"あたりまえ"がひっくりかえる、レアンドロ・エルリッヒを体感せよ。【前編】

美術家レアンドロ・エルリッヒの創作の秘密に迫る!

ありきたりの風景に驚きを生み出して、誰しもに愛される美術家レアンドロ・エルリッヒ。
現在、最大規模の個展が日本で開催中の彼に、その創作の秘密を聞いた。

インタビュー

December 22, 2017

Leandro Erlich
老若男女、誰をも笑顔にするアーティスト。

「この作品はまだ未完成なんだ」

そう言って笑うのは、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれの現代美術作家、レアンドロ・エルリッヒ。彼の名を知らずとも、多くの人はその作品を目にしたことがあるだろう。金沢21世紀美術館と聞いて真っ先に思い浮かべる『スイミング・プール』は彼の作品だ。見慣れた空間を舞台に、私たちが習慣的にとる行動を逆手にとって不思議な体験を生み出す。これまでの価値観を揺るがせるものではあるが、彼の作品は世界のどこでも、老若男女、誰をも笑顔にする魅力を持っている。

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『エレベーター』 “Ascensor( Elevator)” 1995年
在ブエノスアイレスのフランス大使館が後援するアート賞に出展したエルリッヒの最初期作のひとつ。出展条件に80×80×180㎝以内とするよう作品サイズの指定があることを訝しんだエルリッヒは、主催者に意図を確認。会場のエレベーターに収まる寸法との回答を得た彼は、制約への皮肉をこめて80×80×180㎝でエレベーターの内外を反転させたユーモラスな作品を制作した。

今回は、越後妻有に新たな作品『ロスト・ウインター』を設置調整するために来日した。この作品はエルリッヒが以前発表した作品『ロスト・ガーデン』をベースにしたもの。パティオを内包し、窓から覗き込むと中庭とともに覗き込んでいる自分自身も同時に見ているという作品だ。来年開催される『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018』の出展作として、先に公開が始まっている。

「一枚のポストカードのような作品にしたかったんだ。ここは豪雪地帯だよね? 残念ながら僕はまだ雪深い季節には訪れたことがなくて、写真でしか見ていない。雪で道路が封鎖されることもあると聞いているよ。それを感じてもらいたい。部屋には暖炉も置いたし、一年中冬を感じてもらいたい」

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越後妻有の山間部にある長いトンネルに着想を得た作品『トンネル』は、越後妻有里山現代美術館[キナーレ]に設置。視覚的なパースペクティブな奥行きを実際に表現。奥に行くほど全体が小さくなる。

アーティストと鑑賞者は共犯者。

そして、この作品はまだ時間が止まっているとエルリッヒは言う。この先、さらに手を加えて時間が動き出す。

「木が揺れ、フクロウが鳴き、夕暮れを表現する光のプログラムも加える予定だよ。というのも、この作品をようやく自分でも理解し始めたところなんだ。時間軸を持った作品にしたい。この作品が設置されているのは宿泊施設。だから宿泊者のみが、その時間を体験できるんだ」

美術館やギャラリーではなく、目的を持った「リアルな場所」に置くからこそ、その体験もユニークなものになる。『ロスト・ウインター』は、作品の内部に鏡を置くことで視覚を操作する。4分の1は実体として存在するが、残りの4分の3は虚像だ。しかし一方で、十手金物と呼ばれるこの地域特有の、雪よけの板をはめる金物を窓枠に取り付けるなど、越後妻有の特徴を作品に取り込んでいる。

「現実の場所で展示する際は、よりリアリティを意識している。美術館ではできない、ここでしか得られない体験を強く意識するんだ。アートは交響楽団のようなもので、オペラハウスで聴く演奏と森の中で聴く演奏とは、まったく同じ音を奏でていたとしても観客は別のものとして感じるだろう。実際に使われている空間を舞台にすると、作品はどうしたってその影響を受ける。だからこそ、周辺のランドスケープや土地の地域性を知らないと、作品を作れないんだ」

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『根こそぎ引っ張られて』“Pulled by the Roots” 2015年
メディアアートや現代美術を扱うドイツのカールスルーエ・アート・アンド・メディア・センターで行われた、巨大なクレーンで家を吊り上げる大規模なインスタレーション作品。エルリッヒは、「現代において、人間のイノベーションは自然環境と接点を持たずに乖離している」という。しかし、家やビルが立ち並ぶ都市を地面から根こそぎ引っ張り出しても地中には根という有機的な存在があり、自然環境をまったく乖離した状況は作れないことを視覚化する。気候変動や海洋問題など、現代を取り巻くさまざまな環境問題への意識を促す作品。

これまで、アジアやヨーロッパ、アメリカ、オセアニアなど、多くの国で作品を制作してきたエルリッヒ。どの国でも人々に驚きと笑顔をもたらしてきた彼だが、国や地域によって慣習に差がある中、どのように人々に作品を届けているのだろうか。

「アートにおいて文化の違い、国の背景の差はときに重要だけど、アーティストと鑑賞者の関係性はどの国においても変わらない。互いに影響しあうどこか共犯者的な関係だと思っているんだ。そこに微差はある。たとえば日本人はセンシティブでディテールをよく見るし、作品のニュアンスを感じ取る感性を持ち合わせている。ただ見る側だって、一概に同じではないだろう」

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『シンボルの民主化』
“The Democracy of the Symbol” 2015年

エルリッヒが生まれ育ったブエノスアイレスのシンボル、オベリスク。これは、ブエノスアイレスが開かれて400年目を記念して、大統領府と国会議事堂を結ぶ7月9日通りとコリエンテス通りの交わる地点に建てられた220フィート(67m)の塔だ。ある日、エルリッヒは塔の先端を製作しブエノスアイレス・ラテンアメリカ・アート美術館の入口に設置、実際の先端を覆い隠した。塔の先端が突然消えたことで街の人々は大騒ぎ。美術館入口に設置した仮設物内部では、市民が立ち入ることのできないオベリスクの、実際の窓からの風景を記録した映像を流している。

来たる9月28日からは、青山のスパイラルガーデンで『窓学展』に作品を出品、さらに11月には森美術館で、エルリッヒのキャリア史上最大級の個展を開催する。

「僕は作品で、瞬間的にわかる楽しさを重視している。なかでも窓やドアを、身体に訴えかける要素として使うことが多い。建築において窓やドアは、目や耳、鼻、口といった器官と同じなんじゃないかな。窓は建築が感覚を持つための重要な器官だ。そして、光を入れ、空気を入れ、見るという行為を持ち込む要素として、現実的にも機能する。僕の作品で窓やドアは、シンボリックなメタファーを持ち込む装置。窓の向こうに、ここにはない物語を持ってくる。たとえば、地下鉄の車内やアパートメントハウスの内側。生きていると、常に内と外を意識するだろう。外がないのは胎内にいる時と棺桶に入れられた時くらい。内と外の関係性は物語を語れる。窓は、僕にとって重要な感覚、不可欠な要素なんだよ」

実はエルリッヒは、父をはじめ家族に建築家を多く持つ建築家一家に生まれた。育った家は父の事務所を併設しており、子どもの頃から建築は身近な存在だったという。空間を自在に扱う彼にとって、果たしてそれは大きな影響を与えているのだろうか。

「僕は15歳でアーティストになろうと決めたんだ。兄は建築家になったけど、僕はなろうと思わなかった。用をなす空間を作ることにまったく関心を持てなかったんだ。僕はそれよりも、フィクションを作りたかった」

>>後編につづく

レアンドロ・エルリッヒ

1973年、アルゼンチン・ブエノスアイレス生まれ。
現在はブエノスアイレスとウルグアイ、モンテビデオを拠点に活動。多くの国際展に参加するほか、2006年にローマ現代美術館、08年にMoMA PS1などで個展を開催。14年には金沢21世紀美術館で日本初の個展を開催。
www.leandroerlich.com.ar
<EXHIBITIONS>

『レアンドロ・エルリッヒ展:見ることのリアル』
エルリッヒの24年にわたる活動の全容に迫る、世界でも過去最大規模の個展。出展作品約40点のうち8割が日本初公開作品となり、1995年に制作された初期の作品から新作まで、その足跡の全容を紹介する。
会期:開催中~2018/4/1
森美術館(東京・六本木) 
www.mori.art.museum/jp

『レアンドロ・エルリッヒ 個展』
2014年に金沢21世紀美術館で開催された個展でも人気を集めた大規模なインスタレーションのエッセンスはそのままに、日常的な空間でも楽しめる小品を含む新作を中心とした展示を予定。新たなチャレンジも構想中。
会期:2018/1/12~2/25
アートフロントギャラリー(東京・代官山) 
www.artfrontgallery.com

『大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2018』
来夏に第7回を迎える『大地の芸術祭』本祭。エルリッヒは恒久設置の旧作に加え、新作『ロスト・ウインター』などの展開が決定。2000年から掲げる“人間は自然に内包される”をテーマに、新プロジェクトも企画中。
会期:2018/7/29~9/17
越後妻有地域(新潟・十日町市、津南町)
www.echigo-tsumari.jp

【関連記事】
レアンドロ・エルリッヒに魅了された4人の視点。

*「フィガロジャポン」2017年11月号より抜粋

photos : TAKEHIRO GOTO, texte:YOSHINAO YAMADA

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