Music Sketch

映画『レディ・バード』は監督が故郷に捧げるラブレター。

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女優のグレタ・ガーウィグは、この脚本を書き終えた時に「自分が監督をしたい」と意識したという。女優としては直近では『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』(2016)、『20センチュリー・ウーマン』(2016)に出演、また、いま話題のウェス・アンダーソン監督の最新作『犬ヶ島』では意気盛んな女子高校生の声を担当している彼女。実は本作品が単独監督デビュー映画となった。

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 脚本・監督を担当したのは、既に女優として実績のあるグレタ・カーウィグ。1983年生まれ。

■いま話題のティモシー・シャラメやルーカス・ヘッジが恋人役で登場

主演はシアーシャ・ローナン。彼女はとても役を選ぶのが上手だ。13歳で出演した『つぐない』(2007)でアカデミー賞助演女優賞、ゴールデン・グローブ賞助演女優賞にノミネートされたのをきっかけに、主演作『ラブリーボーン』(2009)に続き、『ハンナ』『グランド・ブダペスト・ホテル』(2014)などにインパクトの強い役で出演。そして『ブルックリン』(2015)ではアカデミー賞主演女優賞、ゴールデン・グローブ賞主演女優賞にノミネート。この『レディ・バード』でもアカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、ゴールデン・グローブ賞ではミュージカル/コメディ部門で主演女優賞を受賞した。

1994年にニューヨークで生まれ、3歳でアイルランドに移住したローナン。彼女にとって『ブルックリン』での、“アイルランドに生まれながらニューヨークのブルックリン区に移民、しかし故郷のアイルランドで問題が起こり、どちらで暮らすか選択を迫られる役”には、自分を重ねやすい部分があった。しかし、時代設定は1951年頃。一方、この『レディ・バード』は同じように“恋愛や家族のこと、東海岸の大学か地元の大学かで悩む役”ながら、2002年のカリフォルニア州サクラメントが舞台という、より自分に近い時代設定とあって、クリスティン・“レディ・バード”・マクファーソンをごく自然体で演じている。

主人公にはクリスティンという名前があるのに、家族にも友人にも“レディ・バード”と呼ばせ、閉塞感の強い片田舎のカトリック高校でちょっと突っ張った生き方をしている。果たしてローナンに悪態を付くような役が似合うのかと思ったけれど、高校生活最後の年を迎えて、女友達やボーイフレンド、家族について悩む姿を本人そのままかと思えるほどなり切っている。ちなみに恋する相手は、『君の名前で僕を呼んで』で一気に脚光を浴びたティモシー・シャラメがこれまた魅力的な役カイルで登場!し、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(2016)や『スリー・ビルボード』(2017)で記憶に残る役を演じたルーカス・ヘッジも、繊細で不器用ながらコミカルさもある難しい役ダニーを演技派らしく表現している。

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バンドのヴォーカリスト、カイル(ティモシー・シャラメ)はモテ男。

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ミュージカルの練習で知り合うダニー(ルーカス・ヘッジ)とのその後は?

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■舞台は監督の生まれ故郷。脚本に書き込むほど思い入れある楽曲も。

何と言ってもグレタ・ガーウィグ自身が、舞台となったカルフォルニア州サクラメント生まれ。大好きなこの街にラヴレターを書きたいという想いが、この作品を作ろうと思った最初の動機だったそうで、脚本の充実ぶりが光る。「出身地に想いを馳せるようになったのは、離れてみてからのこと。16歳の子にとって、関心ごとは出身地以外のものにあることがほとんどで、そこへの愛着を見いだすのは難しいものだから」(ガーウィグ)。実話は含まれていないものの、故郷、幼少期、巣立ちに対する想いにつながる核心部分は実話だそうだ。とにかく自分が生まれ育った土地を舞台に、1983年生まれのガーウィグが2002年を時代設定にしているために、全てにおいてリアリティに富んだストーリーになっている。

音楽ももちろんそう。印象的な曲のひとつが、父親の運転する車の中でレディ・バードが父親に「東海岸の大学へ進学することに協力してほしい」と懇願するシーンに流れるアラニス・モリセットの「ハンド・イン・マイ・ポケット」。

当時、抱えていた悩みや感情を赤裸々に吐露するシンガー・ソングライターとして時代の寵児だったモリセットの名前も、会話に登場する。ガーウィグ監督は、「アラニス・モリセットは私にとってのパティ・スミス、ケイト・ブッシュ、スティーヴィー・ニックスだから。アラニス・モリセットは自分で作詞・作曲し、私の為に書いた歌ではないかと思わされるような感情に訴える歌を歌う」と話している。この歌では、片方の手は現実とうまくやっていけていることを象徴し、もう一方の手はポケットの中で模索している自分を象徴しているが、“結局のところ、うまく収まるのよ”と半ば楽観視した気持ちを歌っているナンバーだ。

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レディ・バード(シアーシャ・ローナン)と親友ジュリー(ビーニー・フェルドスタイン) 。

この歌と、デイヴ・マシューズ・バンドの「クラッシュ・イン・トゥ・ミー」は脚本の時点で、すでに書き込んでいたという。「『クラッシュ・イン・トゥ・ミー』は史上最高にロマンティックな曲だと思っているわ。何度も繰り返し聴いていたら、誰も私になんかキスしてくれないような気分になったのを覚えている。ティーンエイジャーが切望する気持ちに、これほどまで深く入り込んだ歌を私は他に知らない」(ガーウィグ)。この曲は映画の中で、2度使われているほどのこだわりようで、監督はこの曲を「男性に傷つけられたレディ・バードと親友ジュリーのテーマソングにしよう」と、最初から決めていたという。1度目は、ボーイフレンドのダニーがトイレで男子とキスしているのを目撃してしまったレディ・バードが、ジュリーと泣きながらこの歌を口ずさんでいる時。2度目はバンドのヴォーカリストであるカイルの車にレディ・バードが同乗している時にこの歌が流れ、カイルが「この曲嫌いだ」と言ったのを聞いて、彼女は“ここは自分の居場所ではない”と気づき、ようやく目が覚めたように仲違いしていたジュリーの元へ急ぐ場面だ。

パーティーで流れている「クライ・ミー・ア・リヴァー」は、ジャスティン・ティンバーレイクのまさに2002年の大ヒット曲。大人気だったアイドル・グループ、イン・シンクからソロデビューを果たした2ndシングルで、当時爆発的な人気を誇っていた。この曲のタイトルは、映画『女はそれを我慢できない(原題:The Girl Can’t Help It)』の中でジュリー・ロンドンが歌った「クライ・ミー・ア・リヴァー」に由来している。

その他にもレディ・バードの部屋にビキニ・キルやスリーター・キニーといったガールズバンドのアルバムジャケットがあることも目についた。彼女たちは90年代当時、男性中心主義的で女性蔑視の傾向があったパンク・シーンに対し、自分たちなりに表現し、居場所を作りたいと、時には過激なメッセージと共に活動していたライオット・ガール・ムーヴメントの担い手。レディ・バードが彼女たちにどこか憧れていたような暗示になっている。

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■M.ゴンドリーやP.T.アンダーソン作品で知られるジョン・ブライオンが音楽担当

この映画ではレディ・バードの心情や成長は当然のこと、彼女を見守る家族も丁寧に描かれている。特に母親役のローリー・メトカーフが素晴らしく、母娘で一緒に観てほしいと願うほど母と娘の関係を繊細かつ丁寧に演じていて、アカデミー賞助演女優賞にノミネートされたほどだ。その母親の心情を代弁しているのが、アメリカのルーツ音楽の継承者であるジョン・ハートフォードの「ディス・イヴ・オブ・パーティング」。娘の旅立ちを前にした心境をこの歌に乗せ、この歌も仕事帰りの運転中のシーンと、ニューヨーク行きが決まったレディ・バードが準備に追われている場面で2回流れている。

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厳格そうで、実は思いやりのある心の広い母親マリオン(ローリー・メトカーフ)がレディ・バードを陰から支える

他方、全体の音楽スコアを担当しているのはジョン・ブライオンだ。彼はエイミー・マン(ティル・チューズデイの頃からの盟友)やフィオナ・アップルをはじめとする数多のプロデュース作品や、ミシェル・ゴンドリー監督作品(『エターナル・サンシャイン』他)やポール・トーマス・アンダーソン監督作品(『マグノリア』『パンチドランク・ラブ』他)の音楽などで知られている人気プロデューサー/作曲家・音楽家。ウルリッツアをはじめとする鍵盤を使った音色が印象的で、本作でもブライオン節に琴線が揺れる。

ジョン・ブライオンのオリジナルスコアの他に、『レディ・バード オリジナル・サウンドトラック』も発売になっている。ここにはジャスティン・ティンバーレイクやジョン・ハートフォードの曲は収録されていないが、映画で流れたクラシック曲や聖歌も収録。また、アメリカでのトレイラー(予告編)で使われたハイムやモンキーズの曲も入っている。私の大好きなオルタード・イメージの「ハッピー・バーズデー」も収録されているものの、どこで使われていたのか気づかなかった。もしかしたら父親がレディ・バードの誕生日を祝うシーンかどこかで使っていたものをカットしたのかもしれない。

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■制作日程を半年延期、シアーシャ・ローナンなしには完成しなかった映画

詳しいストーリーは観てのお楽しみだが、ゴールデン・グローブ賞ではミュージカル/コメディ部門で作品賞も受賞、アカデミー賞でも作品賞、監督賞、脚本賞にもノミネートされたほど、素晴らしい内容だ。女同士や元カレとの友情や初体験を含む恋愛模様には、多くの人が自分の思春期を重ねてしまうと思うし、アメリカンフットボールのコーチが急遽ミュージカルの指導をすることになる爆笑シーン、子どもができないと思い、養子として育ててきた長男とその恋人を見守る両親の姿、失業中ながら何とか娘の夢を叶えようとする父親、性格が似ている為にぶつかりやすく、最後までハラハラドキドキしてしまう母親の言動など、寛容と優しさとウィットに溢れた展開で、続編が観たくなる余韻を残したエンディングまで全てが心に残る。

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(写真左から)シアーシャ・ローナンと演技指導するグレタ・ガーウィグ監督

ガーウィグはローナンが脚本のセリフを読み上げた瞬間に「彼女がレディ・バードだと疑う余地もなかったわ。私の想像とは全く異なり、それをはるかに超えていた。強情でひょうきんで、ワクワクさせられたの。また、普遍性も独自性も持ち合わせていたわ」と、即決。ローナンのスケジュールに合わせるため、制作を6ヶ月延期したというが、まさしくこれはシアーシャ・ローナンの代表作となり、グレタ・ガーウィグにとっても華々しい単独監督デビュー作となった。新たな才能に溢れたフレッシュな傑作だ。

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『レディ・バード オリジナル・サウンドトラック』
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レディ・バード

●監督・脚本/グレタ・ガーウィグ 
●出演/シアーシャ・ローナン、ローリー・メトカーフ、ティモシー・シャラメ 
●2017年、アメリカ映画
●94分
●配給/東宝東和
●公開中
©2017 InterActiveCorp Films, LLC./Merie Wallace, courtesy of A24
http://ladybird-movie.jp/

*To Be Continued

伊藤なつみ

音楽&映画ジャーナリスト/編集者
これまで『フィガロジャポン』やモード誌などで取材、対談、原稿執筆、書籍の編集を担当。CD解説原稿や、選曲・番組構成、イベントや音楽プロデュースなども。また、デヴィッド・ボウイ、マドンナ、ビョーク、レディオヘッドはじめ、国内外のアーティストに多数取材。日本ポピュラー音楽学会会員。
ブログ:MUSIC DIARY 24/7
連載:Music Sketch
Twitter:@natsumiitoh

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