池田エライザが初監督作『夏、至るころ』に託したこと。

インタビュー

池田エライザが映画監督となった。映画24区が企画・運営する『ぼくらのレシピ図鑑』シリーズという地域の「食」と「高校生」にフォーカスした青春映画制作プロジェクトの第2弾として、初監督作『夏、至るころ』が12月4日から全国順次公開される。今回、ラブコールを寄せた自治体は彼女の出身地と近い福岡県田川市。公務員になることを決めた親友の泰我(石内呂依)と違い、何をしたいかが見つからない主人公、翔(倉悠貴)の高校生最後の夏の日常を瑞々しく切り取ったものだ。女優、歌手、エッセイスト、写真家と形を変えて表現者であり続ける池田エライザに新たに加わった映画製作はどういう日々だったのかを、聞いてみた。

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初監督に挑んだ『夏、至るころ』の製作のエピソードやキャストについて語ってくれた池田エライザ。

田川という町と、ここに住む人々に魅了されて。

――エライザさんが監督を手がけると聞いた時、Netflixで配信中の主演ドラマ「FOLLOWERS(フォロワーズ)」に近い世界を選ばれるのかと思ったら、ご自身の出身地である博多から近い田川市で過ごす男子高校生の日常で、意外に思いました。今回は映画24区からオファーを受けたとのことですが、地方再生というテーマも抱え持つこの企画にどう挑まれたのでしょうか?

私は福岡出身ではありますが、個人的にはそれまで田川市との関わり合いはありませんでした。でも、田川はこれまで芸能界でも特に異彩を放つ方々を輩出しているんですね。バカリズムさん、IKKOさん、井上陽水さん。かつては炭鉱の町でしたが、私自身もそうだったように、学生の頃は自分の住む町についてよく知らなかったりしますよね。

『夏、至るころ』の翔と泰我も、自分の生まれ育った土地をよく知らない。今回オファーをいただいて、製作チームでシナリオハンティング、ロケハンと、何度も田川に取材に行って地域に密着し、町の人々とも何度も食事をしたんです。中学生だけで数十名、高校生で数十名、20代、そして親御さんたち世代とそれぞれ分けて座談会をする機会も設けていただいたんですけど、この町のみなさんは穏やかで、とてもきれいな日本語を使って、ストレートに物事を表現し、それが許された環境の中でいろんなことに疑問を抱いたり、のびのびと考えたりしている姿に着想を得ました。

豊かな自然に囲まれ、世の中の理や地球の摂理みたいなことを、思う存分考えることのできる町。その田川に魅力を感じたし、町の人たちもこれまでの炭鉱のイメージとは違う、これからの田川にアプローチしてほしいとおっしゃっていて。だから、ところどころに私の原体験や10代の時に感じたことが出ていますけど、私についての物語というよりは、いまの田川市を描いているし、懐かしむ話というよりは、青春の真っただ中にいて、その困難と直面している高校生の物語になりました。

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幼い頃から祭りの太鼓を一緒に叩いてきた翔(倉悠貴/左)と泰我(石内呂依/右)。泰我が突然、受験勉強に専念するために太鼓を止めると翔に告げる……。彼らの高校最後の夏を描いた物語。

――映画の中では、田川市の英彦山(ひこさん)を源流とする彦山川(ひこさんがわ)と中元寺川(ちゅうがんじがわ)の穏やかなショットが何度も映され、こういう川べりに住んでみたいなと思いながら観ました。池田監督がアイデアを出した物語では、リリー・フランキーさん演じる翔のおじいさん、お父さんは一度はここから出たかったと、ここではないどこかに少し憧れていて、原日出子さん演じるおばあさん、杉野希妃さん演じるお母さんはどっしりとこの地に腰を落ち着かせている、その対比がよいですね。

座談会の時に、おもしろい言葉に出合ったんです。「もし、息子さんがこの町から出たいと言い出したらどうしますか?」って聞いたら、「出りゃいいじゃーん、どうせ帰ってくるんだから」と。その愛情の深さと、間口の広さがいいなと感じたんです。行ってきなさい、いつでも帰ってきなさいと言える、その感じって憧れるし、意外と難しいことじゃないですか。田川には町全体にその香りがあるんです。巣立っていっていいよ、帰ってきていいよ。で、帰ってきたら前と変わらない態度でいてくれる優しさがあって、それを原さん、杉野さんの役に込めました。撮影で町にいる時間が増えるほど、心が育って、人が育っている町だなと感じたし、キャストたちも田川にいることによって、どんどんいい顔つきになって、芝居にも厚みが出て、人との付き合い方にも余裕が持てるようになりました。

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『夏、至るころ』撮影中の池田監督。

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夢敗れた少女に、自分の言葉を託した。

――主人公の翔役の倉さんはオーディションで選んだとのことですが、次の感情が出てくるまでに時間のかかる男の子という設定で、時々、静止画と思うほどためがあって、ちょっとひやひやする場面もありました。とてもおもしろい演出ですよね。

倉君に初めて会った時、どこでそんなドラマ芝居を身に着けたんだろうという状態だったんです(笑)。お顔がいいのもあるからか、ラブドラマで需要があったんだろうけど、そういう分野で注目されるような芝居をしていて。でも、私が演出するうえでは、セリフを言いたくなるまでは言うなと伝えました。倉君も、翔君も、人を傷付けたくないから、言葉が喉から声となって出てくるまで、自分の中でかみ砕いて、かみ砕いて、それでもいままで無自覚だったこの感情を伝えなきゃと出てくるまでに時間がかかるタイプで、人と話すことに不慣れな感じが私はすごく好きで。だから役と本人がリンクしている印象がありました。でも、翔君には翔君なりの流れがある。静寂の中にも少しずつ変わっていく何かがあって、それを見ていたくて、なかなかカットをかけませんでした。

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翔と祖父(リリー・フランキー/右)ら家族との時間が丁寧に描かれる。

――翔君と泰我君は、一度は田川を出ていったけれど東京でやりたい形にたどり着けず戻ってきた少女、都と出会い、自分にはない発想をする彼女に惹かれます。都役のさいとうなりさんは、こういう女優さんがいたのかと、はっとしましたが、都の言動には池田監督の言いたいことが込められているのかなとも感じました。

都の語っている部分は、私から世の中への悪口です(笑)。この映画は少年たちのこれからの夢をどうするかということを描いているけど、都の場合はシンガーとしての夢に向かって動いた結果、すでに夢に敗れている。プロとしてスタートラインに立った段階で、すでに敗北している。そういう人がいるんだと翔の目を開かせるし、すでに目標を持っている泰我との三角関係において、都は重要な役を果たしている。

私自身は普段、不平不満を表では言わないんだけど、都ちゃんを通してだったらきっと美しく昇華してくれるだろうなと思い、言葉を託しました。翔君の日常を変える都ちゃんのように、私にとっても、人生を変えたであろう人との出会いはあったはずなんだけど、いま、ぱっとこの人です、と言えるような人が思い出せない。だから、都ちゃんには、この映画の中で、翔君と泰我君のために歌ってほしかったんです。顔は忘れてしまっても、歌は記憶に残るじゃないですか。翔君はいつか、都の顔は忘れるかもしれないけど、彼女の声はどこかで頭の中に残っていて、この先、彼女の声を耳にしたとき、「あ、この人に会ったことがある」と思い出すと思うから。

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翔と泰我は、ギターを持って町に現れた不思議な少女、都(さいとうなり/左)に出会う。

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作品への思いをまっすぐに伝えてくれる言葉の数々に、池田エライザ監督の聡明さが表れているよう。

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感じたことを、映画でビビッドに表現できたら。

――映画の中で、翔の母親がせっせと作っているピクルスの酢漬けは、もともと地元の方の手作りを食べて、物語の中に取り入れたということですが、この映画がきっかけで商品化されたそうですね。

もうあのお父さん、お母さんの作るピクルスを世に出すために、脚本に取り入れたくらい、優先しました(笑)。すごくおいしいんですよ、食べてみませんか。(と、すすめてくれる)

――これは、お世辞抜きで本当においしい!

「でしょう。私、一瓶まるまるすぐに食べちゃうの。これも座談会がきっかけでその存在を知ったんです。手作りで丁寧に作っているから量産はできないけれど、この映画がきっかけで、世に広まることになったのはとてもうれしいです。

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池田監督も絶賛する、映画に大切なアイテムとして登場するパプリカピクルス。左から、「レッドパプリカ」「パプリカミックス」「イエローパプリカ」各¥864、「パプリカミックス(角切り)」各¥594/以上たがわ旬菜 https://vegetagawa.com

――『夏、至るころ』は2020年の全州国際映画祭、上海国際映画祭に選出されました。今回、映画の撮り方がわかったことで、映画監督としての次のビジョンはどのようなものが?

『夏、至るころ』を撮った後に観た、少年を描いた作品で、ああ、これ好きだなあと感じたのは相米慎二監督の『夏の庭 The Friends』(1994年)。もうひとつは、少年の心境にフォーカスする映画で、ここまで描けたら最高だなと思ったのは『リトル・ダンサー』(2000年)でした。大人になるって、私には思ったより、つまんなかったかも。でも、そう感じる反面、まだまだやれるなと思えちゃうのは、結局、これって、どういう映画なんだろうと考えさせてくれる作品なんですね。

映画の脚本はいろいろ書いているんですけど、次の作品はまた違う構成になると思います。もともと脚本や小説はずっと書いていました。小学生の時は小説家になりたくて、書くことは癖ですね。今回、監督として声をかけてもらいましたが、この機会がなかったとしても、いつか自分でお金を出して、世の中に言いたいことはちゃんと自分らしい形で表現しようとアタックしていたと思うんです。これからもスポンサーから予算をいただいて作るだけではなく、自分の感じたことをビビッドに、そのままクリエイティブに落とし込むことをやっていきたい。もちろん、大きな予算をいただけるんだったら(笑)、もっと幅は広がると思います。

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次回監督作ではどのような表現を見せてくれるのか、期待が膨らむ。

池田エライザ Elaiza Ikeda
1996年4月16日生まれ。福岡県出身。近年の出演作品に『ルームロンダリング』『SUNNY 強い気持ち・強い愛』『億男』(すべて2018年)、『賭ケグルイ』『貞子』(ともに19年)、『一度死んでみた』(20年)、『騙し絵の牙』(21年)など。蜷川実花監督のNetflixオリジナルドラマシリーズ「FOLLOWERS」が配信中。
『夏、至るころ』
●監督・原案/池田エライザ
●出演/倉悠貴、石内呂依、さいとうなり、安倍賢一、杉野希妃、後藤成貴、大塚まさじ、高良健吾、リリー・フランキー、原日出子ほか 
●2020年、日本映画 
●104分 
●配給/キネマ旬報DD、映画24区 
●12月4日より、渋谷ホワイトシネクイントほか全国にて公開 
www.natsu-itarukoro.jp
©2020「夏、至るころ」製作委員会

【関連記事】
池田エライザ出演「FOLLOWERS」について、蜷川実花監督にインタビュー。

photos : AKEMI KUROSAKA (STUH), interview et texte : YUKA KIMBARA

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