大人の色香を携えて。津田健次郎が語る、最新映画への向き合い方、そして演じるということ。
Culture 2025.06.20
声色ひとつで人物のパーソナリティだけでなく、細かい仕草や色香までもまざまざと想起させる津田健次郎。2025年は声優活動30周年を迎えたアニバーサリーイヤーを迎える。
俳優としても出演作『恋愛裁判』が去る5月の第78回カンヌ国際映画祭に出品され、やなせたかしをモデルとした朝の連続テレビ小説「あんぱん」の戦後編で重要な役を控えるなど、八面六臂の活躍を見せている。そんな活動の中でも、これまでと違った異色の顔を見せているのが7月4日公開の『キャンドルスティック』だ。金融取引が行われるデジタルネットワークでのマネーゲームをスリリングに描いたもので、彼が演じるのはなんとコキュ(妻を取られた男)。津田演じる数学の天才と、阿部寛演じる犯罪歴のある天才ハッカーとのひとりの女性を巡る因縁を軸に、金融サスペンスにどう取り組んだのかを聞いた。
――津田さんが演じた功は、川村徹彦さんによる原作小説「損切り:FXシミュレーション・サクセス・ストーリー」(パブラボ)と映画とでは人物像がかなり変更されています。小説では功のモラルハラスメントの言動から菜々緒さん演じる妻、杏子が逃げるという設定でしたが、映画では杏子と阿部寛さん演じる野原にある共通する特性があって結びつき、功が弾き飛ばされる構図になっていました。
「功は冒頭とラストの方に出てくる人物ですが、イメージが随分と変わり、そのギャップが面白いと思って演じました。小説と違い映画では、杏子と野原は理屈抜きに繋がってしまい、功は妻を愛しているが故に、自分以外の誰かと繋がっている妻のことがしんどくて受け止められない。さらに功は数学者で、数字というものに固執して生きているのに、杏子と野原は数字に対して特殊な能力をもっていて、功はどうしたってその領域には手が届かない状況。人としても数学者としても決定的な才能の欠如を思い知らされる、ある種の挫折を背負った役だと思いました。
そんな憤りを抱えた人が、唯一、野原に対して水をかけることだけができたのだけど、野原がリスペクトしている相手だからこそ、出口のない思いも持っている......。そういう緊張感は、演じていてとても面白かったですね。同時に功は社会性を意識して動く人でもあると思っていて、どうにもならない衝動の突き上げや平静でいられない揺れみたいなものが、観客の方に伝わるといいな、と」
――津田さんがコキュの役を演じられるのは非常に意外でしたが、情けなくも、かわいらしく見えました。50代になられて演じられる役に抜け感があるというか、あえて渋く端正な役から積極的に遠ざかっている印象を受けます。
「俳優として最近、お話をいただく役がバリエーション豊かで、とても底意地の悪い役や、キュートな役だったり、今回の功のように普通の人だけどシリアスな状況を抱えていたりと、癖のある役が多く、やりがいを感じます。元々、声優の、特にアニメーションでは非常に癖の強い人が多いので、どちらもやっていてとても面白いんです」
――声の役に、実写が追い付き、追い越そうとしている感じでしょうか?
「ですかね。面白がっていただいているのかな。いろんなタイプの個性的な役を振っていただけるのは本当にありがたいですね」
――功も杏子も野原もミドルエイジになって、突然思わぬ人生に転がってしまうストーリーですが、津田さんご自身の人生の転機とは?
「自分にとっては、40歳になった年が大きな転機でした。日本人の男性の平均寿命が約81歳で、人生の半分が過ぎたと自覚したことが大きかった。ここから先はいつ死んでもおかしくないなあという実感が、逆にエネルギーになったんです。やりたいことは全部やって、とにかく日々の濃度を濃くしていこうと。だから逆にハードモードになってしんどくもなるんですけどね(笑)。 その分、毎日がとても充実してますね。とにかく後悔ないようにやっていこうと決めています」
――2025年は声優のお仕事が30周年を迎えられます。
「30周年......実は自分が1番ピンと来ていないかもしれません。声優としてのアニメーションデビューから30年で、俳優として舞台に立ち始めたのはさらにさかのぼるのですが、あっという間だったなと思いますね。過去のことはあまり振り返らないタイプなのですが、だからこそ30年続けてこれたのだろうなと思います。先日は、ディナーショーもやらせていただき、光栄です」
――お忙しい日々を過ごされていると思います。日常をリセットする上で大切にされてることはありますか?
「朝晩と1日2回お風呂に入るんですけど、浴槽に身を浸すことが生活の区切りになっているかもしれないです。夜にお風呂に入ったら、とりあえず1日が終了、朝はお風呂に入ってエンジンをかけて目を覚ます、という具合に。あとは、もう少し自然に触れられる機会があるといいなと思います」
――実写映画からアニメーションの役も含め膨大な数の声を演じてこられていますが、最も自分に近いと思うキャラクターと最も遠いと思うキャラクターは?
ジャケット¥583,000、Tシャツ¥115,500、パンツ¥286,000(以上ジョルジオ アルマーニ/ジョルジオ アルマーニ ジャパン) その他スタイリスト私物
「アニメーションだったとしても、実写のドラマや映画であっても、どの役もなるべく自分のフィルターを通して表現できればいいなと思っていますが、アニメーションの場合は本当にバリエーション豊かで、それこそ動物など人間ではない役も演じますからね。そういう意味では、イルカとかが一番遠いかな(笑)。近いと言うのはあまりなかったかも」
――津田さんは『呪術廻戦』のナナミン(七海建人)に近い方なんじゃないかと勝手に想像しておりましたがいかがでしょう?
「いやいやいやいや(笑)。彼は非常にしっかりした人ですからね、むしろ真逆かも。皆さんもそうだと思いますが、社会的な自分とプライベートの自分があるように、自分もわかりやすくいくつかの面があるけれど、残念ながらナナミンと近しいところはなさそうです(笑)」
1971年6月11日生まれ、大阪府出身。舞台俳優としてキャリアをスタートさせ、1995 年に声優デビュー。声優として『テニスの王子様』の乾貞治、『ゴールデンカムイ』の尾形百之助、『呪術廻戦』の七海建人、『極主夫道』の龍など、多くの人気キャラクターを演じ、『スター・ウォーズ』シリーズなどの洋画吹き替え、多ジャンルのナレーションを担当。2020年、第15回声優アワード主演男優賞受賞。俳優として、ドラマ『グレイトギフト』、『映画 マイホームヒーロー』『わたしの幸せな結婚』『劇場版 トリリオンゲーム』『女神降臨』シリーズなどに出演。2025年には映画『キャンドルスティック』(7月4日公開)や、『恋愛裁判』が控えている。
日本、台湾、イラン、ハワイを舞台に、天才ハッカーがAIを騙して大金を得るべく奔走する姿を描いた、日台共同製作によるマネーサスペンス。天才ハッカー・野原を阿部寛、FXトレーダー・杏子を菜々緒、杏子の元夫で数学者の功を津田健次郎が演じる。ファッションブランドの広告映像やMVなどを手がけてきた映像作家、米倉強太が長編映画初監督を務めた。
●2025年7月4日公開
●監督/米倉強太
●製作/2020年、日本・台湾合作
●93分
●配給/ティ・ジョイ
公式サイト https://candlestick.jp/
photography: Yohei Mihotani styling: Syohei Fujinaga Hair & makeup: asazu yousuke interview & text: Yuka Kimbara Special thanks: Multi-Ple Nishiazabu