客を共感させることは映画の常套手段でもありますが、でもこの作品の場合は、観客をアレンに共感させすぎてはいけない。その倫理的な線引きは意識しましたか?
そうですね。前半でアレンがやったことは、なるべく包み隠さず描いています。当然、「君たちも戦場に行ってバイオレンスをやろう」と感じるような描き方にはできない。恐ろしい行為であることは間違いありません。でも、「戦争に行けば自分もこうなってしまうかもしれない」というギリギリの共感の線は残したつもりです。
最初は味方が突発的に殺すことに嫌悪感を持っている。でも仲間が目の前で殺されると、「やらざるを得ない」となり、限界を越えていく。その後は泥沼のように加害へ進んでいく。それでも最後のところに、「人」である線、良心を残しておきたかったんです。

——戦争では敵を「人間以下」とみなすことで、殺すことが可能になる。本作でも重要なポイントです。
これは時代や国が違っても同じなんですよね。相手を自分たちのテリトリーの外側にいる「人間以下」の存在として蔑視して、自分たちの集団を守る。集団としてそれを正当化すると、人間は「できちゃう」。かつて、日本人が戦争中にしたことを知っても、高度成長期に育った戦争を知らない僕には「そんなこと本当にある?」という感覚がありました。でもいまのSNSを見ていると、多数の人が同じことを言うとそれに安易に便乗していく傾向がある。なので、日本でも十分にそういう差別は起こり得るし、平気ですごいことをしてしまう可能性がある。そういう恐れは感じます。
「“とにかく戦争は絶対に嫌だ”というトラウマを与えたい」
——ヴェネツィアの公式記者会見では、観客に「小さなトラウマを与えたい」と話されていました。
僕は子どもの頃に『はだしのゲン』を見て、トラウマ級の衝撃を受けたんです。父や母から戦争の話を聞いたわけでもないし、特別な戦争教育を受けたわけでもない。それでも僕がここまで「戦争が嫌だ」と思うのは、多分『はだしのゲン』のおかげなんですよね。だから、あの身体感覚として「嫌だ」と感じるものを、これからの若い人にも感じてもらえたらと思う。いまは「(戦争も)やる時にはやらなきゃいけないんじゃないの?」という空気もあります。でも理屈より先に、「とにかく戦争は絶対に嫌だ」と思う人が少しでも増えてほしい。
——『鉄男』以来、監督の映画には常に「身体」がありました。ただ、かつての暴力と現在の作品における暴力では意味が変化しているように思います。
『野火』以降と、それ以前では、僕の中でも身体性ははっきり分かれている気がします。以前は「都市と人間」がテーマで、硬質な都市の中で、生きている実感を確かめるために身体を傷つけるような暴力だった。ボクシングで傷つけ合ったり、拳銃によって死の恐怖を感じたり。現実の暴力が身近には「ない」という前提で、むしろ暴力を求める人たちを描いていたんです。でも本当の暴力の時代がどんどん近づいていると感じているいま、もう暴力を求める人は描けなくなった。むしろ避けたい。暴力をファンタスティックなものではなく、「いかに恐ろしく、嫌なものか」として描かなければいけないというふうに変わってきました。

——本作では、アレンと精神科医ダニエルとのカウンセリングが重要な軸になります。ダニエルを演じたジェフリー・ラッシュはどのように決まったのでしょう。
ダニエル役を決めるのがいちばん難しかったです。製作側から「誰もが知っている俳優をひとり入れる」という、とてもシンプルで明晰な提案があった(笑)。候補をたくさん挙げてもらった中にジェフリーさんがいました。
改めて彼の演じている映像を見た瞬間、「バッチリだ!」と思いました。少し厳めしくて、叱りつけそうな雰囲気がある一方で、カリスマ性もある。山の奥にいる仙人みたいな感じもあって(笑)。台詞の少ないダニエルという人物に、言葉以上の存在感を与えてくれると思いました。実はジェフリーさんの息子さんが映画関係の仕事をされていて、僕の映画に出ることを勧めてくださったそうで、それが大きかったみたいです。
——カウンセリングでは、ダニエルが最後に、毎回必ず「なぜ殺したの?」と問いかけますね。あれは事実に基づいているのですか?
実際にやっていたそうです。当時は、PTSDという概念が知られ始めていたけれど、まだ治療法がはっきり確立されていなかった。ダニエルは、アレンが自分の体験を話せば話すほど症状が軽くなっていくのを見て、もっと心の奥底にある正直な部分まで話すことができれば、さらに深いところまで届くんじゃないかと考えたのではないか、と僕は思っています。
映画では、いかにも精神科医らしい治療の描写はあえて外しました。アレンとダニエルという、人間と人間の静かな対決として見せたかったんです。
「戦争に行って、死なないためには加害者になってしまう」
——ヴェネツィアの公式上映後、アメリカ系の媒体では厳しい批評も出ました。予想していましたか?
想定していました。「気にしていません」と言いながら、心の中ではそのことへの答えを何度も練習していたかもしれません(笑)。
でもアレンさんが言っていたのは、「アメリカ人が東洋の人を滅茶苦茶にしました、ごめんなさい」ということではないんです。「どこの国の人間でも、戦争に行って、死なないためには加害者になってしまう」。それを、戦争で被害を受けた日本人にも語っている。その姿勢を理解してもらいたいと思って作りました。
先日、食事をしていたら、プロデューサーたちが僕に聞こえないようにアメリカのレビューの話をコソコソしていたんです(笑)。だから「ちょっと、それ全部教えて」と。僕に聞かせないほうがいいと心配してくれていたみたいなんですけれど、「良いもの」「悪いもの」と全部整理してもらいました。悪いレビューは、もちろんがっかりします。でも読んでみると、「そこは僕も気づいていた。でも今回はどうしてもそうせざるを得なかった」という部分を指摘されていたりする。自分が心配していたところを見透かされて、グサッと刺されたような感じでした。ただ、この映画に関しては、なるべくいろいろな意見を聞いて、受け止めて考えていかなければいけないと思っています。

——そういったネガティブな反応を予測していたとしても、この映画を作る必要があったのですね?
そうですね。「この映画、作るの難しいな」「やめたいな」と思う要素はありました。でも、いまの世の中のバランスを考えたら必要だと思った。作るしかないと思った以上は、批判も受け入れながら進むしかない。僕ひとりが投じる一石がどのくらいのものになるかはわかりません。でも、やらないではいられなかったんです。
本作は、イタリア全土から選ばれた18歳の高校生20人が審査する独立賞「レオンチーノ・ドーロ(金の小獅子賞)」を、日本映画として初めて受賞した。実際に戦場へ送られるのは若者だからこそ、彼らに観てほしいと願って作った作品。その思いが届いたことに、塚本監督は「涙をこらえるのが大変だった」と授賞式後にその心境を語ってくれた。
『ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?』
●監督・脚本・撮影・編集/塚本晋也
●原作/『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」』(アレン・ネルソン著、講談社文庫刊)
●出演/ロドニー・ヒックス、ジェフリー・ラッシュ、マーク・マーフィー、リリー・フランキー、タチアナ・アリ ほか
●2026年、日本映画 ●116分
●配給/キノフィルムズ
©Mr. Nelson, Did You Kill People? Film Partners ©Allen Nelson/KODANSHA
https://nelsonsan.jp/
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- interview & text: Atsuko Tatsuta