西加奈子に聞く、映画になった『まく子』のこと。

インタビュー

直木賞作家、西加奈子の受賞後1作目の書き下ろし小説『まく子』が映画化、3月15日(金)から全国公開される。主人公の少年の父親役で草彅剛が新境地を見せるなど、公開前からさまざまな話題となっている。児童小説としては異例の累計55,000部の売り上げを記録。幅広い世代の心をとらえた『まく子』の映画版について、西加奈子にインタビュー。

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『まく子』より、主人公サトシを演じる山﨑光(左)と、サトシの住む町に転入してくる謎の美少女コズエを演じる新音(にのん/右)。

直木賞作家、西加奈子の小説には、子どもの立場からするとすんなり消化することは難しい、何かしらのややこしさを抱える親が頻繁に出てくる。特に父親に着目すると、優秀な長男の死を受け止められず行方をくらましてしまう父親が出てくる『さくら』、結婚前に付き合っていた元恋人への贖罪の感情を抱えきれなくなる父親を描く『サラバ!』など、父親である前に、ひとりの弱い男の姿を浮き彫りにしたものが印象に残る。

3月15日公開の鶴岡慧子監督の『まく子』もまた、西加奈子らしい父親がキーとなる作品だ。同名の児童小説を映画化したもので、小学5年生の主人公、サトシは働き者のお母さんとは違う女性と恋愛をする父親への嫌悪を抑えきれない。山間の温泉街の旅館の主人として、宿泊客への料理を作り続ける父親を草彅剛が柔らかく演じていることも話題である。「お父さんが男らしくて素敵じゃなくちゃいけない、そういう価値観から脱却する物語」を書き続ける西加奈子に話を聞いた。

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西加奈子 © SHINGO WAKAGI

――西さんの小説では以前、『円卓』を行定勲監督が映画化した『円卓 こっこ、ひと夏のイマジン』(2014年)という小学校3年生の女の子の物語がありました。あの作品の主人公のこっこは新しい言葉を見つけるとノートに記し、人と違う人を見つけると「自分もなりたい」とワクワクを隠しきれない好奇心の強い女の子。対して『まく子』の主人公のサトシは思春期に差しかかり、肉体が変わることに恐怖心を抱いています。あの年齢の男の子の生々しい感情をどうつかまれたのでしょうか?

私、いま41歳ですけど、だから同年代の女性のことを書けるかと問われた時、それがたやすいと言うと失礼な気がして。小説の『まく子』は最初、男の子に向けて、という考えがあったんだけど、途中で全部改稿して、いちからやり直したんです。サトシは変わることに恐怖を抱えています。いっぽう、変わらないもの、たとえば原子力発電など、自分たちでは処理しきれず、次の世代までそのままの形で残るものってなんだか怖い気がして。そういう変わること、変わらないことの問題をサトシ君の視点を借りて書いてみたら、けっこう、自分に向けて書いた内容になりました。

――転入生としてやってくるコズエという女の子はネタバレにもなるので詳しく説明できないのですが、サトシと違って、変わっていくことにものすごく好奇心を募らせます。そして小説でも映画でも、子どもたちが作った神輿を大人が壊すサイセ祭りという温泉街のお祭りが重要な意味で出てきます。

私たちが死んでも残っていく意思とか、マスターピースとか、そういうものももちろん素晴らしいんだけど、今回はそういう残りかたじゃないものを書きたかったんです。やっぱり朽ちていく運命にあることが私は正しいと思っていて。だから最近の私は、旬の味や桜みたいなものにどんどん美しさを見るのは、ちゃんと死に近づいているからやろうなって思うんです。

『まく子』の中にサイセ祭りを出したように、私はすべての小説って“リボーン(reborn)”、すなわち 生まれ変わる瞬間を書いている気がするんです。『まく子』ではサイセ祭りでリボーンというテーマを象徴的に、かつ、インスタントに出したと思っているんですけど、ほかの作家も自分の神輿を書いていて、それが価値観であったり、地球であったり、役割であったりすると思います。いろんなことが神輿に象徴されていて、それを壊して再生する。また神輿を掲げ、また壊され、壊し続ける。その大切さを書くために作家をやっているのかなって、最近、いろんな小説を読んで思いました。

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サトシの母親を須藤理彩、父親を草彅剛が演じる。

――なるほど、西さんにとって特に重要なリボーンの小説ってありますか?

朝井リョウさんがいま連載されている「どうしても生きてる」(「小説幻冬」)は毎度痺れていますね。アリ・スミスの『両方になる』(新潮社刊)という小説は読み終わって私、身体が全部ずるずるってむけて、違うものになったようなくらい、いまもずっとずっと影響を受けて、とらわれています。それがリボーンなのかはわからないけど、価値観が変わるとか、在りかたが変わるとか、小説の在り方そのものもいじくっていて、そういうことをされるとワクワクしますよね。生きる力をいただきました。

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お父さんは、男らしくなくても、立派でなくてもいい。

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謎めいた美少女コズエを見事に演じ、原作のイメージそのまま、と評された新星・新音。映画は本作で2作目の出演となる。

――原作者として伺いたいのですが、行定監督の『円卓』と、鶴岡監督の『まく子』では同じ原作者の小説を映画化したとは思えないくらい作風が違いますよね。このことはどう思いますか?

それはめちゃくちゃうれしい感想です。私は、映画は映画監督のものだと思っていて、原作に忠実であらねばならないとか、全然考えてもらわなくてよくて。だから、監督が自由にしてくださったんだな、原作が邪魔にならなかったんだなと思いました。小説の『まく子』にはミライっていう変わったおじさんが出てくるんですけど、映画にはその人が出なかったことを気付かなかったくらい、私は映画として観られた。

映画の中のサトシ君はすごく揺れていて、その揺らぎが私はすごく好き。その分、コズエちゃんのまっすぐさ、視線の強さが対照的でうれしかったです。もうちょっと成長したらセクシュアルな匂いがするところが、コズエ役の新音さんはまだそうじゃなくてね。セクシュアルなものが不潔というわけではないけれど、すごく清潔感が出ていて、美しいなと思いました。本当に鶴岡さんの映画になっていたことが私はとてもうれしいです。

――私が印象的だったのは草彅剛さん演じるサトシの父親です。西さんの小説って、子どもからしてみるとちょっと手ごわい親というか、この人、どうしたらいいのかなと、簡単に処理できないお父さんやお母さんが出てくるじゃないですか。特にお父さんがあんまり日本映画に出てくるような類型的なお父さんじゃなく、厄介で弱かったり、頑固だったり、強かったり、多面的な人物として描かれている。今回は積極的に父親の貌を見せない父親像なのも新鮮でした。

うん、マチズモ(男性優位主義)みたいなものが本当にしんどいですよね、男女問わず。そこから脱却したいというのはどこかにあると思うんです。お父さんが男らしくて素敵じゃなくちゃいけないっていうのから脱却したくて。だって、お父さんである前に人間やんって思うんです。

私も子どもがいて、やっぱりどこかで産む前とか素敵なお母さんになりたいと思っていたんですけど、実際産んだら、ああ、無理やって(笑)。子どもの前ですぐ人の悪口言うし。まあ、ええわって思ったら気持ちが楽になって、その代わり大きくなったら、「お母さんもお父さんも立派な人間じゃないから、自分で選択していってね」ってそれだけを言おうと思っていて。

この『まく子』のお父さんはクズですけど、少なくとも父親っぽく振る舞っていないのがいい。そう考えてしまうのは、「父親たるもの」という思想はしんどいやろな、って思うから。

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サトシは父親(草彅剛)に反感を抱いている。

――そのお父さんをあえて独身の草彅さんに演じさせるのはなるほどな、と思ったのですが、どうでしたか?

素晴らしい距離間でしたね。サトシにおにぎりを作る場面があるじゃないですか。あそこ、けっこう難しいと思うんですね。間違えるとすごくいいシーンになっちゃうから。でも鶴岡さんも、草彅さんも、わかりやすくサトシに歩み寄るシーンにしていない。サトシ君は息子なんだけど、それ以前にちゃんと人間として接している。いいシーンやったなと思います。草彅さんの目線がフラットだからかな、すごくいいと思いました。

Kanako Nishi
1977年テヘラン生まれ。『あおい』で2004年に作家デビュー。05年、『さくら』が20万部を超えるベストセラーとなる。『きいろいゾウ』が宮﨑あおいと向井理出演で映画化され、 2013年に公開。『通天閣』で第24回織田作之助賞(07年)、『ふくわらい』で第1回河合隼雄物語賞(13年)、『サラバ!』で第152回直木賞(15年)を受賞。『まく子』は直木賞受賞後、第1作目となる。
『まく子』
●監督・脚本/鶴岡慧子
●出演/山﨑光、新音、須藤理彩、草彅剛
●2019年、日本映画
●108分
●配給/日活
●3月15日より、テアトル新宿ほか全国にて公開
http://makuko-movie.jp
© 2019「まく子」製作委員会/西加奈子(福音館書店)

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interview et texte:YUKA KIMBARA

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