「いい映画とは、エンドロールから何かが始まる」映画『ちっぽけな僕の、おおきな世界』監督にインタビュー。

Culture

ヤン・リーナ/映画監督・脚本家

Yang Lina/ヤン・リーナ
映画監督・脚本家
1972 年、中国・吉林省生まれ。中国人民解放軍芸術学院表演科卒業。ダンサー、舞台俳優として活躍後、ドキュメンタリー作家に。初監督作『老頭』(1999年)が高評価を得る。初の長編劇映画『春夢』(2013年)でロッテルダム国際映画祭コンペティション部門に選出。

いい映画とは、エンドロールから何かが始まる力を持っている。

ドキュメンタリー作家として映像のキャリアをスタートし、女性や家族、老いなどを題材に人々の市井の日常をすくい取ってきた中国のヤン・リーナ監督。第37回東京国際映画祭で観客賞を受賞した彼女の最新作『ちっぽけな僕の、おおきな世界』で主人公となるのは、脳性麻痺がある青年リウ・チュンホーだ。

「障害をテーマにした映画にはしたくありませんでした。それはメインスタッフの全員がはじめから共有していた思いでした。チュンホーは、何よりもまずひとりの人間です。教師になり、社会の一員として責任を果たしたいと願っている。彼が持っている夢や人生への期待は、私たちと何も変わりません」

実際に多くの脳性麻痺の当事者や家族を取材しながら、主人公であるチュンホーを“障害のある人”という枠の中に閉じ込めない、という思いは強くなった。その姿勢は、主演のジャクソン・イーへの演出にも貫かれた。求めたのは障害を「演じる」ことではなく、チュンホーというひとりの青年を生きること。劇中、チュンホーが自ら命を絶とうと飴を口に詰め込む場面は、リハーサルなしのワンテイクで撮影された。

「撮影が終わった時、スタッフも怖くなったほど。あの瞬間、彼は間違いなく役の中に入り込んでいました」

本作はまた、三世代にわたる家族の物語でもある。脳性麻痺の息子を愛していながらもわだかまりを抱える母親。かつてシングルマザーとして出稼ぎを続けた結果、娘が15歳になるまで一緒に暮らせなかった過去を持つ祖母。そこには世代を超えて受け継がれる愛とともに、埋めることのできない空白もある。

「彼女たちは母親である前に、まずひとりの女性なのだと思います。ふたりを描くうえで大切にしたのは、“裁かず、ただ描く。和解させるのではなく、理解する”ということでした」

とりわけ孫を特別扱いせず、ひとりの青年として接する祖母とチュンホーの関係は胸に迫るものがある。守ることだけが愛なのではない。対等な人間として向き合い、時には手を離し、「あなたなら乗り越えられる」と信じて社会へ送り出す。そんな祖母の存在は、チュンホーが自分自身の力で人生を歩き出すための大
きな支えとなっていく。

中国での公開後、脳性麻痺への偏見を問い直す活動や障害のある人々の雇用を促進する社会的な取り組みへと発展していったという。スクリーンの中でチュンホーがぶつかった壁が、現実の社会を動かし始めたのだ。

「いい映画はエンドロールで終わるのではなく、エンドロールが終わったところから始まると思っています」

ひとりの人間を、社会から与えられた属性ではなく、その人自身として見ること。そのヤン・リーナの眼差しこそが、この映画の良心であり力強さでもある。

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脳性麻痺がある青年チュンホー。母親との関係はぎくしゃくしているが、祖母のスーチュンは彼の最大の理解者。自立のためにアルバイトを探す彼だが―。●『ちっぽけな僕の、おおきな世界』はヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて11月6日から順次公開。

  • text: Atsuko Tatsuta

*「フィガロジャポン」2026年11月号より抜粋