レアンドロ・エルリッヒに魅了された4人の視点。
Culture 2017.12.24
現在、森美術館で世界最大規模の個展が開催されている話題のアーティスト、レアンドロ・エルリッヒ。そのレアンドロの作品に魅せられた4人が、それぞれの視点から、特にお気に入りの作品を選びます。
とんだ林 蘭 アーティスト
1987年生まれ。コラージュ、イラスト、ペインティングなど幅広い手法で作品を制作。猟奇的で可愛らしい刺激的なビジュアルは幅広い層のファンを持ち、木村カエラ、東京スカパラダイスオーケストラなどのミュージシャンや、ファッションブランドへも作品提供を行う。
行かないと絶対にわからない、体験こそが魅力的。
「日常をモチーフにするけれど非日常的で、普通や常識を疑う。そんな違和感を持った表現に強い親近感を感じます」
と語るのは、アーティストのとんだ林蘭さん。「ただ、私は感じたことを表現するタイプ。彼は理知的で数学者のような人ではないでしょうか」と推測する。
「多くの作品を知っているわけではないのですが、普通の人が当たり前だと思っていることをクルッと変える力に驚かされます。平面作品のようなアイデアを立体物で実現し、人が参加して完成する作品。仕掛けがわからなくても誰もが楽しめる。発想もおもしろいけれど、実際にこんなことをやりきってしまうところがいいですね」
エルリッヒの作品は国内外を問わず、SNSでも大きな人気を集めるが、「彼の作品は行かないと絶対にわからない」と、とんだ林さん。「SNSでいろいろなことがわかってしまう時代、その存在はとても貴重です」
『タワー』“La Torre” 2007年
タワー型のアパートのような建物は、1階の人と強化ガラスの上に乗った宙に浮かんだように見える最上階の人(写真上)を、潜望鏡のような仕掛けで視覚的につなぐ。内部は集合住宅の共用廊下のよう。
>>建築家・大西麻貴さんが選ぶのは、子どもにアートの楽しさを伝える作品。
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大西麻貴 建築家
1983年、愛知県生まれ。京都大学建築学科卒業、東京大学大学院博士課程修了。2008年より百田有希とともに大西麻貴+百田有希 / o+hを協同主宰。建築設計を中心に、インスタレーションやまちづくりなどに取り組む。主な作品に『Good Job! Center KASHIBA』など
初めてアートに出合った子どもに、その楽しさを伝える作品。
大西麻貴さんが初めて金沢21世紀美術館を訪れたのは、開館直後のこと。当時、建築を学ぶ学生だった大西さんが館内に足を踏み入れると、すぐにエルリッヒの『スイミング・プール』が現れた。「SANAAの建築には虹や雲のような透明性を感じますが、空間と作品がぴったりでした」と振り返る。
「 『スイミング・プール』は、開館当時からすでに人が集まる場所でした。作品の性質上、低く抑えられた存在なので、展示室でありながら中庭のような空間。屋外の展示室ですが、屋内のようにも思えるあやふやな場所に魅力を感じます」
エルリッヒについて、「いつも建築に初めて出合う子どもに、建築は楽しいんだと思ってもらえるものをつくりたいのですが、彼の作品は、初めてアートに出合った子どもの心を奪うものでは」と評する。「こんな空間があったらおもしろいよね、驚くよね、という素直な気持ちがそのまま形になっているところがすごいです。構成から細部まで、興味は尽きないですね」
『スイミング・プール』
“The Swimming Pool” 2004年
強化ガラスの上にわずか10cmほどの水を張ったプールは、別の入口から地下に続く“水のない”プール内部にアクセスできる。ヴェネツィア・ビエンナーレで展示されていた本作が、建設中だった金沢21世紀美術館の常設展示に抜擢された。
>>金沢21世紀美術館 副館長の黒澤 伸さんが語るエルリッヒとは?
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黒澤 伸 金沢21世紀美術館 副館長
1959年、東京都生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科修了。89年
より水戸芸術館現代美術センター、99年より金沢21世紀美術館と2つの美術館の立ち上げに関わる。2006年、金沢湯涌創作の森所長を務めた後、17年春より金沢21世紀美術館副館長着任。
虚と実が輻ふくそう輳する、詩情に満ちた空間。
金沢21世紀美術館の立ち上げ準備を進める2001年から、エルリッヒとやりとりを重ね始めたという黒澤伸さんが選ぶ作品は、『リビング・ルーム』だ。
「 2002年に、パリのギャラリーで個展中の彼を訪ねました。そこで出合った本作には、彼のエッセンスや原点が凝縮されています。最初はギャラリーに入っても何が作品なのかわからず、鏡に自分が映らないことに気付くのにも時間がかかりました。この虚実一致の空間には不在の美や無の詩情を感じます。静かでシンプル、かつ力強くも美しい」
エルリッヒを「無邪気で素直、そして悪戯好きな少年がそのままアーティストになったと言えばそのとおりですが、彼自身は自分が存在する空間や環境に対するあまのじゃく的な疑い深さを持ち続けている」と評する。「身体感覚はそのままに、扱う空間や環境が拡大している点は変化でしょうか。これからの表現にも期待が高まります」
『リビング・ルーム』
“The Living Room” 1998年
普通に見える室内に入り、部屋の鏡を見ると自身の姿は映らない。壁を長方形に切り取ったフレームの向こう側に同一の対照的な空間が広がる。本作でエルリッヒは初めて対照的な空間と鏡を用いた。
>>作家の堀江敏幸にとって、レアンドロは「ユーモアにあふれた詐欺師」!?
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堀江敏幸 作家/フランス文学者
1964年、岐阜県生まれ。99年『おぱらばん』で三島由紀夫賞、2001年『熊の敷石』で芥川賞、03年『スタンス・ドット』で川端康成文学賞、04年同作収録の『雪沼とその周辺』で谷崎潤一郎賞、06年『河岸忘日抄』で読売文学賞など、受賞多数。早稲田大学教授。
あるべきものがそこにあるという、不思議な説得力。
「 ユーモアにあふれた詐欺師」とエルリッヒの印象を語るのは、作家・フランス文学者の堀江敏幸さん。実際に作品を体験したことはないが、写真と映像で作品を知る。今回気になる作品として
選んでくれたのが『窓と梯子』だ。
「ありえないはずのものがそこにある、ということではなく、あるべきものがそこにある、と納得させる不思議な力があります。建物が消えて窓のある壁の一部が奇跡的に残ったのではなく、“その部分”がその空間に必要だったのだ、という思いを抱かせます。この窓もそうです。感覚より、感情に訴えるのかもしれません」
エルリッヒの作品には向こう側があるようでいてないものが多い。しかし、「連続しない空間はどこにもない」と堀江さんは言う。
「ここは、どこかに必ずつながっています。彼の窓や扉は、行き来できずとも、触れたガラスや壁の向こうに空間の存在を伝えます。だから観る者は驚きよりも奇妙な安堵を感じるのです」
『窓と梯子』
“Window and Ladder” 2008年
アメリカのニューオーリンズ・ビエンナーレに出展された作品。草原だと思っていた場所が、碁盤の目状の道路跡や家屋の土台跡から2005年のハリケーン・カトリーナの壊滅的被害を受けた地域だとわかる。その喪失感を構造的に表現。
インタビュー前編:美術家レアンドロ・エルリッヒの創作の秘密に迫る!
インタビュー後編:レアンドロ・エルリッヒが未来に創りたいアートとは。
*「フィガロジャポン」2017年11月号より抜粋
texte:YOSHINAO YAMADA