Music Sketch

ひとりのシンガーの人生も激変させた、50年前の事件を映画化した『デトロイト』

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映画『デトロイト』を観た。今から50年ほど前の1967年7月、アメリカ中西部の大都市デトロイトで黒人たちによる暴動が5日間にわたって続き、死者43名、負傷者1100名を超えた大惨事となった。この“デトロイト暴動”の発端は、黒人のベトナム帰還兵を祝うパーティを催していたパブが無許可営業だったため、警官が押し入り、横暴な取締りを行なったったことから。一部の黒人市民が商品の略奪や放火を始め、次第に街は戦場化。市警だけでは収拾できず、ミシガン州警察や軍隊まで投入するほど緊迫していった。その中でおもちゃの銃でいたずらに発砲したことをきっかけに、白人警官3人が狙撃者探しのために、アルジェ・モーテルに宿泊していた若者たちを執拗に尋問。映画はその戦慄の一夜と、その後を描いたものだ。

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撮影はボストンだったが、当時の街並みもファッションも徹底して再現

映画の資料に“戦慄の40分”とあったので、自分がその恐怖に耐えられるのか不安はあったものの、1970年代に活躍したヴォーカル・グループ のザ・ドラマティックスの真実が語られているとあったし、監督がイラクを舞台としたアメリカ軍爆弾処理班を描いた『ハート・ロッカー』(2008年/第82回アカデミー賞で作品賞、監督賞ほか計6部門受賞)、ウサマ・ビン・ラディンの殺害計画の特殊部隊を題材とした『ゼロ・ダーク・サーティ』 (2012年)を撮ってきたキャスリン・ビグローだったので観ることにした。

映画『デトロイト』日本版予告

■その場を収めようとした黒人警備員と、白人警官、10代の若者たち

デトロイト暴動の陰で表に出ることのなかった事件だが、莫大な資料や個人的な体験記録に加え、生存者のうちの3名が映画のコンサルタントとして撮影に参加したことで綿密に練られた脚本が書き上げられた。警官の大部分が白人、裁判の陪審員も全員白人だが、すべてが白人対黒人の構図ではなく、無実の黒人を助けるために手を差し伸べる白人警官ももちろんいる。人権問題への関与を恐れ、見て見ぬ振りをして立ち去っていく州警察の姿には言葉が出なかったが……。

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食料品店の警備員ディスミュークス役を演じるジョン・ボイエガ。最近は『スター・ウォーズ』の作品にも出演。

善意の行動をとろうとしたものの、結果的に警察側からも黒人のコミュニティからも敵対視されてしまう食料品店の警備員ディスミュークス。この役を演じるのはジョン・ボイエガにとって難しいものだったが、ディスミュークス本人から電話で話を聞くことができ、役作りに大いに助かったそうだ。

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差別主義の警官クラウスを演じたウィル・ポーター。『レヴェナント:蘇りし者』などに出演。

最も残虐で狂気的な警官クラウスを演じたウィル・ポーターは、あまりの辛い役に撮影の途中で泣き崩れたこともあったという。これら白人警官は「一個人のキャラクターというより、むしろ事件発生時の目撃談に基づき、事件に関与した警官たちの行動を反映した人物」として描かれていて、実際の警官とは名前を変えている。

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アメリカのTVシリーズを中心に活躍している、ラリー役のアルジー・スミス。

デビュー前のザ・ドラマティックスでリード・シンガーを担当していたラリー・リードも事件前と後で人生が激しく変わり、そこに焦点が当てられている。彼が仲間の一人(メンバーの弟)を亡くしてからは、デビューのチャンスにも胸が全くときめかず、ひとりグループを脱退し、聖歌隊で歌うようになるまでの気持ちは痛いほどに伝わってくる。

■劇中で元ザ・ドラマティックスのラリーと共演したアルジー・スミス

殺されたフレッド役のジェイコブ・ラティモアは現在21歳で、9歳の時にデビュー曲を発表して以来、R&B/ヒップホップのシンガー、ダンサーと活躍しているし、ラリーを熱演しているアルジー・スミスも8歳からスタートした俳優業に加え、現在はシンガー/ミュージシャンとしても活動している23歳。それゆえ、当事者の気持ちに感情移入しやすかったと思うし、特にラリー・リード本人が終盤のレコーディングの場面にブースの中の関係者のひとりとして出演していることもあり、アルジー・スミスの入魂も相当なものだったと思う。歌うことが好きでたまらず誰もいないステージでひとり歌う姿から、モーテルやスタジオ、教会などラリーが歌うシーンは多いが、後半に進むにつれてその歌声に胸が締め付けられ、魂を込められた歌が生き物のようにさえ感じてしまった。

アルジー・スミス&ラリー・リード「Grow」“人は皆平等のはずなのに、いつになったらこの分断が終結するんだ?”と歌う。

■この映画が人種に関する対話を促すために役立つことを願う監督

実話の映画化に当時の映像も挟み込み、特に“死のゲーム”感覚で警官たちにいたぶられるモーテルのシーンは、自分がその場にいるような息もできないほどの切迫感に包まれる。しかし観終わった後は、後半の淡々とした裁判のシーンでの虚無感やラリーの自室での静寂などの方が心に重く沈殿しているのだ。

アメリカ社会はこの暴動や事件から50年経った今でも、黒人を射殺した白人警官に対する無罪判決や、その判決に対するデモの暴徒化など、前進せず変わってはいない。トランプ政権になり、差別的な発言でアメリカ国内外の分断は進むばかりだし、人種問題・人権問題は地球上に変わらず存在している。だからこそ、ビグロー監督は歴史の闇に埋もれていた事件をこうして突きつけたかったのだろう。TVのニュースやヒップホップなどのメッセージ性の強いブラックミュージックを通して人権問題等に感じることは多々あるけれど、今まで観てきたなかでここまで衝撃的で震えた映画はなかった。

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ウィル・ポーターに演技指導をするピグロー監督。

監督はプロダクションノートに、今の時代にこの作品を製作したことへの見解を語っている。「芸術の目的が変化を求めて闘うことなら、そして人々がこの国の人種問題に声を上げる用意があるなら、私たちは映画を作る者として、喜んでそれに応じていきます。この映画が少しでも人種に関する対話を促すために役立つこと、この国で長きに渡って根強く残っている傷を癒すことができることを願ってやみません」。

『デトロイト』
TOHOシネマズ シャンテほか全国絶賛公開中
提供:バップ、アスミック・エース、ロングライド
配給:ロングライド
2017年/アメリカ/英語/142分/アメリカンビスタ/カラー/5.1ch/原題:DETROIT/日本語字幕:松崎広幸
www.longride.jp/detroit
© 2017 SHEPARD DOG, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.

*To Be Continued

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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