巨匠クストリッツァがウルグアイの元大統領を撮った理由。

インタビュー

旧ユーゴスラビア出身の映画監督エミール・クストリッツァは、自国の複雑な状況を知らしめるために撮った『アンダーグラウンド』(1995年)でカンヌ国際映画祭パルムドールに輝くなど、数々の映画賞を受賞している巨匠だ。そんな彼の最新作は南米ウルグアイの第40代大統領ホセ・ムヒカ(2010年〜15年に在任)についてのドキュメンタリー『世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ』である。東欧の巨匠が、なぜ遠く離れた南米に住む大統領に興味を持ったのか?

トラクターを運転する大統領とは!?

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作品中で語らうエミール・クストリッツァ監督(左)とホセ・ムヒカ (右)。

――ホセ・ムヒカ元大統領のことは、何年か前にフランスにいた時に知ったそうですが、ドキュメンタリーを撮るにいたった経緯は?

バンド()のマネージャーから、トラクターを運転する大統領がいると聞いたんだ。自分で家を修理したり、ほかの政治家たちがやらないことをやる人物で、大統領としても成功しているって。それで、どんな人なんだろう?って興味をそそられて伝記も読んだ。ファシスト政権と闘い、13年間投獄され、その後大統領になった。読めば読むほど興味が湧いて、飛行機に乗って会いに行った。それが8年くらい前のことだ。

結果的に、このドキュメンタリーの構造は、大統領最後の日という1日をベースに彼のいろいろな側面を詰め込むことになった。彼は撮影にもとても協力的で、私がいつでも彼にアクセスできるようにしてくれた。友人にもなり、セルビアの僕の家に遊びに来てくれて、家族ぐるみの付き合いをするようになった。本作には本当にエモーショナルな思い入れがあるんだ。

*自らが所属するエミール・クストリッツァ&ノー・スモーキング・オーケストラ。

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ホセ・ムヒカは敬愛を込めて「ぺぺ(ホセの愛称)」と呼ばれている。

――彼について、伝記や記事には書かれていなかったことで、会って初めてわかったことは?

初めてぺぺ(ムヒカ)と会ったのは、彼が大統領として仕事をする最後の日だった。ぺぺの家にも行ったよ。彼の第一印象は、こんな謙虚な大統領はいない、ということだ。家も質素なのだけれど、人生観もシンプルだ。彼の人生には宮殿などは登場しない。昨今の政治家たちの腐敗した“症状”はまったく見られなかった。僕は、目の前に自分が理想とする人物が立っていることに、とても幸せな気持ちになった。

――ムヒカは来日もして、日本でも大変人気があります。彼を唯一無二の存在にしているものとは何でしょうか?

人には、生まれつき威厳が備わっている人と備わっていない人がいる。彼は前者だ。身長が高かったり体格がよかったりするわけではないけれど、彼は堂々としている。何かあった時に、腹のくくり方が違うんだね。しかも謙虚で、よき人間であり続けている。そのことが世界で彼を唯一無二の存在にしていると思う。歴史を振り返っても彼のような人はいないんだ。

彼は人生で、大きなリスクをたくさん取ってきている。すべて大義のためだ。13年間、投獄されたことによって培ったものの見方や価値観もあるだろう。政権のトップに上り詰めても、大統領という肩書がもたらす恩恵をいっさい手にせずに、社会主義者のままいた唯一の人物だと思う。多くの政治家は銀行や大企業などによって選ばれた人々だ。大衆から選ばれた人というのは、ほとんどいない。そういう意味でも、彼は最後の偉大な政治家であり、大統領といえるかもしれない。彼が投獄されていた時、そこから見る世の中、感じることもたくさんあったはず。彼には危険なところもある。妻とともに革命家としても知られているしね。

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ムヒカの妻でありウルグアイ副大統領も務めたルシア・トポランスキー。

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アメリカのオバマ大統領(当時)との会談など、ドキュメンタリー映像も交えながらムヒカの足跡を辿る。

――彼以外の政治家はなぜ腐敗してしまうのでしょうか?

私たちの生きている時代は、価値観がめまぐるしく変わり続けている。デジタル時代になり、経済でも大きな変化があった。本来ならば、政治家は聡明な人間でなければいけないけれど、いまはそうとは言えない。人は時代に流されやすいし、金儲けのために政治家になる人もいっぱいいる。ムヒカの場合は、あまり世の中の価値観の変容に影響を受けなかった。むしろ変化を受け入れていることが、ほかの人と違うところかもしれない。もちろん、生まれつき強欲さとは無縁なのだろう。神によって“分かち合う者”としてデザインされたのだと思う。軍事的な行動をしていた時でさえもそうだった。心から他者を愛し、僧侶のように他者にすべてを分け与える。それが世界のほかの政治家と違うところであり、ユニークなところだ。

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「大多数の選ばれし者は、上流階級のようにではなく、大多数と同じように暮らさなければならない」と語ったムヒカ。大統領在任中も、引退してからも国民に愛されている。

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ふたりに共通すること。

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ムヒカの考え方に共鳴し、友人となったクストリッツァ監督ならではの距離感で行われる対話は必見。

――ムヒカと友人になったそうですが、あなたたちの共通点とは?

僕とムヒカは、好きな哲学者が一緒で同じ書物をたくさん読んでいるんだ。セネカとかストア派の哲学者。でも、人間的には似ているとはいえないな。僕にとってムヒカは、ほかの惑星から来たような人なんだ。

僕のように、旧共産主義国の出身だと、どうしても人間の悪い側面ばかりが目に付いてしまっていた。でも、彼と出会って考えが変わった。こういう理想的な存在はいるのだと、痛感させられた。自然にとても近く、大統領の仕事にも献身的だった。大統領になってからも、人間性もその信念もいっさい変わることがなかった。

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自家用車を自ら運転するムヒカ。

――あなたもセルビアに自分の村、クステンドルフを造って、自然と共生する生活を送っていますね。自然との共生は、まさにムヒカのライフスタイルと共通するのでは?

ああ、僕は自分の村に住んでいる。空港からも都会からも遠い。15年前にこの村に引っ越してきて、国立自然公園のディレクターになった。もしかすると、僕のそうした流れが、ムヒカとの出会いに繋がったのかもしれないけど。ムヒカは自然との繋がりを一度も失ったことがない人だから。人間は、自分のルーツとともに過ごすことが重要だと思う。鳥のさえずりを聞き、作物を育て、動物たちに餌をやる。天気の変化や季節の変化を感じる。マネーゲームに参加するようなこととはまったく違うものだ。だから現代人の生活は、人間にとって理想的とは言えない。いまの時代、都会で暮らすことは、人間としての尊厳をもって生きていくチャンスをミニマムなものにしてしまうことだ。

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ムヒカがマテ茶をクストリッツァ監督に振る舞うシーンで本作は幕を開ける。

エミール・クストリッツァ Emir Kusturica
1954年、旧ユーゴスラビアのサラエボ(現ボスニア・ヘルツェゴヴィナ)出身。初の長編映画『ドリー・ベルを覚えてる?』(1981年)でヴェネツィア国際映画祭新人監督賞を受賞。『パパは、出張中!』(85年)でカンヌ国際映画祭パルムドール、『ジプシーの時』(89年)で同映画祭監督賞、『アリゾナ・ドリーム』(92年)でベルリン国際映画祭審査員賞を受賞。自国でボスニア紛争が勃発、その状況を世界に訴えるため『アンダーグラウンド』(95年)を製作し、2度目のカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞。その後も『黒猫・白猫』(98年)、『ライフ・イズ・ミラクル』(2004年)、『オン・ザ・ミルキー・ロード』(16年)などを発表。俳優・ミュージシャンとしても活躍。
『世界でいちばん貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ』
●監督/エミール・クストリッツァ
●出演/ホセ・ムヒカ、ルシア・トポランスキーほか
●2018年、アルゼンチン・ウルグアイ・セルビア映画
●74分
●配給/アルバトロス・フィルム
●ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて公開中
※9月1日(火)まで、TSUTAYA TVほかにて期間限定デジタル配信中。詳細は下記公式サイトをご覧ください。
https://pepe-movie.com
© CAPITAL INTELECTUAL S.A, RASTA INTERNATIONAL, MOE

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interview et texte : ATSUKO TATSUTA

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