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ラナ・デル・レイの歌で最高潮に達する、映画『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』

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音楽分野に限らず、ドキュメンタリー映画がとても増えている。今年も多くの作品が公開されたが、個人的には『メットガラ ドレスをまとった美術館』がクリエイティヴィティに溢れた言動を体感でき、とても興味深かった。最近では『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』に圧倒された。15〜16世紀のネーデルランドで活躍した“悪魔のクリエイター”とも呼ばれるヒエロニムス・ボスが没後500年を迎えたことで、プラド美術館全面協力のもと、彼の代表作「快楽の園」を題材に、そこに魅せられた知識人や文化人などが次々と語っていく90分だ。「人々は傑作に感動すると自らの心の声に耳を傾ける。その心の声こそが芸術家を動かす真実なのだ」というアンドレイ・タルコフスキーの言葉から、映画は幕を開ける。

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三連祭壇画の大作「快楽の園」

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一部分を鑑賞しても、想像力無限の幻想的な世界に惹き込まれる

■ 美術史家をはじめ、ノーベル賞作家や歌手らが「快楽の園」の謎を紐解く

初期のネーデルランド美術の伝統を踏襲した写実主義に重きを置きながら、人間や鳥、魚、昆虫、そして農具、楽器といった生活必需品に加え、独創的な妖怪なども登場する。現実なのか妄想なのか。観音開きの三連祭壇画「快楽の園」に描かれた天国と地獄を、あえて昼の美術館ではなく夜の美術館に招いて鑑賞するという展開で、招かれたのは、ボス研究の第一人者である美術史家ラインダー・ファンケンブルグ、ノーベル賞作家のオルハン・パムク、作家サルマン・ラシュディ、現代スペインのピカソと呼ばれるミケル・バルセロ、ソプラノ歌手のルネ・フレミングなど、多彩なジャンルからの著名人。赤外線分析で下絵が判明され、顔料も解明され、何より細部まで繊細に描かれた妖怪たちまでもが推測を交えながら多面的に解き明かされていく。そしてボスの謎を紐解きながら、各自がそのまま心の声を捉えていくことになる。

映画『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』予告

「快楽の園」に描かれた世界が分析される中で、神経科学者のソフィー・シュワルツが語っていたことも、子供の頃から夢と潜在意識との関係に興味のある私は気になった。

「眠っている間の実体験を、私たちは夢と言います。(中略)夢は幻想ではありません。睡眠中の実体験です。時間も経過するし、色彩も音もある。現実世界のシミュレーションです。外の世界から脳が得る情報量はごくわずか。その情報が記憶となり夢が作られます。人間は脳の神経回路を使い物事を認識していますが、それは日中も眠っている時も同じです。私たちは日々の記憶と共に眠るんです。夢の中に出てくるすべてのものは、私たちが日常で接したもの。鳥の夢は鳥を見たからです。大きさや現れる場所が変でも鳥そのものには違和感がないはず。記憶の下地があるからです。加わるのは夢ならではの想像力」

『ボイマンス美術館所蔵ブリューゲル「バベルの塔」展〜16世紀ネーデルランドの至宝—ボスを超えてー』の公式図録を見ても、ボスの絵にはこれでもかというほどの拡大画が掲載され、細部までこだわった徹底ぶりに驚かされるばかりだし、『ベルギー奇想の系譜 ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで』展に足を運んでも、ボスの劇的な影響力に目を見張る。ボスが残した作品は現存する40点足らずと言われているが、一作一作に入魂したそのエネルギーは計り知れない。

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ボスは細部にわたり、強いこだわりと意味とを持たせた 。

■ “神様と魔物が住む世界で私は天使だった”と歌うラナ・デル・レイ

また、音楽の使い方の素晴らしさも、私がこの映画に惹かれた理由のひとつだ。バッハやヴィヴァルディといったバロック音楽の重鎮の楽曲から、ミニマル音楽のアルヴォ・ペルト、エルヴィス・コステロ、ラナ・デル・レイまで多彩な音楽が選ばれている。なかでもエイフェックス・ツインやチリー・ゴンザレスの曲を取り上げることでも知られ、現代音楽の分野で特に定評のあるヴァイオリン奏者ダニエル・ホープによるアルヴォ・ペルト作曲「Fratres For Violin, String Orchestra And Percussion」には映像の中にそのまま引き込まれそうになる効果があるし、ラナ・デル・レイの「Gods And Monsters」は、この映画のために書かれたのではないかと思うほど込み上げてくるものがある。ハイライトシーンと呼んでも過言ではないだろう。

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楽器や音符など、音楽と関連するものも多く描かれているが...。

モラルを超えた描写や怪奇的な動物や悪魔も登場するなど、人間の愚行や罪をテーマにした作品が多いのは、ボスが属した「聖母マリア兄弟会」と呼ばれる敬虔な信仰会の影響があったからと言われている。ゆえに、現実世界とは違う秩序の中で絵画が描かれつつも、キリスト教の秩序は守っているのだ。美術史家のファンケルブルグが「宗教的な紛争の多い時代を生きる画家にとって、不謹慎な三連祭壇画は自らへの迫害を招きかねない。『快楽の園』の世界にはニセの聖体拝領は描けなかった。ボスは宗教面では非常に保守的だ、一方、芸術面では革新的な男だった」と語る。そして各人が気になる箇所について感想を言い始めたところで、ラナ・デル・レイの歌が流れ出す。

“神様と魔物が住む世界で私は天使だった / ここは邪悪の園 / 怖くて仕方なくて本能に従ったわ / 灯台のように輝いた(中略)神様とは相性が悪いの / だから歌うわ / 私の魂は誰にも奪えない / ジム・モリソンみたいに生きるの(中略)いいじゃないの / これが私の望んだ天国 /邪悪な世界 / 邪悪な世界”(字幕より引用)

シンガー・ソングライターのラナ・デル・レイはニューヨーク州の名門フォーダム大学で哲学を勉強する一方、写真や映像への造詣も深く、自分のヴィデオを自身で製作したり、写真家である妹キャロライン・グラントとアートワークを作成したりしているほど。歌詞をCDのブックレットに掲載することを許可せず、音楽とヴィジュアルで自分の世界を伝えていく。この歌「Gods and monsters」が生まれた背景はわからないが、彼女がボスの絵を知らないことはないだろう。

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ラナ・デル・レイ。2012年に発表したメジャー・デビュー・アルバム『Born to Die』が世界各国で話題に。最新アルバム『Lust For Life』は第60回グラミー賞で最優秀ポップアルバムにノミネート。

■「謎を解こうと会話し、謎に決着をつけることが、人生をより豊かにする」

絵を鑑賞する人々の反応、ナレーション、絵。この3つの要素が行き来して謎解きが展開される映画の構成に関し、ホセ・ルイス・ロペス=リナレス監督はオフィシャル・インタビューで次のように説明する。

「ファンケンベルグの見解では、ボスが『快楽の園』の制作を依頼された時、絵は鑑賞用であると同時に会話を引き出す役目を担っていました。(中略)本作の目的は、16世紀にされたであろう会話を現代にも引き継ぎ、映画の観客を巻き込むことです。映画の鑑賞後、観客それぞれがこの絵と対人間の魂に優れたものを受け入れさせる話を始め、自分自身が何を欲求していて、何を嫌い、何を恐れているのかに気づくでしょう。『快楽の園』は自身の内面を如実に映し出す鏡なのです」

そして最後に次のように語っている。

「芸術家の使命は謎を深めることにあります。哲学者のミシェル・オンフレ氏が劇中で示唆するように、芸術が持つのは、衝動とカタルシスを通して、人間の魂に優れたものを受け入れさせる力だけです。私たちはみな謎を愛し、謎を求めています。謎を巡り、謎について考え、謎を解こうと会話し、謎に決着をつけることが、人生をより豊かに、より興味深いものにする。ボスは心からそのことを理解していたからこそ『快楽の園』を世に送り出したのではないでしょうか」

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ボスの自画像。本名はヒエロニムス・ファン・アーケン。ネーデルランドの画家一族に生まれ、レオナルド・ダオヴィンチと同じルネサンス期に活躍した。

私は映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』のエミール・クストリッツァ監督にインタビューした際、カオスな内容に「快楽の園」に通じる社会が抱える矛盾や不条理を感じたので、時間があればボスについて話を聞いてみたかった。余談ながら、そして私は夢には絶対的意味や理由があると信じているけれど、この映画を2回目に観た夜、ビョークに槍で殺されかけた夢を見た。あれは一体何の象徴だったのだろう。

『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』公開中
シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー。
© Museo Nacional del Prado ©López-Li Films
http://bosch-movie.com/

*To Be Continued

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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