82歳のマイケル・ダグラス、回顧録を発表。ジュリア・ロバーツへの暴言や薬物乱用、同時多数の浮気が赤裸々に。
82歳の俳優マイケル・ダグラスは、回顧録『One Helluva Ride』の中で、依存症に苦しんだ日々について率直に語っている。なかでも、特に恥ずかしい思い出のひとつとして挙げたのが、酒に酔った状態で映画『プリティ・ウーマン』の主演女優ジュリア・ロバーツと口論になった出来事だった。

「ゴールデングローブ賞なんてくそくらえ」
痛烈で思いもよらないこの言葉は、あるパーティの席でマイケル・ダグラスがジュリア・ロバーツに浴びせたものだという。この一件によって、ふたりの友情は決定的に終わりを迎えた。当時、マイケル・ダグラスはアルコールと薬物への依存が最も深刻な時期にあった。それから何年もの時を経て、彼は10月6日に発売された回顧録『One Helluva Ride』の中で、自身が「とりわけ恥ずべきことだった」と振り返るこの失態について語っている。
事の経緯を理解するには、1990年にさかのぼる必要がある。ゴールデングローブ賞授賞式後に開かれたパーティでの出来事だ。マイケル・ダグラスは映画『ローズ家の戦争』でノミネートされており、当時13歳だった息子のキャメロンとともに出席していた。友人のジュリア・ロバーツも招待されていた。彼女は映画『マグノリアの花たち』で助演女優賞を受賞したばかりだった。ジュリアがダグラスの息子キャメロンを連れてバーにいたとき、マイケル・ダグラスは激高した。「僕たちはバーにいた。ジュリアは息子の肩に腕を回し、彼に少し寄り添うようにしていた。そのときの息子は、僕には居心地が悪そうに見えたんだ……。まあ、僕はひどく酔っていたんだけどね……。」マイケル・ダグラスは新著の中でそう振り返っている。彼はすぐさま割って入った。「彼女にこう言ったんだ。『息子から手を離せ! ゴールデングローブ賞を持って、とっとと失せろ!』」あまりにも激しい言葉だった。彼は翌日には早くも後悔したという。『インディペンデント』紙が伝えたところによると、仕事上のパートナーであるリック・ビーバーからも電話があり、ハリウッドで最も引く手あまたの若手女優に対して「一線を越えてしまった」と諭されたという。
自身の失態を自覚したオスカー受賞俳優のマイケル・ダグラスは、すぐさま事態の収拾を図ろうとした。彼はメッセージを添えて友人であるジュリアにバラの花束を届け、その後、直接会って謝罪した。ジュリアは謝罪を受け入れた。これにより、ジュリア・ロバーツが主要キャストのひとりを務め、マイケル・ダグラスがプロデューサーを務める映画『フラットライナーズ』の撮影は、最後まで続けられることになった。しかし、この一件によって映画の完成が妨げられることはなかったものの、ふたりの友情が以前と同じものに戻ることはなかった。「幸いなことに、彼らが僕を許してくれたおかげで、なんとか乗り切って映画を完成させることができた。キーファー・サザーランド(当時ジュリア・ロバーツの恋人であり、同じく『フラットライナーズ』に出演していた俳優)とはその後も友人関係が続いたが、ジュリアとは……そうはいかなかった。」マイケル・ダグラスはそう明かしている。
思いがけない告白
マイケル・ダグラスは自伝の中で、数々の個人的なエピソードを明かしている。包み隠すことなく、恋愛遍歴や浮気、ハリウッドでのキャリア、さらには過去の依存症についても率直に語っている。キャリアの初期、俳優として絶頂期を迎えていた頃には、アルコールとコカインが日常生活の一部になっていたと振り返っている。
「典型的な夜の過ごし方といえば、おそらく酒を5杯飲み、コカインを1グラム使うことだった」と、マイケル・ダグラスは回顧録の中で打ち明けている。こうした依存症の影響は、すぐに私生活の範囲を超えて広がっていった。彼は、コカインを大量に使用し、鼻にストローを差し込んだまま眠り込んでしまったことさえあったと語っている。これは、雑誌「エンターテインメント・ウィークリー」の記事で明らかにされたものだ。年月がたつにつれ、いくつかの心の傷は癒えていったものの、すべての記憶が消え去ったわけではない。ジュリア・ロバーツと過ごしたあの夜の記憶は、いまなおとりわけ鮮明に残っている。
From madameFIGARO.fr
※この記事は、フランスの新聞社「Le Figaro」グループが発行する「madame.lefigaro.fr」で掲載されたものの翻訳版です。データや研究結果はすべてオリジナル記事によるものです。
- text: nina Aldeia (madame.lefigaro.fr)
- translation: Hanae Yamaguchi